鎌田東二 第一詩集
鎌田東二『常世の時軸』(思潮社・2018年)
秋丸 知貴
宗教哲学の京都大学名誉教授にして、フリーランス神主である、鎌田東二氏の第一詩集である。
「楽しい世直し」を旗印に掲げ、その突出したスピリチュアル・センスと圧倒的な学識と突き抜けたパフォーマンス能力を秘かにリスペクトしている鎌田氏が第一詩集を出版したとのことで、ワクワクして手に取ってみた。しかし、一読してみて、意味不明、理解不能……。
1984年に出版された鎌田氏の最初の著作『水神傳説』(泰流社)が、突然「詩」になったり戯曲調になったり論文調になったりする異色小説であることは知る人ぞ知るところである。また、それ以後の鎌田氏の厖大な学術的著作も全て、ある種の「詩」のような読後感があり、何よりもまず神道ソングライターとして数多く作「詞」作曲もしている。
ただ、それらは――一番ハチャメチャな歌詞でさえ――いずれもある程度きちんと文章として理解が可能であった。しかし、この詩集は本当に意味が分からない。一文も、意味を読み解けない。歌詞としてのメロディも、全く聞こえてこない。何度読んでも、文意を理解することが可能な閾値までどうしても言葉が降りてこない。
時々、単語と単語が短くつながったかと思うと、明瞭な意味をなさずに刹那的なイメージを閃かせながら虚空の中へと消えていく。まず、タイトルからして意味がよく分からない。
常世の時軸?
ToKo-Yo no ToKi-JiKu?
ゴロは合っているけれども、何だかそれだけではないような気もして落ち着かない。『古事記』や『日本書紀』に描かれた、理想郷の不老不死の妙薬としての「常世の国の時じくの香の木の実」?
一冊を通して、そこはかとなく、どこを読んでも「死と裏表の生」というニュアンスが感じられる。しかし、具体的にはっきりと正体を掴めるところまでは届かない。
そして、所収されたほとんどの詩は、定まった文字数の段組みの中を改行なしで延々と続いていく。だから、この釈然としないトーンは、この詩集の外側にもずっとずっと広がっていくように感じられる。
まるで、世界を抜け出して裏側から垣間見ているような思いがする。言わば、世界の果てからこの世を眺めているような……。
ページを閉じても、このクールでシュールでペーソスやユーモアさえ感じさせる宙吊り感は続いていく。分からない、難解だ、これは私の手には負えないな、というのが最初の正直な読後感であったことをここでまず白状しておこう。
しかし、こうした感想はある意味で間違いではなかったのだ。なぜならば、その後ふと鎌田氏の『現代神道論』(春秋社・2011年)を手に取ったときにストンと腑に落ちたからである。
2011年4月5日付の「あさっての方向」という文章に、こう書かれている。言うまでもなく、これは同年3月11日の東日本大震災から約1か月後の文章である。
「先の見えない『未来』だが、『おととい』から、なぜか、『あさって』の方向を見てみようという気分になった。『明日』は見えない。もちろん、『明後日』は余計に見えない。だからこそ、その『あさっての方向』こそ、次のステージへの動力になるのではないか、と思い始めた。
『あさっての方向を向いてる』とは、トンチンカンを意味することばだ。現実を弁えず、ぼんやりとして、要領を得ないこと甚だしい。そんな、『あさってを向いてる奴』になろう! そんな思いにとらわれた。誰に何と言われようと、『フリーランス神主』とか、『神道ソングライター』とかと、バカなことをやってきたおれだ。もともと、おれは、あさってを向いていた。それが、本来の自分の方向に気づいたというわけだ。頓珍漢であろうが、何であろうが、おれは『あさってを向いて生きる』。
杜甫の詩を何度口ずさんでも救いはないが、しかし、『あさってを向こう』と思ったら、何か、笑えるような、ワンクッションの向こうにさらに何かがうごめき、生まれるような、胎動を感じることができる。」(134頁)
そう、この詩集は「あさって」の詩集なのだ。辛く苦しい深刻な現実には、真正面から向き合うことが必要であると共に、時には距離を取り、気を抜き、思考を休め、根源的なヴィジョンに触れて新たな活力を蓄えるための緩衝地帯が必要である。その意味で、この詩集は、学者でありフリーランス神主でもある鎌田氏のアクチュアルな一つの宗教的実践なのだ。ここで提出された詩は、正に一つの「現代における神話詩」なのである。
一つ付言しておくと、この詩集の白眉は「死海往生」と題された鎌田氏と西行との空想上の歌合である。次の二首を読むだけでも、詩人としての鎌田氏の並々ならぬ力量は明らかであろう。なお、ここで鎌田氏は西行の向こうを張って「東行」と名乗っているが、実際に西行とは遠縁に当たるらしい。
西行:願はくは 花の下にて春死なむ そのきさらぎの 望月の頃
東行:願うても願うてもうち砕かれて 木端微塵の流星の人よ