静嘉堂@丸の内(東京・丸の内)の企画展「ハッピー龍(リュウ)イヤー! 〜絵画・工芸の龍を楽しむ〜」のプレス内覧会に参加した(2023年12月25日)。タイトルからもわかるように、本展は、2024年の干支にちなんで「龍」をモチーフにした作品を集めた企画展だ。出品作品は、静嘉堂文庫美術館の館蔵品のみで構成されている。本記事では、美術品を通して龍と向き合うことの楽しさ・面白さを少しでも伝えられればと思う。
インド・中国・日本の神が融合
そもそも「龍」は古い時代から中国や日本の美術品の中では人気のモチーフだったので、実にさまざまなものにあしらわれてきた。まずはこの1点から。
龍のモチーフは中央に1つ、周囲に4つ。中空を飛んでいるような趣だ。怪物のような姿をしてこちらをにらみつけてはいるものの、半ば文様化されている。一方、すぐれたデザイン性を持つこともあって怖さが先立つことはなく、むしろ親しみをもって接したくなる。中央の龍の長い胴体が作り出している造形は、仮に龍が実在したとしてもありえなさそうで、なかなかユニークだ。
龍は水を司る神として語られることが多い。特に自然科学が未発達だった時代には、竜巻を見て脅威に感じながらも「神」だと思った人々もきっとたくさんいただろう。雨は特に農耕に必要な天の恵みゆえ、ありがたい存在でもある。龍が美化され、吉祥文様として受け入れられるようになったのもむべなるかな、である。
本展の解説パネルによると、「中国で生まれた“龍”は、前漢時代(BC3〜AD1世紀)には、その図様が定形化」され、「インド起源のコブラのような蛇神・ナーガも、仏教を介して中国に伝わり、龍(王)と翻訳され」たという。さらにこの解説では、「日本では(中略)縄文中期〜弥生時代(BC10〜AD3世紀)のころ、水源に繋がる蛇神があったと推定され、これが大陸渡来の龍に触れ、融合したと見られています」とある。インド・中国・日本にそれぞれ存在した「神」が融合し、絵にもなって親しまれているというのは、なかなか興味深いことではないか。どうせなら、世界の平和をも司ってほしいものである。
中国の陶磁器のモチーフになった例からは、身近に置いておくことで、お守りのように所有していたり、場に吉祥の空気をもたらす役割を果たしたりしたことが想像できる。親しまれるようになった理由としては、十二支の一つになったことも大きかっただろう。
ミニチュア芸術としてあしらわれた龍
日本でもたくさんの絵に描かれたほか、刀の鐔(つば)や印籠のモチーフになるなど、なかなか身近な存在になっていたようだ。改めて、日本のミニチュア芸術の粋にうなる。ふだんは目につかないところにあっても、時々間近に引き寄せて鑑賞して目を喜ばせるといった楽しみ方もあったのではなかろうか。
江戸時代の浮世絵師、三代歌川豊国の錦絵《全盛見立三福神》は、3人の花魁が着ているゴージャスな着物が見どころだ。虎とともに龍が描かれているのは、真ん中の花紫が着ている着物だ。左の代々山の着物に大きく描かれた鯉は滝登りをしているところで、やがて龍になる。はたしてこんな図柄の着物が実在したかどうかはわからないが、この錦絵を鑑賞した男たちの目を大いに喜ばせたことが想像できる。ちなみに、右の花扇の着物には大津絵のモチーフである鬼と太鼓が描かれている。
「今蕭白」が描いた屏風の迫力と奇想
「龍、日本を駆けめぐる」と題された第3章で、六曲一双の屏風と八曲一双の屏風が並んだ展示ケースは、圧巻の展示風景を見せた。
1点は橋本雅邦の《龍虎図屏風》(明治28年=1895年、重要文化財)。岩﨑彌之助の出資で制作され、明治28年に京都で開催された第4回内国勧業博覧会に《龍虎》というタイトルで出品された作品だ。龍虎図は伝統的な画題だが、この絵が表す「動」の表現は、むしろ現代のアニメーションを見ているかのようですさまじい迫力を持つ。
さて、雅邦の屏風と並べて展示された鈴木松年の《群仙図屏風》については、本展で最も注目度の高い作品として挙げておきたい。明治時代に京都画壇をリードしたという松年は、上村松園の師であることのほかは、近年はあまり評価されていなかった。しかし、《群仙図屏風》を目の当たりにして、強い筆致による迫力と「奇想」とも言うべきモチーフのあしらいに惹きつけられた。松年は存命当時、「今蕭白」と呼ばれていたという。まさに江戸時代中期の奇想の絵師の一人として知られる曾我蕭白のような趣をたたえているからだろう。
しかし、蕭白を思わせるインパクトとは別に、松年はおそらく西洋美術の影響を受けながら新しい境地を目指していたことが、この作品からはよくわかる。実際に向き合うと人物を描いた強い線の表現に目が行くが、背景として描かれた雲の描写もなかなか特徴的だ。施された陰影表現によって、古来の日本の文様的な雲ではなく、西洋的なリアリズムから生まれた臨場感を描き出しているのだ。また、屏風という立体物を媒体にしていることも手伝って、奥行きのある表現に成功している。
龍が描かれているのは左隻の右側だ。その龍に乗っているのは、西王母(古代中国の仙女)の娘、太真王夫人。龍に乗るのは定番で、手には琴を持っている。筆者が特に注目したのは、龍の表情だ。心なしか背中に乗っている太真王夫人のことを気にしているように見える。おそらく太真王夫人は天上でこのうえなく美しい音楽を演奏したことだろう。龍もまたその演奏を楽しんでいたのではないか。そんな想像を呼ぶのである。
この絵もまた、岩﨑彌之助の邸宅の一角を飾ったのだろうか。だとすれば、飾られた部屋は、エネルギーに満ちたに違いない。
中国と日本において、龍がこれほどにも身近な存在であり続けてきたのは、なかなか興味深いことだ。
※写真はプレス内覧会で主催者の許可を得て撮影したものです。
※本記事は、ラクガキストつあおのアートノートに筆者が掲載した記事を転載したものです。
【展覧会情報】
展覧会名:ハッピー龍イヤー! 〜絵画・工芸の龍を楽しむ〜
会場:静嘉堂@丸の内(東京・丸の内)
会期:2024年1月2日〜2月3日
公式サイト(静嘉堂文庫美術館):https://www.seikado.or.jp/