色彩と質感の地理学-日本と画材をめぐって (6)
風土による視覚の感覚の違い。地域と移動の問題
中村:課題がいくつか見えてきたと思うんですが、具体的に、「色彩と質感の地理学」のタイトルに基づいて、ネーションの問題ではなく、風土によって、色や質感に対する感覚が違ってくるのかという話をしていきましょう。風土によって我々の知覚はどういうふうに変わっていくのか。また僕たちが場所を移動することによっても変わっていくのかという話をしていきたいんですが、「色彩方言」という概念を提唱した本があるそうですね。
三木:はい。地域によってなぜ色彩の感性が変わるのか仮説を考えた方がいるので紹介したいと思います。佐藤邦夫さんが書いた『日本列島 好まれる色 嫌われる色 カラー・ダイアレクトとテイストバラエティー』という本です。佐藤さんは色彩学者に留まらなかった人で「感性マーケティング」とか、そういうこともやっておられた方です。この方の本は結構面白いですが、どこまで科学的にこれ分析されたのか、僕も検証できていません。
ここには「生後18年、どんな緯度の地域に育ち、どんな状況の自然光を浴びて肉体的成長を迎えたかは、私たちの色覚形成と色彩嗜好心理に重大な影響力を及ぼしてるはずである。私たちこれを「色彩方言」(カラー・ダイアレクト)」と名づけたいと思う。」(p.33)と書いています
中村:当たり前のことだとは思うのですが、あまり美大ではこういうこと意識して制作することないですよね。最近では地域アートやデザインが流行なので、そうした視点も出てきているのかもしれませんが。
三木:佐藤さんは色彩嗜好には年代差、個人差、地域差の3つあると言っています。そして、地域差の環境要因には、5つぐらい項目があると。気温、湿度、日照時間、土質色。そして、自然光です。佐藤さんは自然光の緯度差がかなり大きいと考えているんです。
僕らが議論した中でもやっぱり気候が大きいのではないかという話をしていました。自然光の緯度はどういうところに影響あるかというのは照度、色温度、光の演色性、色順応、恒常性としています。
色温度というのは、色の中に色みみたいなのがあるっていうことなんですけど、光の演色性というのは、光の色みがものの見えに影響を与えるということです。色順応とか恒常性は知覚の方の問題ですが、色みを補正する脳の機能ですね。で、この本はまた面白いので読んでいただきたいんですけど、太陽光がどういう形で入射するかで地球に浴びてる光の色とか、色の強さとか、色みが違うみたいなことを言っていて、特に日本の緯度は、ちょうど色がすごく変わるところにあって、北海道から沖縄まで緯度がかなり長いので、自然光の色みもかなりバラエティがあるよっていうことを言ってます。
ここには「このグラフを実証する完全な実証データを得るためには、全国の測候所に精度の高い色温度計を設置し、四季にわたる膨大な観測値を処理する国家的事業を幾年も続けなければならない」って書いてありますけど、たぶん続けられてないので、これがどうなったのか僕にも分からない。この辺はね、ちゃんと科学的にフォローしてない、僕は知らないので教えて欲しいぐらいです。
で、気候によって結構違う。やっぱり気候は湿度が違うので色の見えがかなり違いますね。空気中に含まれてる湿度によって、どうしても光が分散化したりしますので。特にヨーロッパと日本では夏と冬との湿度が逆なので。夏にからっと晴れないで困ったりしますので、かなり色彩の見方も変わってくるし、こういう海洋と気候によって、潮流によってかなりその気候は影響されてる国なので、日本全国によってかなり色のバラエティがあるということを言っていて、佐藤さんはこういうエリア分けをしてるんですね。
中村:これは地方によって、色の傾向なり好き嫌い違いがあるというマップなんですか。
三木:色彩の感性をエリア分けしたマップですね。だから、例えば関西だったら建物の中でも土っぽいというか、茶色っぽくなるけど、関東行ったら何となく青っぽくなるみたいなね。
中村:今の話につながるのかちょっと分からないのですが、JRのCMって、東京に住んでるとJR東日本ですから、旅行に行くとなると、大体東北に行こうってことになりますね。僕は大阪の出身なんですが、大阪に住んでるとJR西日本、九州に行こうなんですよ。そうするとそれぞれの駅貼りのポスターの色が全然違うんです。東京に来たとき、旅行案内のポスターの印象がなんか地味だなと思って、今度は大阪駅で降りると、宮崎への観光ポスターなんかが貼ってあって、熱帯の鮮やかな花の写真が掲載されているわけです。
三木:この本の中ではね、阪急電車の色分けが…。
中村:阪急電車といえば、小豆色。確かに阪急電車が東京に走ってたら結構変な感じするかも(笑)。
三木:そういうことなんでしょうかね。東京で作ってマーケティングをして、地方で売ったら全然売れないとか、色が映えないとか、そういうことがあるので。
中村:ファッション業界の人なら当たり前のことかもしれないですね。
三木:地域性みたいなものを考えないと駄目だってことのためにこういう本を書いているんですね。
中村:モダニズムにかぶれた東京の美大生はあまり意識してないのでは。
三木:そうですよね。でも、絵画でも出身地がどこかで変わる可能性はありますよね。大胆な仮説だと思いますけど、非常に面白いです。
中村:ヨーロッパは夏は乾燥してるけど、日本は湿度が高い。まったく状況が違うわけですよね。そういうことでやっぱり表現も変わってくると。印象派もパリで描いてる時と、プロヴァンスに行った時では全然変わってくる。
三木:そうですね。だから、その印象派、凄く色彩について自覚的だった印象派が分かりやすいからよく説明しますけど、こういうモネなんかのノルマンディー地方だと思うんですが、北の方にある。
中村:北海側ってことですね。地中海側じゃなくて。
三木:色立体の色の分布が固まってるんです。凄くたくさんの色を使ってるようなんですけど、色相環の半分ぐらいしか使ってないんですよね。
中村:真ん中辺ですね。
三木:真ん中辺を使っていて、トーンなんかも中央に固まっていて、そこまで彩度は高い色は使ってないんです。こういう傾向がありますが、ゴッホとかになるとやっぱりこうどんどん外側に外側に行くんですね。照度がかなり違いますんで、色立体の外に外に拡張していく、南下すると。だから、南下するとともに色が拡張していくっていう歴史で、これはシニャックの《アンティーブ》ですが、かなり色全体広がってますね。《ラ・ムラード》いうマティスの絵なんかだともうはみ出してちゃってるわけですね。
中村:マティスのこの作品、かなり跳んでますねえ。
三木:だから、印象派からフォーヴィスムに至る過程で北の方から南に移動するっていう、やっぱり地理の移動みたいなものをみないと、絵画の歴史も分からないじゃないかっていうようなことですね。
中村:一昨日、代官山のアートフロントギャラリーで浅見貴子さんの個展を見たのですが、彼女からボストンに留学していた話を聞いたんですね。彼女は墨と和紙を使って葉と枝をある意味抽象化して描いてるのですが、ボストンに行ったら空気が澄んでいて遠くまではっきり見えるもんだから、葉っぱも枝も遠くまではっきりと描くようになったっていう。もうひとつ、山形にある東北芸術工科大学で教えている三瀬夏之介さんの話をしたいんですが、彼が学生たちと一緒に「東北画」を描くっていうチュートリアルというか、プロジェクトをやってるんですね。ここの寺田倉庫のギャラリーでも展示したこともあります。実は、三瀬さんは三木さんの高校の後輩で奈良の出身なんですよね。そんな彼が東北に行って、「東北画」というものを描くという時に、作品の色がもしかしたら…。
三木:そうなんです。三瀬夏之介君、ドロドロっとした色彩を描く人なんですね。だから、東北に行ったらますますドロドロになるんじゃないかっていう。色彩を混ぜてくすむという意味ですよ。失言じゃなくね(笑)。彼は「東北画は可能か?」っていうプロジェクトで、学生と一緒に絵画の共同制作って珍しいことをしてまして。
中村:複数の学生で一枚の絵を描くっていうことですよね。
三木:それで京都で展覧会をしていたので、見に行ったんですけども、「東北画」っていうので、僕は奈良の人間なので東北について、行ったことはありますけど、そこまで詳しく知らないので。やっぱり雪が多いから彩度が低いと思ったら、わりと彩度が高い絵が多かったんですね。
中村:これを見たらさっきのマティスに負けない色の展開ですね。
三木:そうですね。それは結構、驚いたんですよね。で、なぜかということ三瀬君に聞いたら、彼の居住しているところは、東北って言っても山形なんですよね。山形盆地なんです。奈良盆地から山形盆地に行ったってことなんですけど。彼は山形の方が視界が広がる時があるんですっていうことを言っていて、その感じ出てるんだと思うんですけど。それで気象庁の年間の湿度を調べてみたんですね。そうすると春先にかけて太平洋側よりもちょっと湿度が下がるんですよね。
中村:実はちょっとヨーロッパ型だった。
三木:ちょっとヨーロッパ型になるんですよ。だから、冬はもの凄い湿度が高いんですけど春先から湿度がぐっと下がる。
中村:今頃は凄く過ごしやすいってことですね。
三木:そうです。だから凄くくっきりはっきり見える。今頃、背景がばっと見えるということが影響あるんじゃないかという仮説を立てて文章を書いたことがあります。僕は東北画のことは絵画運動だというふうに考えていて、それで本当に昔の印象派みたいな北から南に行くじゃなくて、南から北に行ったけれども、それがかえって、鮮やかなものを生み出したということが面白いと思っています。
中村:ふたつとも「色彩の地理学」のお手本にふさわしい事例だと思うんですけど、「フランスの色景」でも触れましたが、フランス、日本、地域によって見えかたも、見える色の種類も違うし、色の名前も違ってくる。地域や民族によって色彩感覚、色彩文化が違って、それが色名にも現れてくるということですね。ということで、今の話を引き継いで、色の話から絵具、画材にそのものについてはどうなのかということを、岩泉さんにお話いただきたいんですけども。
<目次>
イベント概要
登壇者の紹介/中村ケンゴによる問題提起
「フランスの色景」と絵画の色彩分析
西洋と比較における日本人の色彩と質感の感覚
なぜ日本の芸術大学では色彩学をきちんと教えないか
風土による視覚の感覚の違い。地域と移動の問題
画材の特性の観点から見る色彩の地理学
認知科学からのアプローチ。質感を醸成する重要なファクターとしての語彙の問題
質感に関する研究について
産業界との関連(自動車や化粧品業界などにおける色彩の研究&ファッション)
まとめ
※トークイベントの記録を随時アップしていきます。
初出「色彩と質感の地理学-日本と画材をめぐって」『芸術色彩研究会』2017年。
<芸術色彩研究会(芸色研)>
芸術色彩研究会(芸色研)は、芸術表現における色彩の研究を、狭義の色彩学に留まらず、言語学や人類学、科学、工学、認知科学など様々なアプローチから行います。そして、色彩から芸術表現の奥にある感覚や認知、感性を読み解き、実践的な創作や批評に活かすことを目指します。
ここで指す色彩は、顔料や染料、あるいはコンピュータなどの色材や画材だけではなく、脳における色彩情報処理、また素材を把握し、質感をもたらす要素としての色彩、あるいは気候や照明環境など、認知と感性に大きな影響を及ぼす色彩環境を含むものです。それは芸術史を、環境と感覚の相互作用の観点から読み直すことにもなるでしょう。
http://geishikiken.info/