色彩と質感の地理学-日本と画材をめぐって (2)
登壇者の紹介
中村:美術家の中村ケンゴと申します。よろしくお願いいたします。さて、我々の入場と共に不思議な音楽が流れていますが、これは今回お呼びした三木学さんによる、画像から音楽を生成するソフトからなんです。
三木:画像の色彩を読み取って七色に分解して、それの一つ一つに楽器を当てはめて音楽を自動的に生成するソフトです。
中村:それを今、僕の作品に音楽つけてもらって流しています。今回、三木さんを色彩研究者ということでお呼びしたんですが、こういうお仕事もされているということですね。
三木:そうですね。このソフトは、画像から自動的に楽譜を生成して音楽を作ることができるんですが、楽器や演奏方法など様々な選択をして、音楽のバリエーションを増やすことができます。昔は画像検索を作って、画像検索の流れで色彩分析の基礎部分を作って、その展開でいろんなソフトを今でも作っております。
中村:三木さんの肩書きって正式にはどう言えばいいんですかね。
三木:今回は色彩研究者ということにしています。ただ、仕事の絡み上、色彩については研究をせざるを得なくなったということで増えた肩書です。その他はアート関係の書籍や雑誌の編集や執筆などをしており、文筆家や編集者、と併記しています。色彩関係についても本を出しています。
中村:ということで、最初はこの二人でお話しようと考えていたんですけど、打ち合わせの段階で、ここPIGMENTラボ研究所長の岩泉さんからも、画材についていろいろと専門的なお話伺った方がいいということになって、一緒に登壇してもらうことになりました。
岩泉:まさにうちでこういったものやりたかったというか、願ったり叶ったりということで、僕としては本当に嬉しい限りですね。
中村ケンゴによる問題提起
中村:今日は「色彩と質感の地理学 −日本と画材をめぐって−」と題して、お二人と議論していくわけなんですけど、そもそもこのテーマ、三木さんがフェイスブックに藤田嗣治の作品について書かれていたことが契機になっています。どんな事を書いていたのか簡単に引用しますと、「日本人は色彩的ボキャブラリーでは西洋に勝てないと何度も書いているが、フジタの場合は印象派やマティスのような色彩の魔術師とは戦わずして質感で勝負して頂点に立っているところは凄いし、早い。日本人は質感で勝負すべきという事は、何度も言っていることだが、あの時代にそれを自覚し、体現できたということは天才としか言いようがない」と。
三木:それは友達だけに書いたものなんで、みんなに宛ててるわけではないんです(笑)。(註:その後、多くの関係者にも価値のある情報かもしれないと思い、途中でパブリックに再設定しました)。
中村:要するに三木さんは日本人は色彩じゃなくて質感で勝負しろって書いているわけですよね。もう少し具体的にいうとどういうことなんですか。
三木:日本人の場合は西洋人のように色を空間的に把握して、補色(色相環の反対の色)を使ったり、明るさや鮮やかさなどを対比的にバランスをとって配色することは不得手だと思っています。それよりも材質感を生かしたり、質感が鋭敏なので、ディテールを描く方が向いているし、そちらで勝負した方がいいんじゃないかというのは前から思っていたことです。後は、この中の話で細かく説明できればと思います。
中村:では、本題に入る前にちょっと僕の作品を例にしてみなさんに今日の議論のとっかかりにしてもらいたいのですが(作品画像をプロジェクションする)、こういう作品を作っています。これらの作品、ここ(PIGMENT)に置いてある絵具と同じもので描かれてる絵画なんですね。今日はあくまで絵具の話なので、作品の内容については解説しませんが、この作品、20年ぐらい前に描いた初期の頃のものなんですが、写真家の方に画面の表面を撮ってもらった写真がありますので見てください。ご覧いただいて分かると思うんですが、ざらざらしているというか、アクリル絵具や油絵とはちょっと違う質感だということが分かるかと思います。
今日ここに来ていらっしゃる方はご存知の方多いと思いますが、岩絵具と言われる絵具です。岩絵具っていうのは所謂日本画で使われる絵具なんですけども、日本画の顔料というとなんだか神秘的な印象もあるかもしれませんね。でももともとは単に様々な鉱物やガラスからできてるものなんです。岩絵具について簡単に、岩泉さんから説明してもらっていいですか。
岩泉:はい。岩絵具っていうと大きく二つあるんですね。一つは天然の石ですね。アズライトだったり、マラカイトって言われる石を砕いて作られたものです。もう一つは新岩絵具って言われるもので、フリット、つまりガラスを釉薬で色づけして、こういった色ガラスの塊を作って粉砕するんですね。特徴的なのは粒子で色分けをしてるってことなんですね。一つの塊を砕いて、細かい粒子から粗いものまでできます。粗いものが色が濃くなって、細かいものが白っぽくなる。それは光の反射の関係なんですけども、そういったものをただ色だけではなくて、粒子感も使い分けていくのが岩絵具の特徴になりますね。
中村:つまり、元は色ガラスだったり、鉱物だったりする光輝材で、粒子の大きさで色の濃さが変わる性質があるってことですね。油絵とはちょっと違った質感があるということが見てもらっても分かると思います。この顔料を膠で溶いて和紙や綿布に塗っていくわけですが、粗い顔料なので、油絵具やアクリル絵具と比べて、ちょっと扱いにくい素材なんですね。所謂日本画よ言われる絵画は基本的にはこの技法で描かれています。今日のテーマにもあるんですけど、じゃあ、何でこんな扱いにくい素材をわざわざ使って作品を作っていくのか。それにはどういう意味があるんだろうかと。ここで三木さんが書かれていた、色彩ではなくて質感で考えるってことが頭によぎって、このテーマを思いついたわけなんです。
お見せした作品を海外で発表する際、明らかに油絵と違う質感がある。それでお客さんからも技法について質問があったりするのですが、なかなか上手く説明ができないんですよね。だいたいは、「これは日本の伝統的な技法で…」なんとかかんとかみたいなことを言ってお茶を濁して、向こうもなるほどなんて言ってるんですが(笑)、よくよく考えると、日本の伝統とは言っても、ご存知の方も多いかもしれませんが、日本画という概念は、近代以降、明治以降に生まれたもので、今、日展とか院展で描かれている日本画っていうのは、西洋画に影響を受けてつくられてきたものなんですね。それにも関わらず日本の伝統というのもなんか変だなあと思いつつ、しかも、伝統的と言えば、ヨーロッパにも伝統はあるし、アフリカにもあるし、世界中の国々にある。日本の伝統だからすごいっていうのはどうも説明になってない。
でも、美術大学にしても所謂画壇にしても、日本画の説明というと技法と同時に、これは日本の伝統だから、日本の伝統ということは繊細な感性がここには込められているんだとか、なんだかそういうよく分からないマジックワードを使って、なんかちょっと偉そうな感じで言うんですね(笑)。そうした内輪な歴史観と技法のフェティッシュな説明に終始してしまっている。そういうところで自己満足、自己防衛していると感じるんです。
ですから、今回はそういう内輪な、国内的業界的な議論じゃなくて、できればもっと普遍的な言葉、できれば英語なんかにも訳せるような言葉にして説明することができれば、もっとこの技法を広く使えることができるんじゃないか、もっといろんな表現があるんじゃないかなっていうことが考えられればということを一つ、目論んでいます。
しかしだからと言って、ヨーロッパの色彩理論、ニュートンから始まるモダニズムの理論を使ったところでも、やっぱり僕たち東洋人の肉体、そしてさまざまな人種の肉体を越えて語ることも難しい。
そうしたことを踏まえて、今回は色彩の専門家である三木さんと、画材の専門家である岩泉さんの助言をもらいながら、例えば認知科学的、例えば環境学であるとか、生理学であるとか、そういうアプローチも含めて、色彩だけでなく質感の問題についても語れないかということを考えています。その上でここにある絵具の魅力も再発見することができればということです。最近だと人文系の学問でも、進化生物学なんかの影響も強く受けるような議論が多いですよね。そういう知見を借りながら今日はお話しができれば思うのですが、とは言ってもここにいる三人、科学の専門家ではありません。だから、ほとんど言いたい放題の仮説になってしまうでしょうから、いろんな専門家の方に、我々の言ってる仮説なり、放言がちゃんと理にかなったものなのか、様々にご意見、ご批判をいただきつつ、議論が広がっていけば、この企画にも意義があるのではと考えています。
それから、このPIGMENTっていうのはたくさん外国のお客さんがいらっしゃるんですよね。
岩泉:そうですね。今、先ほどもいらっしゃいました。
中村:まさにこういう絵具が置いてある、しかも外国の方もたくさん来られる場所で、こうしたお話ができるというのは有意義なことだと思っています。一つお断りしておくと、タイトルに「日本の画材」と入れているんですが、この日本っていう言葉も別に国境線で区切った日本という意味ではなくて、あくまで地理的、風土的な意味での日本ということです。けっして今流行の「日本すごい」っていう話ではないことをご留意いただければと思います
<目次>
イベント概要
登壇者の紹介/中村ケンゴによる問題提起
「フランスの色景」と絵画の色彩分析
西洋と比較における日本人の色彩と質感の感覚
なぜ日本の芸術大学では色彩学をきちんと教えないか
風土による視覚の感覚の違い。地域と移動の問題
画材の特性の観点から見る色彩の地理学
認知科学からのアプローチ。質感を醸成する重要なファクターとしての語彙の問題
質感に関する研究について
産業界との関連(自動車や化粧品業界などにおける色彩の研究&ファッション)
まとめ
※トークイベントの記録を随時アップしていきます。
初出「色彩と質感の地理学-日本と画材をめぐって」『芸術色彩研究会』2017年。
<芸術色彩研究会(芸色研)>
芸術色彩研究会(芸色研)は、芸術表現における色彩の研究を、狭義の色彩学に留まらず、言語学や人類学、科学、工学、認知科学など様々なアプローチから行います。そして、色彩から芸術表現の奥にある感覚や認知、感性を読み解き、実践的な創作や批評に活かすことを目指します。
ここで指す色彩は、顔料や染料、あるいはコンピュータなどの色材や画材だけではなく、脳における色彩情報処理、また素材を把握し、質感をもたらす要素としての色彩、あるいは気候や照明環境など、認知と感性に大きな影響を及ぼす色彩環境を含むものです。それは芸術史を、環境と感覚の相互作用の観点から読み直すことにもなるでしょう。
http://geishikiken.info/