古巻 和芳展 「Skywalker, Toward Morning Glory」 ギャラリーノマル

Skywalker, Toward Morning Glory
古巻 和芳
Kazufusa Komaki

2024.8.3(sat) – 2024.9.7(sat)
13:00 – 19:00 日曜・祝日休廊
Closed on Sunday and National Holiday

関西を代表するギャラリーのひとつギャラリーノマルで、現代美術家 古巻和芳による「Skywalker, Toward Morning Glory」が開催中である。

作家の古巻和芳は大学時代の美術部OBで1992年結成された「夜間工房」に所属、独学で学ぶ。大学卒業後は公務員をしながら、関西を拠点に主に絵画作品を発表し続けていた。大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ2006で「繭の家―養蚕プロジェクト」の参加以降、土地固有の記憶をテーマに、古民家や廃坑、遊郭、港湾などを舞台としたサイトスペシフィック型の作品を国内各地で制作。近年は、実家の家業が呉服屋だったことに着想を得て、養蚕に縁が深い桑の木を素材に人物像を彫ったことを機に、木像彫刻を手掛けるほか詩を題材にした言葉の作品も制作している。

ギャラリーノマル展示風景

古巻 和芳「Skywalker, Toward Morning Glory」展覧会風景 ギャラリーノマル

ギャラリーのドアをギーッと音とともに押開けると、静寂に満ちた空間が広がる。最初に目に飛び込んできたのは、真白な壁に高く掲げられたいくつものアサガオの漏斗状の中心を捉えた色鮮やかな絵。次に、糸の上で均衡を保ち宙に浮かぶ両端におもりのついた棒を手に持つ彫像。空中に大きく斜めに張られた糸が緊迫感を生み出す。スタッフが像のバランスを取る錘にそっと触れると彫像が右に左にと揺れ始め、空間がやわらぎ時を取り戻す。

左《The Glory No.52》、右《The Glory No.67》

時間をかけてひとつずつゆっくりと見ていくとイメージがどんどん変遷していくのが分かる。左右に触れながら危うくバランスを取る《Skywalker》は、高く掲げられた《The Glory》によって重力から解き放たれた存在にも見えてくる。危うい綱渡りのようなピンと張られた糸は、見ようによっては孤独な道を往く人のため誰かが作った道標なのかもしれない、など。

手前《Skywalker No.21》、奥《The Glory No.65》

本展は、クスノキを彫ったメインの《Skywalker No.21》をはじめ彫刻作品シリーズが8点とアサガオの絵画作品《The Glory》シリーズ13点の展示構成となる。

また、作品としては明記されていないが彫像が渡る空間をステージに仕立てた糸についても少し触れておくと、これは絹糸とステンレス糸からなり、養蚕農家から譲り受けた繭を古巻が手作業で絹糸まで丁寧に仕立てたものである。一般に繭の糸を何本か集め1本の糸にして撚りなどの加工をしていないものを「生糸」、その生糸を精練したものを「絹糸」という。繭から出た1本の糸は社会における私たち個人のように弱く絡まりやすいが、意図的に何本も絡ませて負荷をかけひとつの面を織り上げれば、それはあたたかく丈夫で美しいシルクとなる。そんな繭の糸は我々にも当てはめることができるかもしれない。

左《The Glory No.107》、右《The Glory No.25》

古巻はアサガオの作品について展覧会タブロイドの中で次のように述べている。アサガオの英名“morning glory”からglory(=神の栄光)、そしてgo to glory(=天に召される)の意味を抽出。そして彫像《Skywalker》の往く先を見上げる表象として光の向こう側へと吸い込むような花弁構造を持つアサガオを描いた作品《The Glory》がちょうどよいと思った。アサガオを描く以前は、子どもが誕生した時に庭に咲いていた出産の血の色を想起させるノウゼンカズラをモチーフに描いていた。

古巻にとってこの2つのモチーフは生と死、人生そのものを象徴なのであろう。久しぶりに過去作品シリーズのアサガオいくつも描くことで、20年という時を経て変わったもの変わらぬものと自分自身の内なる部分と向き合ったのだと。

手前《The Skywalker No.25》、奥左《The Glory No.52》、奥右《The Glory No.67》

また、《The Glory》は、古巻がギャラリーノマルで初個展を開くことになった最初の発端となった作品である。2004年に大阪府立現代美術センターで第1回目となる「大阪・アート・カレイドスコープ OSAKA04」が開催された際、古巻は《The Glory》を含む作品を数点出品。その時に図録を編集デザインしたのが当時のギャラリーノマルのディレクター林聡であった。20年近くを経て、SNSなどを通じ古巻のバランスを取る彫像作品を見た林が「Sky walker」というタイトルで展覧会をしないかと声をかけたのである。その折に、当時描いていたペインティング作品《The Glory》を用いたインスタレーション形式の展示に展開することになり、今回の展覧会にいたったのだ。

《The Skywalker No.23》

《The Skywalker No.22》

古巻が生み出すバランスを取る彫像たちはほぼ同じポーズをとる。口を閉じ、正面をまっすぐに見、足を一歩踏み出し、重心を低く両手でおもりを持つ。一見無表情だが、ちょっとした肩の丸みや腰の引け具合、歩幅、わずかな手の位置の違い、ひじの曲げ具合、髪型が異なる。その小さな違いが老人、少年、青年、少女、女性、妊婦、母、老女と重ねてきた時間を示唆する。また、能の面と同じく無表情な顔は観る者や角度、状態によってもそこに立ち上がってくる表情は異なるであろう。さまざまな想いと弱さと危うさを胸に秘めながら自分の道を往く。おもりがなければ彫像はたちまちバランスを失い床に転げ落ちるだろう。だから、しっかりと握りしめて前に進む。
古巻はまた、彫像《Skywalker》について時間の概念が内包されるのだと語る。これまでの軌跡とこれからの道、過去・現在・未来と一つの線上にあり、《Skywalker》は空を往くのと同時に時を往く存在である。その先にある巨大なアサガオ《The Glory》と対峙させることでそれすらも超越する可能性を秘めており、我々の人生にもその交点があることを本展で示したいと述べる。

《The Skywalker No.22》

空間を交差するピンと張られた絹糸、バランスを取りながら糸の上を歩く人物の彫像《Skywalker》、エネルギーを外に放つような光とともに世界を吸い込むかのように描かれるクローズアップのアサガオ《The Glory》。今回展示される作品群は古巻の人生に対する真摯な態度からその時々のステージで生み出されてきたものである。一見異なるコンセプトの作品でありながらその共演は相乗効果により新たなイメージを想起させるものとなっており、古巻の作家性が鮮やかに印象付けられた展覧会となった。

現代美術作家 古巻和芳 ギャラリーノマルの空間にて

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評者: (KUROKI Aki)

兵庫県出身。大学卒業後、広告代理店で各種メディアプロモーション・イベントなどに携わった後、心理カウンセラーとしてロジャーズカウンセリング・アドラー心理学・交流分析のトレーナーを担当、その後神戸市発達障害者支援センターにて3年間カウンセラーとして従事。カウンセリング総件数8000件以上。2010年より、雑誌やWEBサイトでの取材記事執筆などを続ける中でかねてより深い興味をもっていた美術分野のライターとして活動にウェイトをおき、国内外の展覧会やアートフェア、コマーシャルギャラリーでの展示の取材の傍ら、ギャラリーツアーやアートアテンドサービス、講演・セミナーを通じて、より多くの人々がアートの世界に触れられる機会づくりに取り組み、アート関連産業の活性化の一部を担うべく活動。

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