色彩と質感の地理学-日本と画材をめぐって (10)
産業界との関連(自動車や化粧品業界などにおける色彩の研究&ファッション)
中村:では、質感の研究も含めて、美術の世界だけではなく、産業界においてはどのように扱われているのかという話もしておきたいです。僕も岩泉さんも美術の人間なんで、例えば色彩に関しても、どうしてもその中に閉じこもりがちなんですが、実際はこの世の中、色を扱う仕事に溢れていて、それがどのように研究され使われているのかっていう話も聞いておきたい。三木さんは例えば、自動車メーカーと組んで研究なんかもやられてたということで。
三木:昔ね、公開されている部分だけお話します。通常企業とやる場合はNDA(秘密保持契約)というのを組みますので、その時に知った情報は話したらいけないってことになってるんですが。特許に出たものは、公知なので、それは構わないとは思います。で、その前提で、僕が色彩のことをわりと企業の方とやってた時からすでに質感のことをやってくれというのは散々言われてましたし、質感をどう評価するかっていうことはずっと課題だと思うんです。
中村:自動車に関しては基本的には自動車の色、塗装のことなんですか。
三木:自動車に関しては、塗装メーカーの方と一緒に開発します。高額なものでは、5層くらい塗って、中に光輝材をくさん入れたりします。パールとか雲母系の素材など。あんまりてからないものと、てかてかしたものとか、凄く種類があると思うんですけど。そういうのをどうやって開発するかっていうのは本当に課題なんですが、同時にそれをどう評価するのかっていうのも課題なんですね。言葉を名づけて修正を指示しなければならないし。
中村:そういう質感を表す言葉がない。
三木:はっきり対応付けはされていないと思います。
中村:素材と質感を名付けて規定していかなくてはならない。
三木:そうですね。塗料メーカーの人が新色を提案してきて、それを車の場合だったらカラーデザイナーがその中から選んだりとか、もっとこうしてくれと要望をいう中で、新しい色が出てくるわけです。
中村:やっぱり車の塗装の質感ひとつにおいても、それで売れるか、売れないかっていうのが大きく左右される可能性があるってことですか。
三木:あると思いますし、やっぱり商品っていうのは大体機能的な開発が終わったら色とか、そっちに行くんですよ。
中村:コモディティ化しちゃうとそっちに行っちゃう。iPhoneも色増えるしね。
三木:色増えだしたら、もうちょっと商品が終わったなと思った方がいいと思うんですけど。
中村:ここPIGMENTにもマツダの方がいらっしゃったとか。美術の人ばかり来ているわけじゃなくて、そういう人たちも興味を持っていらっしゃっていると。
岩泉:そうですね。あとはやっぱりファッション関係の方、研修でですね。意外に色のことを彼らも知らないってことで、ここで新人研修みたいのとか。後は海外のお客さん、メーカーさんの海外のお客さんにここでレクチャーしてほしいとかありますね。普通に来たお客さんで、普段ここ机が並んでるんですけど、手帳開いて自分でカラーデザイン始めちゃう人とか。見てて面白いですね。絵描く人以外が来てる感じで。
中村:色彩産業というのはやはり基本的には自動車が一番だということですか。
三木:たぶん、すべての産業の中で一番大きいのは自動車だと思います。塗料なんかのシェアも自動車が一番大きいですから。その後ファッションだとか。
中村:化粧品。
三木:そうですね。化粧品になると思います。
中村:化粧品こそ、肌に塗るものだから質感が重要な気もします。
三木:化粧品は僕、具体的に仕事したことないので、細かくは分からないですけど、かなり研究は進んでいます。
中村:我々がつるつる、ざらざらというようなことに敏感だとすれば、女性でも男性もなんですけど、肌の状態と色彩、肌の状態を言葉で表すということについては、日本の企業、化粧品産業っていうのは何かそこアドバンテージがあるのかもしれないとは考えられますかね。
三木:この質感の科学の中に肌の研究をされてるところも入っています。先ほどの話に戻ると質感の感覚も色彩の感覚も元々肌を見分けるために発達したと言われてるんですね。
中村:そうですよね。我々は意識的にも無意識的にも、肌のつやや色からその人の健康状態を感じていますから。
三木:そうです。だから、相手が顔赤くしてですね、馬鹿なことして、それで怒ってるとか、それでその健康状態が良いとか、そういうことを見分けるために色覚自体が発達したっていう説があるんです、そもそも。
中村:凄く納得がいきます。
三木:だから、その延長線にね、赤いネクタイかければいい、とか色彩心理学があったりするんですけど。遠くのものを把握する能力っていうものの発達は、人間の、相手の状態を知るためっていうのが一番だと思いますね。
中村:それで脳もその部分が発達するってことですよね。
三木:それが先だと思います。ただその話を小松先生としていて、顔ニューロンがあるとか、あと光沢ニューロン。
中村:顔ニューロン?
三木:顔認識するニューロンというのがあるっていう話をしていて、ヨーロッパ人の方が顔ニューロンが多いとかなんとかって話を小松先生としてたんですね。ヨーロッパの人は目を見ますよね。
中村:目、いろんなことが読み取れそうです。
三木:僕は中村さんの顔をちゃんと見たの今が初めてぐらいですよ。
中村:たしかに見つめ合ったの初めてです(笑)。
三木:だから、なかなか顔と目と。
中村:そうか、日本人は彼らに比べてそんなに目をじっと見て話し合う習慣はないですね。
三木:そういうようなことをしなくて、目を見ずに様子をうかがう感じぐらいで。能面でもそうですよね。
中村:確かにそうだ。
三木:能面なんかも角度を変えたりして、表情を出しますけれども。だから脳科学の方は、何を見ると細胞が反応するかというのも調べています。
中村:それはやっぱり絵画を見る時もその違いが現れるでしょうね。何を見てるかっていう部分。
三木:そうですね。
岩泉:顔色伺うってありますもんね。
三木:気色ばむとかね、気色悪いとか。全部、色っていうのは相手の顔色っていうのに凄く関わってるんですね。
中村:当たり前の話ですけど、画家っていうのは色の組み合わせや対比によって、どのように見る人の感情に働きかけようかと考えています。
<目次>
イベント概要
登壇者の紹介/中村ケンゴによる問題提起
「フランスの色景」と絵画の色彩分析
西洋と比較における日本人の色彩と質感の感覚
なぜ日本の芸術大学では色彩学をきちんと教えないか
風土による視覚の感覚の違い。地域と移動の問題
画材の特性の観点から見る色彩の地理学
認知科学からのアプローチ。質感を醸成する重要なファクターとしての語彙の問題
質感に関する研究について
産業界との関連(自動車や化粧品業界などにおける色彩の研究&ファッション)
まとめ
※トークイベントの記録を随時アップしていきます
初出「色彩と質感の地理学-日本と画材をめぐって」『芸術色彩研究会』2017年。
<芸術色彩研究会(芸色研)>
芸術色彩研究会(芸色研)は、芸術表現における色彩の研究を、狭義の色彩学に留まらず、言語学や人類学、科学、工学、認知科学など様々なアプローチから行います。そして、色彩から芸術表現の奥にある感覚や認知、感性を読み解き、実践的な創作や批評に活かすことを目指します。
ここで指す色彩は、顔料や染料、あるいはコンピュータなどの色材や画材だけではなく、脳における色彩情報処理、また素材を把握し、質感をもたらす要素としての色彩、あるいは気候や照明環境など、認知と感性に大きな影響を及ぼす色彩環境を含むものです。それは芸術史を、環境と感覚の相互作用の観点から読み直すことにもなるでしょう。
http://geishikiken.info/