百貨店の美術画廊が変わり始めている。
従来は、富裕層を対象として、既に評価の定まった大家の高額な日本画や洋画等が主に扱われてきたが、最近では、若手の現代アートへの積極的な取り組みが目立つようになっている。
まず、2007年に高島屋東京店が現代アートを専門とする「美術画廊X」を開設し、他の百貨店もそれに続く傾向を見せている。
また、高島屋が2011年6月から10月にかけて東京・大阪・京都で開いた「ZIPANGU」展は、同店初の本格的な若手作家による現代アート展であり、3会場併せて入場者数が6万人を超えるなど大きな反響を呼んだ。松坂屋名古屋店も、2011年9月に国内外の現代アートを展示即売する「ナゴヤアートフェア」を開催し好評を博している。
これまで、百貨店美術画廊でも、現代アートを取り上げようとする試みは単発的には存在した。しかし、1990年代前半のバブル崩壊後は低調化し、現代アートを扱うどころか、母体である百貨店自体が閉店に追い込まれる事例も多かった。
これに対し、近年の百貨店の現代アートへの接近は、全体的な傾向であり逆戻りしそうにない。この背景には、長引く不況により大家の高額な作品が売れにくくなった事情がある。また、作家も購入者も世代交代が進み、若い世代には従来の画壇の序列的権威が通用しなくなり、現代アートの方が人気が高いという現状がある。さらに、百貨店が海外市場を狙うためにも国際言語としての現代アートが求められている理由もある。
百貨店が、時代の空気を読み取り、需要と供給に敏感に反応する存在である以上、現代アートを扱うようになるのは必然的であり、時代の趨勢である。それにより、これまで多くの人々と無縁であった現代アートが身近で親しい存在になる点は評価すべきだろう。
しかし、2011年2月には、西武渋谷店で開催されていた「SHIBU Culture デパート de サブカル」展が、展示内容が「百貨店にふさわしくない」というクレームを受けて、会期途中にもかかわらず急遽中止されている。このことは、百貨店の関心が、現代アートの全てにではなく、流通に適したものだけに限られていることを示唆している。
現在に生きる人間が、同時代に生まれた現代アートを享受するのは、非常に自然であり正当なことである。しかし、もし経済原理が全てを支配し、そこから取りこぼされるものが生じるならば、それは決して健全ではないだろう。たとえ流通に適さなくても、誠実に本格的に美を追求する作品の居場所が確保されることが大切なのではないだろうか?
※秋丸知貴「百貨店美術画廊と現代アート」『日本美術新聞』2012年1・2月号、2011年12月、日本美術新聞社、20頁より転載。
追記 なお、この後商業的な現代日本アートの中心はアートフェアに移行する。この記事の執筆当時、「アートフェア」という言葉はまだ耳新しく奇異なニュアンスを持っていたことを付記しておく。アートフェア全盛の2024年1月現在では隔世の感があるが、ここではそのちょうど移行期の息吹きが感じ取れるだろう。