『アートのお値段』に見る ”アートのお仕事”(オークションハウス篇)

『アートのお値段』に見る ”アートのお仕事”(オークションハウス篇)

監督:ナサニエル・カーン 出演:ラリー・プーンズ、ジェフ・クーンズ、エイミー・カペラッツォ、ステファン・エドリス、ジェリー・サルツ、ジョージ・コンド、ジデカ・アクーニーリ・クロスビー、マリリン・ミンター、ゲルハルト・リヒター 他

HOT & SUNNY PRODUCTIONS and ANTHOS MEDIA in association with ARTEMIS RISING and FILM MANUFACTURERS, INC. present

2018年/アメリカ/98分/英語/DCP/カラー/原題:THE PRICE OF EVERYTHING/配給:ユーロスペース

 

アーティスト篇キュレーター/美術史家/評論家篇ギャラリスト/コレクター篇に続いて、今回は二次市場で仕事をする方々の言葉を見ていきます。

 

1990年代クリスティーズで 今後の戦略を検討しました
なぜなら 巨匠が描いた古い傑作の出品が減少し
アート市場は縮小傾向にあったからです
市場には新しいコレクターが現れました
彼らは若い超富裕層で
新しいものを渇望して探し求めていました
(中略)現代アートは 今 制作されているので
供給の問題はありません
現代アートがこれほど重要になるとは
誰も想像していませんでした
市場において 他の芸術分野がかすんでしまった
ーーエド・ドルマン(フィリップスCEO, チェアマン)

かつてクリスティーズCEOだったドルマンは、現代アートが取引の主役に躍り出た経緯を語ります。それまで主力商品だった古い時代の作品が枯渇してきたので、どんどん制作される現代美術、つまり生きている作家の作品を取引しはじめたと。このあと、まだできていない作品の購入の約束までが取引されるようになった・・・とも話しています。こうなってくるとまさに金融商品と似たような感じですよね。

私が業界に入った頃は 銀行は顧客にアートを勧めようとはしませんでした
今では必ず顧客に提案されています 分散投資の一環でね
ーーシモン・ドゥ・ピュリ(オークショニア)

ドゥ・ピュリの証言が、さらにその状況を裏付けます。ここ20〜30年で、アートは投資目的で売買される商品になった。コンサルタントのセルジュ・ティロンシュが言葉を添えます。「(価格は)需要と供給の関係です。(中略)関係者の金銭的なうまみです」。監督が「なるほど、高値を維持すれば利益が得られるわけだ」と確認すると、「”ゲームの規則”の一部です」と肯定します。

ここで伺い見ることができるのは、アーティスト篇に登場する作家たちの創作の現場からはいったん切り離された、「商品」としての美術作品の姿であり、またそこに乗っているメンタリティは、株の売買に似たものだということです。どの作家が “成長株” か。そこには、生きている作家によって生み出される作品であるからこそのダイナミズムがあります。

次はエイミー・カペラッツォ。本作の軸となるオークションを絶賛準備中の人物です。彼女の言葉の端々から、美術に対する造詣の深さと、作品をオークションにかける興奮が生き生きと伝わってきます。ここも確かに、ひとつの熱を持ったアートの現場なのです。

次の、監督とカペラッツォの対話が印象的です。

(なぜリヒターは高額なんです?)
質が高くて希少性がある
価値が保証されているのよ キュレーターや
市場関係者や批評家の意見が一致してる
(こういう絵は これに見合う人に持ってほしい?)
そこは 気にしないようにしてる
道徳的に 人を選別するってこと?
善人と悪人がいたら 善人が持つべきかしら?
(リヒターはそう望んでる)
絵に深く感動し愛する人を?
(美術館です)
美術館・・・Ha!
美術館は私も好きよ でも
所蔵品が多すぎれば 日の目を見ない
まるで墓場よ
リヒターは社会主義的で民主的な考えで
取引する状況を避けたいのよ
富裕層とのね
ーーエイミー・カペラッツォ(サザビーズ・グローバル・ファイン・アート、チェアマン)

この「美術館・・・Ha!」という言葉の後に、彼女が飲み込んだのは「美術館は貧乏だから、売ってもお金にならないもの!」。それを言うのはあまりに下品だと思ったのか、「美術館は墓場よ」という詭弁が出てきます。だって所蔵先で作品が日の目を見ないのは、コレクターのケースでも同じか、もっと悪い状況です。なんせ個人の所有物になるわけですから(ジェリー・サルツがそれを嘆いていましたね)。美術館に入れば公共財として、定期的に展示されたり、別の美術館に貸し出されたり、また研究者が研究目的で閲覧できるようにもなっているので、まだみんなのものとして日の目を見る機会があるのです。

でもカペラッツォは「作品は取引されてナンボ」と信じています。すごく資本主義的な価値観だな・・・と思います。リヒターを「社会主義的」と揶揄ってもいますね。このあたり、この記事を読んでいるみなさんも意見が分かれるのではないでしょうか。お金を生み出してこそ存在する価値があると考えるか、美術作品には別のところに価値があると考えるか。

映画の冒頭に引かれた、ドゥ・ピュリの次の言葉も印象的です。

アートとお金は切り離せない
良い作品は高価であるべきです
価値があるから保護される
金銭的価値がなければ・・・
作品は守ってもらえません
芸術作品が生き残る唯一の道が
商業的価値を持つことなのです
ーーシモン・ドゥ・ピュリ(オークショニア)

とてもシンプルでわかりやすいですね。良い作品は高い。高い作品は良い。私のキュレーターとしての目には、値段のつけにくいタイプの作品が存在するのが見えるので、なんでも金額に置き換えるのは違うと思うのですが、このシンプルな世界に生ている人々がいることも事実。

でもすごいのは、このドゥ・ピュリ、裏ではチャリティ・オークションのオークショニアとしても活躍、災害や危機で困っている人々やまたお金のない公共機関に寄付する活動をしているそうです。「すべては金だよ」と言いながら、自分のできることで社会に貢献しているなんて、かっこいい。人間も、美術も、お金も、一義的ではなく、さまざまな顔をもっているところが味わい深いですね。

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前の記事でも書いたとおり、キュレーターの私が仕事上関わるのはギャラリー(一次市場のプレイヤー)までで、このオークションハウス篇に出てくるような人々とはほとんど関わりがないのですが、この世界はこの世界で面白そうです。ちょっと気になって買った若手作家の作品が、たとえば20年後には10倍の値段がついたりするなら、投資対象として確かに魅力的ですよね。

私も最近、友人達が株の話をしているのを聞いてちょっと心を動かされたのですが、考えてみたら株より美術作品を買うほうが、私にはよっぽど勘がききくんだなぁ、なんて思いました。私がこの業界に入った20年前に比べ、ふつうに現代美術そのものの人気が高まりました。見てきたように、一般的な人気だけではなくマーケットも活況を呈しています。そういう状況下で、ある一定の作家の作品は必ず値段が上がっていきます。私自身は作品への思い入れが強く、買ったらおそらく手放せなくなると思うので踏み込めませんが(笑)、ご興味のある方はお金のことだけではなく、人生の価値を高めるためにも(あるいは人生における価値とは何かを考えるためにも)気に入った作品を買ってみるのはよいことではないでしょうか。

さて、これで映画の世界の話はいったん終わりにして、次回は、映画の舞台であるニューヨークとはまた違う、日本の状況と中国の状況を見ていきたいと思います。

(つづく)

※初出 金澤韻「『アートのお値段』に見る”アートのお仕事”(オークションハウス篇)」、KODAMATRIX(金澤韻のnote)、2021年2月19日

評者: (Kanazawa Kodama)

かなざわ こだま:現代美術キュレーター。東京藝術大学大学院、英国 Royal College of Art(RCA)修了。熊本市現代美術館など公立館での12年にわたる勤務ののち、2013年よりインディペンデント・キュレーターとして活動。国内外で展覧会企画多数。近年企画・参画した主な展覧会に、ヨコハマ・パラトリエンナーレ2020、杭州繊維芸術三年展(浙江美術館ほか、杭州、2019)、AKI INOMATA、毛利悠子、ラファエル・ローゼンダール個展(いずれも十和田市現代美術館、青森、2018~2019)、Enfance(パレ・ド・トーキョー、パリ、2018)、茨城県北芸術祭(茨城県6市町、2016)など。現代美術オンラインイベントJP共同主宰。2016年より上海在住。

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