眼差しの奥の見えない映像戦争の時代『インフラグラム 映像文明の新世紀』三木学評

眼差しの奥の見えない映像戦争の時代

『インフラグラム』は、約20年前の著『映像論』(NHK出版、1998年)を引き継ぐものだ。『映像論』では、すでに「ピクチャー・プラネット」という言葉で、光学的ではない(デジタル)映像に取り囲まれた21世紀の世界を予言していた。そこに物理的な痕跡はなく、いかようにでも操作される「記憶」であることも示唆されていた。

その当時はまだまだピンとこなかったが、AIによって白黒画像が自動着色されたり、さまざまなフィルターで整形されたり、不要なものを消したりすることが当たり前になった現在では、映像がすでに事実というより不確かで恣意的な「記憶」の産物であると実感できるだろう。歴主修正主義がまかり通る世の中だが、現在では「事実」の特定すら怪しくなっている。すでに「フェイク・ニュース」のほうが事実より拡散性が高い、ということも証明されているが、「フェイク」と「ファクト」の見分けは困難を極める。

また、映像に取り囲まれたと書いたが、それは「視線」に取り囲まれたといってもいいかもしれない。『映像論』にも書かれていた監視カメラが世界規模で覆う「監視の社会」の到来である。しかし、その状況は予想以上の速度と思わぬ形で進んでいる。そのきっかけはなんといっても『映像論』から約10年後に発売されたiPhoneの登場だろう。

「1984年1月24日、アップルコンピュータはマッキントッシュを発表します。そして今年1984年が、小説『1984年』に描かれているような年にならない理由がわかるでしょう」(註1)

これは、ジョージ・ウォーエルの小説『1984』に出てくる監視社会を批判した、マッキントッシュの有名なコマーシャルのナレーションである。しかし、皮肉なことに、MAC以来最大のスティーブ・ジョブズの発明となったiPhoneに代表されるスマートフォンは、人々を(相互)監視社会を構成する「端末」に変えてしまった。今ではビック・ブラザーは偏在し、我々も積極的に監視社会に参加している。我々は監視者であり、囚人でもあるのだ。

『インフラグラム』とは、映像が社会のインフラ(基盤)になった状況をさす造語であるが、本書でもiPhoneの登場がインフラ化の契機となったと指摘している。港は「カメラは常に身につけているという意味で、ポータブルよりもウェアラブルな性質を持ち、同時に写真は瞬時に拡散され、共有される傾向を帯びることになった。ここから写真はインフラストラクチャーとしての性格を強めていく」と述べている。

当然のことながら「インスタグラム」が意識されている。「インスタグラム」という造語が、テレグラム=電報という通信インフラから来ているという指摘も示唆的である。「インスタ映え」という言葉はマスコミで多用されるようになったが、インスタントカメラのような正方形のフレームによって、世界はアーティスティックに切り取られ、世界中の人々が進んでアップロードするうちに、「インスタ」で人気が出るように、世界自体が変えられていくような事態となっている。SNSがインフラとなって、あたかも集合的な意思となった現在、我々はそれに右往左往させられるようになってきているのだ。

我々が日常生活において電気・水道・ガスなどのインフラを意識せず、見えないブラックボックスになっているように、見えない映像インフラに突き動かされている。その新たなインフラを支えるエネルギーは、とりもなおさず、我々が差し出すデータなのだ。

我々が写真や動画で投稿するデータには膨大な個人情報が含まれており、それらは無色透明なものではなく、企業や国家によって使われ、その見返りとして無料のサービスを受けるという仕組みになっている。利便性を引き換えに、自由を奪われているのである。

いかにそれに頼って生きているかわかるのは、いつの時代も事件や事故などのアクシデントが起きた時である。『インフラグラム』では、この20年に起きたさまざまな事件、そして展覧会、映画、歴史などを横断的に批評しながら、今起こっている事態について、輪郭を与えようとしている。
その所作は、2015年に亡くなったメディアアーティスト、三上晴子のアイトラッキングを使った《モレキュラー・インフォマティクス》(1996)に代表される、「視線」が分子状の形を生成する作品群をヒントにしている。そこでは本来不可能な「視ることを視る」ことが実現されていた。

港は、三上の作品のように、我々の視線の先にある、映像インフラの奥の見えない意思、見えない戦争の分子を生成しようというわけである。例えば、世界で1000万人以上を動員した2003年のイラク戦争反戦デモ、2008年のアメリカ大統領選、2011年のビンラディン掃討作戦、2013年のスノーデン事件、9.11前に起こった2001年のえひめ丸事故、ドローンを使ったイスラエル軍の攻撃などに視線を合わせ、次々と情報と戦争の分子を生成していく様子は、まさに、書籍による「モレキュラー・インフォマティクス」といえよう。

くしくも、5G時代を目前として、大量の通信関連技術と知的財産を持つ中国企業ファーウェイに対して、トランプ政権は技術や情報の流出を恐れ、全方位的な圧力をかけはじめている。4Gとは破格の通信量になる5Gの通信基盤を握られることは、国家の存亡に関わるからである。これはもう情報時代の全面戦争といってもよい。中立のように見えた、GAFAのようなグローバル企業の情報も日々漏洩が発覚し、政府の検閲も明らかになりつつある。

しかし、国家、グローバル企業、そして人による情報統制の行方も怪しい。AIが多用されたとき、そこで使われる深層学習の「深層」は誰にも見えない「ブラックボックス」となるからである。AIでは近年、答えを示す教師がいない、教師なし学習の中で、GAN(敵対的生成ネットワーク)と言われる対決させながら進化させる技術が出てきているが、まさに世界は、人が介在しないAIとAIの代理戦争のようになっているともいえる。
先日、京大発AIベンチャーがGANによって全身モデルを自動生成するAIを発表して話題になったが(註2)、GANを使えば、世の中に存在しない人物や映像を生成することもたやすい。存在しないものを作ってしまうこともできる時代になり、見分けはつかない。

では、国家とグローバル企業の思惑が錯綜し、膨大な情報をAIによって操作されたとき、データを積極的に差し出し監視や戦争に加担する「端末」となってしまった人はどうなっていくのか。残念ながら、人間の端末化は、時の為政者や経営者すら逃れることはできない。人は等しく「情報分子」となるのである。

本書はスマートフォンのモニターは、我々の眼差しと、その奥にある膨大な「監視」の眼差しの合わせ鏡であるという事実を明らかにしている。しかし、その奥行きは誰にも把握することができない。ただし、その奥行きに深さを与えているのは確実に我々自身のデータでもある。見えないまでも、アップロードする前に、その奥行きを「想像」してみる必要があるのでないか、と本書は問いかけているのだ。


1)1984 (広告)
https://ja.wikipedia.org/wiki/1984_(%E5%BA%83%E5%91%8A)

2)実在しない人物の全身画像生成を行う「全身モデル自動生成AI」を開発

実在しない人物の全身画像生成を行う「全身モデル自動生成AI」を開発

初出「WEB SNIPER’s book review」『Webスナイパー』2019年6月8日

三木 学
評者: (MIKI Manabu)

文筆家、編集者、色彩研究者、美術評論家、ソフトウェアプランナーほか。
独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行なっている。
共編著に『大大阪モダン建築』(2007)『フランスの色景』(2014)、『新・大阪モダン建築』(2019、すべて青幻舎)、『キュラトリアル・ターン』(昭和堂、2020)など。展示・キュレーションに「アーティストの虹─色景」『あいちトリエンナーレ2016』(愛知県美術館、2016)、「ニュー・ファンタスマゴリア」(京都芸術センター、2017)など。ソフトウェア企画に、『Feelimage Analyzer』(ビバコンピュータ株式会社、マイクロソフト・イノベーションアワード2008、IPAソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー2009受賞)、『PhotoMusic』(クラウド・テン株式会社)、『mupic』(株式会社ディーバ)など。
美術評論家連盟会員、日本色彩学会会員、大阪府万博記念公園運営審議委員。

Manabu Miki is a writer, editor, researcher, and software planner. Through his unique research into image and colour, he has worked in writing and editing within and across genres such as contemporary art, architecture, photography and music, while creating exhibitions and developing software.
His co-edited books include ”Dai-Osaka Modern Architecture ”(2007, Seigensha), ”Colorscape de France”(2014, Seigensha), ”Modern Architecture in Osaka 1945-1973” (2019, Seigensha) and ”Reimaging Curation” (2020, Showado). His recent exhibitions and curatorial projects include “A Rainbow of Artists: The Aichi Triennale Colorscape”, Aichi Triennale 2016 (Aichi Prefectural Museum of Art, 2016) and “New Phantasmagoria” (Kyoto Art Center, 2017). His software projects include ”Feelimage Analyzer ”(VIVA Computer Inc., Microsoft Innovation Award 2008, IPA Software Product of the Year 2009), ”PhotoMusic ”(Cloud10 Corporation), and ”mupic” (DIVA Co., Ltd.).
http://geishikiken.info/

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