ポーラ美術館(神奈川県箱根町)で始まる『丸山直文「水を蹴る―仙石原―」展』のプレス内覧会に参加し、極めて印象に残る言葉を作家本人から聞いたので、記しておきたい。
丸山直文さん(1964年生まれ)は、ぼかしとにじみの作家である。風景を描く画家なのだが、豊かな色彩にほどよいぼかしが入っている画面を見て、いつも、前に立つだけで心地よい、幻想的な世界に連れて行ってくれるなあという感想を、筆者は持っていた。
今回丸山さんの話を聞いてまずわかったのは、ぼかしに独自の手法を用いていることだ。立てたイーゼル(画架)にカンヴァスを載せて描く油彩画等の通常の手法とは異なり、木枠に綿布を貼って、床に置く。綿布には水を含ませている。その上にアクリル絵の具を載せて描くと、にじみやぼかしの効果が出るのである。
この技法は、自身の経験の中で偶然発見したものだった。丸山さんは文化服装学院の出身で、もともとは洋服を作っていたそうだ。1990年代に絵画を描き始めたのだが、ある時、使えるカンヴァスがなくなったため、押し入れにあったコーティングしていない布に描いたところ、かすれやにじみが出て、そのときに「自分自身から自由になれた」と感じたのだという。
何と素晴らしい発見なのだろう! おそらく大抵の人は、自身の行動に大なり小なり何かの束縛を感じているのではないだろうか。絵を描いていたこと自体が、芸術家としての活動なので、ひょっとすると、普通の社会人よりは自由と思われる方もいるかもしれない。だが、自由に描いているつもりになっている画家たちでも、知らず識らずのうちに伝統に縛られていたり、技法の制約を感じていたりするものだろう。しかも、そうした束縛から抜け出すのは、とても難しい。「自分自身から自由になれた」ことには、限りなく大きな意義があったのではないだろうか。
そんな経験から生まれた技法ながらも、1990年代の終わり頃から「この技法を1回やめてみようか」と思い、試行錯誤を続けていたという。おそらく新たな「束縛」を感じていたのだろう。その中で起きたのが、2011年3月の東日本大震災だった。
震災当日、丸山さんはアトリエでアートフェアのための作品を描いていたそうだ。相当な揺れを感じ、テレビで津波の映像を見る。そこでシンクロしたのが、自分の作品の絵の具がいつも水の上で揺らいでいることだった。このとき水を扱うことのリアリティーを、社会の中で意識したという。
国立新美術館(東京・六本木)で開かれている「DOMANI・明日2022-23」展には、2011年の震災後に丸山さんが描いた多数のドローイングが一面に貼り付けられた壁がある。ぼかしやにじみを表現の基本にしていることもあって一枚一枚の表現は穏やかなのに、展示は圧巻だと筆者は感じた。
それ以来、丸山さんは水の表現の中に、新たにリアリティーを見つけたのだ。筆者は先に「幻想的」という感想を書いたが、実はリアリティーを伴う表現だったのだ。丸山さんの作品の新たな見方を得ることができたことを、ここで改めてお伝えしておきたい。
※本記事は、ラクガキストつあおのアートノートからの転載です。
【展覧会基本情報】
展覧会名:丸山直文「水を蹴る―仙石原―」展
会場:ポーラ美術館(神奈川県箱根町)
会期:2023年1月28日〜7月2日
※ポーラ美術振興財団の助成を受けた作家を紹介するHIRAKU Project Vol.14。丸山さんは1998年にこの助成でドイツに1年間留学した。この展覧会では、建築家の青木淳さんが、丸山さんの作品とポーラ美術館が立つ箱根・仙石原がもともと湿地帯だったことなどに想を得て、重ね合わせた布によるモアレを水面に見立てた会場構成をしたとのこと。
【展覧会基本情報】
展覧会名:「DOMANI・明日2022-23」展
会場:国立新美術館(東京・六本木)
会期:2022年11月19日~2023年1月29日