西洋、伝統と革新の狭間にある見えない影を飛ぶ
東洋と西洋、伝統と革新の狭間にある見えない影を飛ぶ
ミヤケマイ・安齊賢太・上出惠悟・澤谷由子・横山拓也「クロヤギシロヤギ通信」
会期:2023年9月16日~2023年10月20日
会場:MtK Contemporary Art
2023年9月16日~10月20日まで、MtK Contemporary Artで、「クロヤギシロヤギ通信」展が開催されている。現代アーティストのミヤケマイと、4人の陶芸作家、安齊賢太、上出惠悟、澤谷由子、横山拓也とのコラボレーションによる展覧会が行われている。ミヤケが作家から送られてきた作品を見て、そこから作品を制作する、場合によってはミヤケの作品を見て陶芸の作家がそこから何かを掬い上げるという、連歌に近い方法がとられている。もともとは2017年頃、誌面上で行われた企画で、ミヤケが敬愛する陶芸作家から送られてきた作品に触発されて制作したシリーズを、今どき珍しく、構想から2年、制作にも1年かけ、売れっ子ばかりのスケジュールを調整して展示へと展開させたものだ。
「クロヤギシロヤギ」とは、黒ヤギが白ヤギに手紙を送ったら、食べてしまったので、さっきの手紙の用は何だった黒ヤギが手紙を送ると、黒ヤギも食べてしまい、さっきの手紙の用事は何だったか白ヤギに手紙を書くという、無限ループになるナンセンスな童謡『やぎさんゆうびん』のことだ。作詞・まどみみちお、作曲・團伊玖磨による曲を聞き覚えのある人もいるだろう。童謡の名曲『ぞうさん』も二人の手によるものだ。
「この歌は、作家同士のやり取りというか、人同士のやり取りに似ているなと思う」とミヤケはリーフレットに記している。この意図が、実際、我々が日々インターネットで行っている往復書簡においても、ろくに読まずに、あるいは誤読しながら返信を繰り返している、ということを評しているのかもしれないが、異文化間のコミュニケーションも指しているようにも思える。
手前から奥に長い会場には、上出惠悟、澤谷由子、横山拓也、安齊賢太の作品とミヤケとの共作が、大きくはそれぞれの作家を中心にして構成されていて、それを繋ぐ役目をミヤケの作品が担っている。それはあたかも陰陽五行説の「木火土金水」でいうところの、「木」の安西、「火」の上出、「金」の澤谷、「水」の横山を繋ぐように、「土」のミヤケが合間に入り調和と繋がり(あるいは対立)をつくっている。少しづつモチーフなり色なり素材なりが折り重なっている部分もあり、どのように共作が行われているか瞬時に理解するのは難しい。展示台と工芸品、掛け軸という、床の間を思わせる緩やかな取り合わせにはなっており、掛け軸は、現代的なアプローチで再解釈、制作することで、現代の空間にも合わせることが可能で、古くから伝わるものを現代に繋げることを得意としているミヤケが制作したものだ。よく見ると軸先がそれぞれ異なり、陶芸作家がそれぞれ制作し、ミヤケに送ったものだという。
例えば、多治見で作陶を続ける横山拓也から送られてきた軸は、両端が鈍い角のように尖っている。それを見たミヤケは、鬼の角を連想したという。ここでいう鬼とは、新型コロナウイルスや放射線など見えないものへの恐れ、人間の想像が生み出した怪物だという。ミヤケは「鬼」から身を守るために白い布を被り、柊(ひいらぎ)に鰯(いわし)の頭をつけた人物を描いた。白い布を被る仮装は、ハロウィンの中では最も簡易なもので、お化けを指す。近年ハロウィンは、世界中の文化と混ざって開催されているが、もとは古代ケルト人が行っていたと言われている。秋の収穫を祝い、悪魔を追い払う行事だが、ケルト暦では、10月31日は1年の終わりで、現世と来世の垣根が弱まり、死者の魂と一緒に悪霊もやってくるので、人間だとバレないように仮面をつけたり仮装をしたりした。
いっぽう柊に鰯の頭を刺したものは、節分に飾る魔除けだ。節分も、旧暦では年の変わり目であり、その節目に訪れる災いや鬼から防ぐために、葉の棘が鬼の目に刺さるため鬼を追い払い、鰯の頭の臭気で鬼を寄せ付けないよう飾られた。実は、柊にはもう一つ別の用途がある。クリスマスツリーに使われるクリスマスホーリー(西洋ヒイラギ)だ。ただし、こちらはモクセイ科ではなく、モチノキ科で形状は似ているが実の色が赤い。常緑の葉が永遠、赤い実がキリストの血を象徴しているという現代の風物詩ではあるものの、日本美術の題材には上がってこないものを取り上げるのもミヤケらしい。
鮮やかな満月は、昼の中秋の名月かもしれない。しかし、背景には墨を引いた上に、きら(雲母)を塗っており、ミヤケが茶事に用いられれる揉み紙から着想を得て、独自に開発した揉み紙(揉んでしわをつけた和紙)を使用しているため、所々折り目がつき、きらの光沢にラインが入っている。茶室において掛け軸を拝見する時の、正座くらいの高さから見ると、立ってみている時には気が付かなかった効果が現れる。満月は出ているが、雨が降り、雷も落ちているという不穏な天候の中で、水面近くに仮装した人物が立っていることになる。さらに、一文字(本紙の上下横長の裂)には、和紙では珍しいエンボス加工の宝結び紋(連続する無限であり、永久の繁栄、長寿、多幸などを願う吉祥紋)が使われ、端にはショッキングピンクの線が入れられている。
一つひとつの模様や形式の意味と形、色彩、さらに素材や質感が慎重に選ばれている。同時に、微妙に伝統的な形式からズラされており、季節もハロウィンを中核に置きつつも、クリスマス、節分まで網羅する新しい形にしている。おそらく、ミヤケの繊細な工夫は、西洋文化に詳しい人であっても、日本文化に詳しい人であっても見抜くことは難しいだろう。本人は自分は影のようなものだと述べていたが、西洋のシンボリズムと日本のシンボリズムが重なる、人間の普遍的な要素に興味があるというミヤケは、両方の文化が交わる部分を注視している。しかしながらそれは両方にとって見えない部分なのではないかと思える。確かに、日本の文化は、外来の文化を受容し、変容させて融合させてきた歴史を持つが、取捨選択のベースは日本の風土や共同体の価値観や感覚である。ミヤケの場合は、海外生活の経験からか、日本の風土や共同体のみをベースとしたもののようには見えず、かといって、外国人の期待するようなオリエンタリズムの表現でもない、といった独自のポジションをとっている。全体を見て、異なるものをうまく並立させている自然さと、奇妙な不自然さがあり、感知できないけれども、確実に何かの存在や意味を感じる理由はそこにあるだろう。
ミヤケによると、今回選んだ人々はそれぞれのメディウムをつくっており、もっと言えば領域自体をつくっている作家だという。たしかに、陶芸においては、日常的な使い方は限定的であるため、作家の個性を出そうと思えば、独自の技術かマテリアル、それを生み出す工法ということになる。
光すら吸収するようなマットな黒を使用する安齊賢太は、磁器に糊材として漆を混ぜた陶土を何層にも塗り重ね、水で磨いて定着させているという。アニッシュ・カプーアの彫刻のような漆黒によって、磁器にも関わらず空間の中に陥没しているように見える。磁器自体に陰影はないのに、ライトによる影が差していて非現実的だ。漆を磨かなかった部分だけが地肌を見せている。
安齊の器に対して、ミヤケは韓国民画調の大幅の軸を用意し、虎と来年の干支である辰(龍)を掛け合わせたキメラのような霊獣を描いた。そもそも龍自体が、九似(きゅうじ)と称し、角は鹿、頭は駱駝、目は鬼、項(うなじ)は蛇、腹は蜃(みずち)、鱗は魚、爪は鷹、掌(たなごころ)は虎、耳は牛に似るとされるキメラである。双方、十二支の中でも虎は、木性の陽、龍は土性の陽で強いものであるが、京都などではお正月に月干支の虎の屏風を立てたり掛け軸を飾ることがある。それに龍(辰)が絡むことでさらに強くなり、鬼を追い払う効果は増すだろう。それとは反対に本紙の右上には「濁音のいろは歌」を描き、文武両道を説いている。中廻しや天地には韓国のポシャギ(大きさや色が異なるハギレをつなぎ合わせ四角形にした布)と、土を扱う作家と繋がるように、和紙に泥を揉み込む揉紙を使用してを虎の模様と合わせている。対照的にもう一つの掛け軸には、安齊の漆と繋げるために、多くの日本の家庭にある黒塗りの椀と、出汁に使う魚やキノコなどを描き、日常生活にとって欠かせない、小さな美を描いている。
さらに、安齊が土をこね、ミヤケが表面の加工をし、安齊が漆をのせて焼き、さらにミヤケが磨いてその上に絵を描くというまるで餅つきのような過程でつくり上げた3つのシリーズには3羽の鳥と果物が描れている。すなわちフクロウにイチジク、オウムにブドウ、王蟲にレモンである。フクロウは知の女神アテナのシンボルであり、イチジクは聖書に出てくる最初の植物で、「善悪を知る知識の木」であると同時に「禁断の果実」とされている。ブドウは、「酸っぱいブドウ」として『イソップ物語』に出てくるが、高い木に実っているため、採ることができないキツネが負け惜しみに酸っぱいと決めつけたのだ。レモンは、「When life gives you lemons, make lemonade」ということわざがあり、人生に辛いことがあっても、自分の糧にしなさい、という教えになっている。これらは、3人の別々の人物像のポートレートだとミヤケはいうが、自身のポートレートのようでもある。国や文化、言語、性別あらゆる抵抗や困難があっても、軽やかに乗り越える意志表示にもなっているのだ。
澤谷由子は、イッチン描き(筒描き)の作家だが、素焼き前の素地に、筒の中に着色した泥漿(でいしょう:粘土を水で熔いたもの)を入れて絞り出して描いていく。その彩色の細かさは超絶技巧であるし大変な時間がかかっていると思うが、全体を見るとレースのような軽やかさを称えている。ミヤケは澤谷の作品から、トルコやアジアから中東に繋がる空気感を感じるという。制作の過程で片方が破損して発表できなくなった蓋などを澤谷から託され、青紫の蓋を使い、金箔の上に描いたフクロウと組み合わせて平面作品にした。さらに、今回は澤谷は実用の茶器などにとどまらず、ミヤケと相談し、新機軸としてシメントリーではないうねりが貝や海の波を想像させる器や、金銀の羽の素焼きに描いて陶器にした作品を展示した。鳥が大きなモチーフとなっている会場の各所にミヤケの鳥の作品、マリア像の作品とまるで寄り添うように飾られている。
横山拓也は、白い化粧土を重ねた漆喰の作品で知られているが、現代アートの分野でも活躍していた。そこでミヤケは、横山の台(うてな)のような彫刻作品と、同じ素材で作られた白い器を積み上げ、インスタレーションとして構成した。それは「賽の河原」をイメージしたものだという。横山には黒い作品ある中で、白を死に近いものとして位置付けたところが興味深い。横山の軸先を使った掛け軸には、横山の作品のテクスチャーを模して、胡粉で貫入を表した梅瓶の壺にトンボが止まっている作品を描いた。天地は裏が透ける蚊帳の素材を使用して表具にして、ひび割れ乾いた大地の静かな一瞬を捉えている。
陶芸家にとって破損率は避けられないものだが、それを逆手にとって、陶芸の作品としては発表できないものをキャンバスに見立て、横山の皿の上にバレリーナが月に向かって跳躍している様子、“grand jeté”(グランジュテ)と、泳いでいる鳥を描いて対比させている。さらに、細長い皿の上には、短冊のように龍と観音を描き、そこには現代の文人画家と称されるミヤケらしく、小説の一節を貼り付けている。
上出惠悟は、東京藝術大学の油画専攻出身であるが、九谷焼窯元の後継者でもあり、現代的なモチーフと組み合すのがうまい。絵付けの窯の後継者らしく絵が上手く見立てや連歌的な作業のできる発想の豊かさがある。ある意味ではミヤケに似たセンスを持つと思える。上出が送ってきた軸先の端に、船を描いた作品を受けて、そこで葦の水辺に浮かぶ大きな昼の月と、魚を咥えた鳥を下に描き、中央に大きな余白をつくった。
また、上出は鋳込みによるバナナに、小さく久谷風に彩色した作品を展示し、その横にミヤケは感謝祭を節句として、七面鳥と白と黒の葡萄を描いた。軸の天地には、インドネシアの更紗、中廻しにも赤茶色の和紙を合わせ、素材と模様、色彩の洗練されたコンポジションになっている。しかし、無地か渋めにする天地にインドネシアの更紗を大胆に組み合せることは、よっぽどのセンスと確信がないとできないだろう。そもそも表具は高額で気軽に大胆な挑戦できるようなメディウムではない。20年近く、年間何10本もの掛け軸をつくり続けてきたミヤケだからできることだろう。七面鳥には、眼を凝らさないと気づかないが、本物の羽がついており、そこにも大胆さと繊細さが兼ね備わっている。
二階の特別室の床の間にも、カモネギならぬ鴨が銀のスプーンを持ってくる捕月図の掛け軸を飾られた。その横には上出惠悟が車輪をつけた木米写を置いているが、お猪口の兜を被った若武者の甲冑には鴨が描かれている。
別の壁には、横山の緑の円錐の軸先を樅木(もみのき)に見立て、同じく樅木の森に見立てた刺繍を天地に合わせて、本紙にはハロウィンの白い仮装に、かぼちゃを邪鬼のように踏んだ描いた掛け軸を飾った。その下の板床には、上出のバナナの九谷焼を合わせている。バナナには、髑髏が描かれおり、まさにヴァニタス(死の寓意画)になっている。2階に飾られた、4人の陶芸作家の作品は「クロヤギシロヤギ」に連動するように、白黒と交互に展示され、安西の作品の下には古い囲碁盤が置いてあり、空間構成のヒントとして提示されている。
その他にも、ギャラリーの入り口にはミヤケがつくった鬼の面を安齊や横山の窯で焼いた作品が置かれたり、ミヤケが焼いた盆器に季節の盆栽が植えられ、全体としてひとつの茶室のような宇宙となっている。ミヤケもさることながら、4人の陶芸作家も伝統技法を継承しつつも、現代や自身の感性を反映できるように、独自のモチーフや手法を開拓している。それに触発されると同時に、さらに変換したり、ズラしたりしながら、ミヤケならではのしつらえにしているといってよいだろう。現代的に言えばインスタレーションなのだが、何かが違うと思うのは、それがミヤケの美意識を反映したしつらえであり、茶事を連想させる空間になっているからだろう。
そこに、西洋と日本、伝統と革新、過去と現在が融合しているとは単純に言うことはできない。前述したように、日本人にはわからないモチーフや素材をふんだんに使い、西洋人にもわからない素材や形式を使用しており、両方に対して、迎え入れると同時に拒絶している。あるいは、拒絶していると同時に迎え入れている。同時に、両者への提言になっていて、意味的にも感覚的にもつかめない部分が影として存在している。すべてを見せているのに、見えないのだ。
それが容易に尻尾を掴ませない、ミヤケの天衣無縫な部分だろうし、天邪鬼で反骨の部分といってよいだろう。しかし、自由に振る舞うにはそれくらいの度胸と繊細さが必要かもしれない。このようなミヤケの振る舞いは、現代においては異質に見えるかもしれないが、逆に古の本阿弥光悦のようなタイプの作家は、もしかして、当時の革新的な作家や西洋的な文化に対して、同じように振る舞っていたのではないかと想像すると面白い。もし私たちが見えないところで、存分に羽を広げて飛んでいるミヤケが見えるようになったら、おそらく次の影を探しに飛んでいくのだろう。