『アートのお値段』に見る ”アートのお仕事”(番外篇:日本と中国)

『アートのお値段』に見る ”アートのお仕事”(番外篇:日本と中国)

監督:ナサニエル・カーン 出演:ラリー・プーンズ、ジェフ・クーンズ、エイミー・カペラッツォ、ステファン・エドリス、ジェリー・サルツ、ジョージ・コンド、ジデカ・アクーニーリ・クロスビー、マリリン・ミンター、ゲルハルト・リヒター 他

HOT & SUNNY PRODUCTIONS and ANTHOS MEDIA in association with ARTEMIS RISING and FILM MANUFACTURERS, INC. present

2018年/アメリカ/98分/英語/DCP/カラー/原題:THE PRICE OF EVERYTHING/配給:ユーロスペース

 

アーティスト篇キュレーター/美術史家/評論家篇ギャラリスト/コレクター篇オークションハウス篇と、映画に登場する人物たちの言葉を振り返りながら、アート業界の仕事を見てきました。

しかし、この映画の舞台はニューヨークーー現代美術もアートマーケットも、もっとも盛んな世界の都市の一つです。また、国が違えば美術に対する考え方も、お金の流れも違います。そこで私の母国である日本の状況と、いま住んでいる中国の状況をざっと描き出してみたいと思います。

日本

私が現代美術業界に入った2000年代初頭は、美術、現代美術と聞いて嫌な顔をされることは珍しくなく、「現代美術、こわくないですよー!意外と面白いですよー!」と優しく勧誘するのが仕事だったなぁ・・・と振り返ります。よく知られているように、用の美や大衆芸術が発達していた日本に、政策としての西洋美術が輸入されたのは約150年前。ここから現代に到るまで、この伝統/大衆芸術と、管製美術の潮流が同居して、ガチャガチャしていました。現代美術は後者の延長と思われていました。

この20年で、現代美術の展覧会や芸術祭がいつもどこかで複数開催されるようになり、ギャラリーの数もかなり増えましたよね(3倍か4倍くらい?)。現代美術の人気は確実に高まったと思います。が、この状況になってから、まだそんなに時間が経っているわけではありません。そのため、よく言われるように、日本のアートマーケットは規模が小さいです。まだ「美術」の歴史が浅いということ、人々の中に美術というものへの不信感が残っているのだと思います。不信感はなくとも、資産を美術作品の形で所有するという考えが根付いていない、ということはあるでしょう。

アーティストは、マーケットがそういう感じなので、作っても買ってもらえる可能性が低い。美大でも商売については教えてもらえないと聞きます。先生方にも作品を売買してサバイブする経験があまりないのでしょうね。売れることがすべてではありませんが、少しでも売れれば作家活動を続けていきやすいです。また、社会には美術作家という生き方についての理解がまだ行き届いていないので、「作家は売れてないと恥ずかしい」という心ない偏見にさらされることもあると思います。日本で作家をやるのはなかなか大変です。

美術館は多くが国や地方自治体の施設で、それを運営する公務員のみなさんに、美術がどういうものかはまだ理解されていなかったりして、しばしば専門家である学芸員の意見は無視されて、その結果、館が迷走したりします。予算は、90年代から多くの館で削減され続けているのではないでしょうか(税収が減っている自治体では止むを得ないというのは、短期目線すぎて本末転倒なんですよね)。

ただ、よいこともあって、コマーシャリズムに毒されていない分、本当に美術が好きでやりたい人が残っている。だから愛があって多様性のある、オーガニックなアートシーンを形成していると思います。東京や京都などで展覧会を見て回るのは純粋に楽しいし、地方でも創意工夫のあるイベントが行われていて見応えがあります。

中国

私が住んでいる上海の状況を頭に置いて話しますが、まず経済の状況はよく、人々は将来に対してとてもポジティブな印象を持っているようです。そしてみんなお金が好きで、お金でお金をつくることに興味津々で、投資好き。そして富裕層の数が多いです(人口と格差を考えると”みんながお金持ち”、というわけではないでしょうが)。

こういった背景から、アートマーケットも好調です。中国人コレクターは中国人作家の作品を好んで購入します。あと商業(広告、ディスプレイなど)とのコラボ案件もけっこうオファーがあり、作家たちも柔軟に引き受けます。

私が直接話をした作家の数は限られているのですが、いまのところ、30代の若いアーティスト達から生活が苦しいという話を聞いたことがありません。だいたいは「まあまあやれてます」というコメントが返ってきます。販売や商業案件でそこそこ収入があるようです。そのいっぽう、「ビジネスになるのでアーティストをやっている」という作家もいるようです。「儲からなければやめて、別のことをやる」と。

実際、中国のキュレーターから、「いま複数の展覧会に出て活躍している作家たちも、数年でけっこう入れ替わるんだよね。みんな、もうちょっと粘り強くやろうよ、って思うんだけど」という話を聞きました。経済的に潤うということも良し悪しなのかな?と思ったりする瞬間です。セールスは短期的には良い時悪い時あるでしょう。でも美術史に寄与するレベルのアーティストになるには長期に渡る活動が必須ですから。

美術館にはインハウスのキュレーターがいないか、すごく少ない、というのも、こちらに来て驚いたことの一つでした。上海に公立の現代美術館はPSAのみ、あとはぜんぶプライベートで、だいたい①メガコレクターの館か、②ディベロッパーの館です。①は特に、展示する作家はディレクターである自分が決めるからキュレーターはいらないということなのでしょう。そういう事情から、グローバル・アートシーンからはいったん切り離されたシーンが展開していると思います。多様性はあまりありませんし、コマーシャルな印象、展示もビジュアル重視の浅薄なものが多いような気がします。

それでもいくつかの館のキュレーター達は状況をより改善させようと努力し、実際、90館ほどある上海の美術館の中、1割くらいは見応えのある展示を行っているので、見るものには事欠きません。また、美術館でもギャラリーでもないオルタナティブなスペースも、ごく少数ではありますが、断続的に活動をしています。中国は発展の速度が速いので、内容面やオーディエンスのレベルも劇的に進化していく可能性があり、今後も目が離せません。

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私自身はキュレーター篇に描かれた人々と同じとお話ししました。ただ、日本の若手アーティスト達の苦境を見ていて、少しは彼らが活動を続けることに対して実質的な支援ができないものかとずっと考えていました。それがコダマシーンの活動をはじめたひとつのきっかけになっています。作家は、本当に売れるのはもっと先だとしても、それまで生活して活動を続けていかなければいけない。アメリカや中国の作家たちは規模の大きいマーケットがあり、先輩作家のアシスタントとか、広告やメディアの仕事とかで稼げたり、助成金の種類が豊富だったりして、なんだかんだ、ちょろちょろとお金が流れ込んでくる(じつは日本でもバブル期に若手だった作家の方から「当時ディスコの内装とかやらせてもらって、けっこう助かった」なんて話が出てきます)。少しでもそうやって楽しくサバイブしながら、自分の創作に長期目線で向き合っていってもらえたらと思うのです。

ちなみに、コダマシーンをはじめたもう一つのきっかけは、フリーの現代美術キュレーターがあまり稼げる仕事ではないことがあります。残念ですが美術についての理解がまだ社会にあまり根付いていないことから、業界全体でフィーが低いです。私自身もサバイブしていかなければならない。そういうわけで、本業で天職(と思ってます)のキュレーターをメインにしつつ、コダマシーンで若手作家と商業案件をつないでいく。こんなやり方で美術界に関わり、貢献し、生きていこうと思っています。(コダマシーンについては、こちら[記事] とHP)。

(『アートのお値段』に見る ”アートのお仕事” 終わり)

 

※初出 金澤韻「『アートのお値段』に見る”アートのお仕事”(番外篇:日本と中国)」、KODAMATRIX(金澤韻のnote)、2021年2月22日

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評者: (Kanazawa Kodama)

かなざわ こだま:現代美術キュレーター。東京藝術大学大学院、英国 Royal College of Art(RCA)修了。熊本市現代美術館など公立館での12年にわたる勤務ののち、2013年よりインディペンデント・キュレーターとして活動。国内外で展覧会企画多数。近年企画・参画した主な展覧会に、ヨコハマ・パラトリエンナーレ2020、杭州繊維芸術三年展(浙江美術館ほか、杭州、2019)、AKI INOMATA、毛利悠子、ラファエル・ローゼンダール個展(いずれも十和田市現代美術館、青森、2018~2019)、Enfance(パレ・ド・トーキョー、パリ、2018)、茨城県北芸術祭(茨城県6市町、2016)など。現代美術オンラインイベントJP共同主宰。2016年より上海在住。

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