絵画制作に全てをかけた晩年(50歳から69歳)の奄美時代は完成品をほとんど誰にも見せなかった田中一村。おかげで存命中は個展が一度も開かれなかったのですが、今年12月1日まで東京都美術館で開催された一村の個展は、連日行列ができるほどの大盛況!やったね一村さん。そんな彼の奄美時代の足跡をたどってみたくなり、2024年12月9日から3泊で奄美大島の旅に出かけました。一村への思いを馳せた様々なスポットについて軽いタッチで写真とともにお伝えします。
田中一村記念美術館
島北部にある奄美空港に到着次第レンタカーを借り、鹿児島県奄美パーク・田中一村記念美術館に向かいました。10分ほどで到着。オフシーズンなので、広々とした駐車場にぽつりと車を停めました。美術館は、カブトガニのような形をした建物の中です。
ガラス張りでおしゃれな内装。
常設展では、一村の10代、千葉時代、奄美時代の作品と合わせて、彼の抒情的な言葉の数々にも触れることができ、上野の展覧会とはまた違った生身の一村に出会えた気がしました。当時を知る現地の魚屋さんのインタビューや一村の言葉がちりばめられたビデオ映像もよかったです。また、小さな小屋に住んでいた一村自身の写真を撮影したものも意外と多く、家の間取りも詳しく解説してあったので、絵に全てをかけた清貧な生活の様子が偲ばれました。間取りを見て1つ気がついたのは、中にトイレがないこと!体があまり丈夫ではなかったとのことなので、大変だったろうな~。
嬉しかったのは、奄美パーク内で一村の絵に描かれていた植物たちを早速見ることができたことです。
特にアダン。絵のように黄色くはなかったけれど、とりあえずこの変形型パイナップルのような植物(実際はパイナップルとは無関係の植物)の実物を初めて見ることができた。絵でしか見たことがなかった植物を自分の目で見るっていい気分。秘境に分けいらないと見られないかと思いきや、ここでは至るところにあるのね。
田中一村の絵によく登場するアダン。緑ではなく黄色いアダンをメインにすることで印象に残る作品に仕上げていることがよくわかる。
そしてなんと奄美パーク内のレストランでは、「一村定食」なるものを発見。もちろん食べるしかないっしょ。
この「一村定食」なかなか充実。グルクンという派手な魚をからっとあげたものがメイン。地元の魚屋さんで、40分ほどじーっと眺めてからじっくりと描くのでもちろん魚は売れなくなる。でも魚屋さんは温かく見守る。そんなエピソードを思い出しながら食べました。カリカリでとても美味しいのでおすすめです。
スーパー写実的なだけではなく、日本画の概念をひっくり返すほどアバンギャルドな魚の絵を一村は描いています。
田中一村終焉の家
奄美パークから車で海岸沿いを走り、田中一村終焉の家へ!農村の一角に入ると、突然大ぶりでカラフルな鶏が何羽も走り出てきました。なんだか予想していた光景と違った(笑)。そしてその奥に小さな小さな小屋が!作りもシンプルですきま風も入ってきそうな小屋ですが、一村は「御殿だ」と言って喜び、集中して絵を描ける喜びも表明したそうです。すごいな~。野菜作りの名人だったそうなので、好きな野菜を美味しく作って自給自足、好きな絵をとことん描く生活は彼なりに幸せだったのかな。ちなみに現地の方に話を聞いたら、その界隈で野菜を自給自足する生活は結構普通で、その点において一村が格別変わっていたわけではなかったようです。
島最南端で一村の焼酎
ここから一気に1時間半ほどドライブして、最南端へ。ビーチホテルTHESCENEに泊りまりました。全室オーシャンビュー。眼前に広がる海は南国の色と思いきや雨模様だったので灰色(苦笑)。運が良いと、お部屋から、息つぎをするウミガメが見えるとか?!
スタッフの皆さんもみな気が利く良い方々で居心地いいな~♪
ホテルTHESCENEでは、地元オーガニック素材を生かした本格イタリアンコースが絶品。深海で筋肉を鍛えた薩摩たか海老はプリプリ、近隣の原木椎茸は旨みの肉厚、奄美産イラブチのポワレは白ワインにぴったり。鹿児島黒牛の赤身&赤ワインは奇跡のコンビ!田中一村の黒糖焼酎もあったよ!
朝は6時半に起きて一村が住んだ名瀬に向かいました。途中でマングローブ林の間を抜けるカヌーも体験。水面から上に顔を覗かせてうねうねしているマングローブの根っこもなかなかアーティスティックでしたが、カヌーからの眺めはあまり一村の絵には出てこなかったな~。
ホテルに到着すると、目の前が名瀬港でした。次の日は早朝から原生林の金作原の探索です。奄美大島にしかいない動植物の宝庫で、専門のガイドさんと一緒出ないと入ってはいけない保護地域も探索します。ギリギリまでガイドさんの車に乗って行きました。保護地域の入り口には看板が。
一村が住んだ町・名瀬と亜熱帯の自然
そして、保護地域に足を踏み入れた途端にガイドさんが「シーッ」というので、「ついにハブが出たか?」と思い緊張。すると、コツコツコツというかろやかな音が!
「キツツキだよ」とガイドさんが教えてくれました。
キツツキが木をつつく音、初めて聞いた!しかも、「ほらそこにいるじゃない見える?」と言います。どこー?アッ見えた。地面の根っこのところにせわしなく動き回りながらつついているキツツキを発見しました。感激~♪一村もキツツキはたくさん描いていましたよ。模写も色々見ました。ガイドさんも一村の絵は知っていて「結構好きだよ。ものすごくよく観察して描いているね」とのこと。
一村もこのような原生林に足を踏み入れることがあったのかな?
初めて入った私たちにはなかなか姿を見せないほど用心深い動物たち。
一村があれだけ如実に固有種のキツツキやルリカケスを描けたのは、長時間静かに居続けて、森の空気と一体化したからではないかなと思いました。
今回じーっとして黙っている時間を長く取ることが様々な発見につながることを学びました。自分が静かになると、現生林から色々な音が聞こえてくるのです。先ほどのキツツキがつつく音も、世話しなく歩いたり話したりしていたら絶対に聞こえません。また、姿は見えないけれど色々な鳥の声も聞こえてきて「あれは鳥たちの警戒音だよ。侵入者があると私たちのことを皆に伝えてるんだよ」とガイドさんが教えてくれました。そして、これまた一村の絵の中でしか見たことがなかった光景が眼前に!
まずは不喰芋(くわずいも)。
そうそうこの形。葉脈みゃくみゃく。煮ても焼いても食えないし、食べたらお腹こわしたり大変なことになるそう!葉脈が美しい~のだけど、一村は、この葉脈を描かずにあえてべったり塗りつぶしていたな。。。興味深い。。。
そしてヒカゲヘゴ!シダ植物の葉っぱのパラソル。これ体験したかった~。一村の絵にもありますね。まさに原始時代にタイムスリップ。恐竜が出てきそう!
それにしてもあれだけ日の光が苦手だと習ったシダ植物が、15mにもなって対応を追い求めるとは。「ヒカゲヘゴはシダ植物の中でも特に変わり者で日光が好きなんです。でもそのおかげで他の日光が苦手なシダ植物は日陰で過ごせるのです」とガイドさん。なんとここはシダ植物だけでも何百種類も生息しているそうです。
大島紬工場で働いた一村
また、一村が、画材費を稼ぐために日給450円でアルバイトをしていたのが大島紬の工場。ということで、大島紬「夢おりの郷」も訪ねました。フランスの「ゴブラン織」、イランの「ペルシャ絨毯」と並び世界三大織物に数えられる大島紬。ちょうど一村が奄美に住んでいた60年代70年代は最盛期で、一家に1台機織り機があったほどだったと現地の方に伺いました。その頃は奥さんの方が旦那さんより稼げて離婚率が最高だったとか(笑)。いいんだか悪いんだか?!
それはさておき、試着もできるということなので体験してみました。伝統的な「龍郷(たつごう)柄」と一村が描く植物のような柄と迷ったけど、一村へのオマージュとして後者にしました。
あやまる岬の眺め
最終日は、一村がよくスケッチに訪れたという「あやまる岬」へ。やっと快晴の海を見ることができました。彼の絵の中で細かい波が陽光を受けてキラキラ輝いている光景も!そしてなんと、一村がよく描いたルリカケスを見かけることができました!背中のブルーが美しい奄美固有種で、まさか出会えるとは思わなかったので嬉しいサプライズ♪
それから、一村がよく描いていたソテツにもついに遭遇。これで彼の主要をモチーフを大体この目で見ることができたと喜びたいところでしたが。。。
なんとソテツが軒並み枯れて茶色くなっていた!!!
現地の人曰く、何年か前に貝殻虫による病気が大流行して、今はほぼ壊滅状態になってしまったとか。天才画家一村といえどもこれは予想できなかったかな。彼が存命の頃はそこかしこに元気よく生えていたはずですから。
長いことこの地で元気に育っていた植物でも、ちょっとした環境の変化であっという間に絶滅の危機に陥ってしまうとは恐ろしい。私たち人間もコロナ禍でその恐怖を味わったばかり。「喉元過ぎれば」ではなく、奇跡的に絶妙なバランスを取りながら様々な生態系と一緒に共存できていることに感謝して生きていきたいものですね。
そして今回の「一村を巡る旅」に付き合ってくれた夫にも感謝!
そしてみなさん、一村芸術も自然も食べ物も人も素晴らしい奄美の旅おすすめです!
ps.ハブには1度も遭遇しませんでした😃
【この記事のご参考に】 神童と呼ばれた子供時代から晩年までの田中一村についてアーティストであり一村研究家であるナカムラクニオさんと菊池麻衣子がトーク!詳しくは日本経済新聞「 おしゃべり美術展」を読んでね!
⇒ https://art.nikkei.com/magazine/031.html
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