ガラス造形からヴィジョン体験へ「狩野智宏『玉響』展」@kōjin kyoto 秋丸知貴評

狩野派16代目による京都で10年ぶり2回目の個展

狩野智宏「玉響」展

【京都】
会期:2022年6月26日-2022年7月10日
会場:kōjin kyoto(京都府京都市上京区上生洲町248-6)

【東京】
会期:2022年7月13日-2022年7月29日
会場:athalie(東京都港区南青山6-6-25)

 

ガラス造形からヴィジョン体験へ

秋丸知貴(美術評論家)

はじめに

なぜ、人は「光りもの」に惹かれるのだろうか?

2022年6月26日から7月10日にかけて、「光を形にする」ガラス造形作家・狩野智宏(KANO Tomohiro: 1958-)の個展「玉響(たまひびき)」が京都のギャラリーkōjin kyotoで開催された。キュレーションは、東京青山のギャラリーathalieの平山寛子である。

会場では、長らく森美術館の館長として活躍し、現在も同館の特別顧問として国内外のアートシーンを牽引する南條史生が次のように序文を寄せていた。

「本展覧会は『勾玉』が出発点である。勾玉は謎の宝飾品だ。この小さなガラスのオブジェの後ろには広大な宇宙が広がっている。狩野氏はおよそ20年前に勾玉の探求を始め、その後宇宙を表象するガラスの器を製作し、今回は日本画のシリーズ『玉響』を発表するところへと到達した。『玉響』のシリーズは狩野氏が日々探求している自身と人間、人間と宇宙の在り方、そして自身と宇宙の一体化への洞察である。あるいはそれは自身の持つ叡智と創造性、無限の可能性への信念と言っても良い。玉響には信念から生じる波動のエネルギーが表れている。無の直前に位置するとも言えるそれらの神聖は、平和と悟りの精神世界への入り口でもあるのだろう。狩野氏はこれまで驚くほど多様で美しいガラスのオブジェを作り続けてきた。本展はその集大成であると同時に、また新たな出航への強い思いを暗示しているようだ。」

本展は、新型コロナ禍や、ロシアによるウクライナ侵攻、そして猛暑や豪雨等の異常気象が相次ぐ不安な日々の中で、心に一条の光を届ける清新な好企画であった。ご覧になられた方々のためにはもちろん、残念ながらご覧になれなかった方のためにも、ぜひ改めて紹介したい。

 

1.展覧会場について

本展「玉響」の開催場所であるkōjin kyotoは、2022年3月にオープンしたばかりの新築の地上三階建てのギャラリーである。その「kōjin」という名称は、古来京都の出入口を意味する「京の七口」の一つである「荒神口(こうじんぐち)」地域に所在していることに由来している。

荒神口は、京都の中心である京都御所から東に歩いて数分のところにある。その荒神口からさらに東の比叡山へ向かう荒神口通りを数分歩くと、京都市内を南北に流れる鴨川との交差地点に、荒神橋が架かっている。kōjin kyotoはその荒神橋の袂に位置しており、ガラス張りのギャラリー内からは鴨川と比叡山、そして東山の大文字を一望することができる。

なお、この地域が「荒神」と呼ばれるのは、付近に京都御所の浄域を護る天台宗寺院の護浄院があり、清三宝大荒神(通称「清荒神」)を本尊としていることに因んでいる。一般に、三宝荒神は鬼神が三宝(仏法僧)の守護神となった日本仏教独自の神格であり、不浄や災厄を滅却する火の神・竈の神として現在でも日本中で信仰されている。

このように、まず本展は極めて清浄で神聖なサイト・スペシフィック性を有していたことを述べておこう。

 

kōjin kyoto(左手前)と荒神口通り
(筆者撮影)

 

2.狩野智宏と京都

本展「玉響」は、東京元麻布を拠点とする狩野にとって、京都における個展としては10年ぶり2回目に当たる。

前回の2012年に誉田屋源兵衛奥のSHINAで開催された、京都初個展「cosmogony 進化」では、狩野の代表作といえる「amorphous」シリーズが発表されている。

「amorphous」は、「無形」や「不定形」を意味する語である。この「amorphous」シリーズは、80kgの四角い鋳造した巨大なガラスの塊を数年がかりで滑らかに研磨する連作であった。その生きて呼吸しているような艶めかしい繭玉状のガラス体は、形成過程で内側に凝結した無数の気泡や流紋が見る角度や光の量により様々に光り輝き、自ずと深海や大宇宙を想起させると共に、存在そのものが金剛界と胎蔵界を融合させているように見えるところに特徴がある。

当時、狩野は、2001年に東京国立近代美術館に《Free Form 0005》(1999年)が収蔵される等、アーティストとして順調にキャリアを積んでいた。しかし、彼自身によれば、2004年頃からこの「amorphous」シリーズが生まれるまで、何のために作品を作るのか改めて自分に問い直すスランプ状態が長く続いたという。やがて、狩野は日本古来の「勾玉」に手掛かりを求めて、玉造の守り神と言われる島根県の玉造湯神社に参拝する。その時、狩野は次のような心境だったという。

「心の声を聴くがごとく自分は何がしたいのか自問自答するうちに、作品をずっと誰かに持っていて頂きたい、その方の幸せを願い、出来るならば大切に持っていて頂きたい、そんな作品が作りたいという思いから『お守り』を作ろう!と。お守りはそれを送る側と受け取る側の、目には見えないが、確実にモノを通してその気持ちが宿り、祈りや願いを封じ込める力に成ると。きっとお守りは、縁を頂いた神々のみ心が送る側、送られる側、それに祈りが載せられて、祈りのカタチに成ると、玉造神社で自分も玉造の端くれにして頂けるよう神様にお願いし、東京に戻りました。」

そして、狩野はブレイクスルーの瞬間について次のように回想している。

「約1か月後にそのガラスの玉は完成しました。丁度手のひらにのる繭型をしたガラスの玉が完成し、玉を覗いているうちに次第に体全身が震えだして涙が溢れ出し、スタジオで一人号泣しました。『amorphous』の誕生の瞬間でした。」

こうして「amorphous」シリーズに結実する大型のガラス・オブジェは、狩野の代名詞的作風といえるもので、2018年には大英博物館に《Amorphous Contact(無形接触)》(2017年)が収蔵され恒久展示されている。その点で、巨大なガラス作品を自由に造形するアーティストとしての狩野は、既に一定の国際的評価を得ているといってよい。

狩野のガラス造形作家としての経歴は36年を数え、2018年には還暦も迎えている。既に円熟期に到達した狩野が、これまで築き上げてきた巨大ガラス作品をどれだけ手堅く洗練しているか。それを確認するのが、私を始めとして狩野芸術に関心を持つ者全員の本展に対する共通関心だったはずである。

しかし、三階にわたる展示を一覧して、少なくとも私にとってその期待は良い方向に裏切られた。なぜなら、本展では、「amorphous」シリーズはもちろん、巨大ガラス作品は一点も出品されておらず、初めて見る茶碗類と絵画の新作のみで構成されていたからである。

とはいえ、むしろそれは小気味良い裏切られ方であった。というのも、狩野がこれまで人生を懸けて追求してきたものが、固定観念に囚われることなく真っすぐ純粋に多様なかたちで表現されているように感じられたからである。そのことを在廊していた狩野に告げたところ、とても嬉しそうな笑顔を見せたのが印象的であった。

ある意味で、京都は狩野にとって自ずから新機軸を打ち出したくなる思い入れの強い場所なのであろう。というのも、よく知られているように、狩野は狩野派初代の正信から数えて16代目に当たり、元信、松栄、永徳と続く勃興期のリーダー達が、足利将軍家や織田信長・豊臣秀吉・徳川家康らの天下人の御用絵師として活躍した場所こそが、正に京都だからである。さらに、京狩野の山楽、山雪はもちろん、後の江戸狩野へと続く長信、光信、貞信、孝信、探幽、尚信、安信の作品も洛中には綺羅星のごとく満ち溢れている。

おそらく、京都初個展の「amorphous」シリーズがそうであったように、本展の茶碗類と絵画も、狩野にとって何か確かな手応えを掴んだ新境地を世に問う強い意図があるはずである。

 

狩野智宏 玻璃茶碗「如月」

3.玻璃茶碗「如月」について

それでは、まず狩野の新作茶碗から見てみよう。

狩野は、1986年にファイン・アートのガラス造形作家として出発して以来36年間、実用工芸的な「器」はこれまで一度も制作したことがなかったという。しかし、一昨年、そのスタンスを十分に承知の上で、敢えて狩野に抹茶茶碗の制作を依頼する人が現れる。それを意気に感じた狩野は、茶道を実際に習い、名碗や関連書籍を膨大に学ぶなど約2年間研鑽した後、最初のガラス製の茶碗を完成させる。その後洗練の度合いを深め、正式に玻璃茶碗「如月」と名付けられた作品5碗が本展では展示されている。

狩野の玻璃茶碗は、よくある吹きガラス製法ではなく、古代メソポタミア起源の珍しい「パート・ド・ヴェール」という鋳造製法で作られており、ガラスと共に配合する金属粉によって様々な色合いを表現している。また、成形後も表面にグラヴュール加工を施して、ガラスとは思えない濃厚な肌合いと温かみのある触感を実現している。それらにより、その色彩は透明性を残しつつも深く沈み込むような落ち着きを示し、通常のガラス茶碗のように夏に清涼感を求めて用いるだけではなく、四季を通じて年輪を重ねた他の茶道具とも違和感なく取り合わせられるところに特色がある。

本展で展示されている5碗は、いずれもこの狩野独特の技法による玻璃茶碗である。なお、「玻」は水晶やガラスを意味し、「玻璃」はガラスの古称であると共に仏教における七宝の一つを意味することも付言しておこう。

 

狩野智宏 玻璃茶碗「如月」

 

ここで興味深いことは、こうした玻璃茶碗を制作する内に、狩野が高台側から光を当てると、茶碗の肉薄の見込み全体が幻想的に輝き、これまで専門に制作してきた肉厚の立体ガラス作品と同じように一つの宇宙を内包しているように感じられたと証言していることである。

実際に、本展ではこの高台部分だけを切り出して、円形の平面的なガラス・オブジェ「玉響」として展示した作品が17点出品されている。それらは、屋外に面したガラス壁面の前に並べて展示され、明るい外光が透過することでガラス質の中に神秘的な模様を多様に描き出していた。

 

狩野智宏 ガラス・オブジェ「玉響」

 

狩野智宏 ガラス・オブジェ「玉響」

 

そして、次第に狩野は、こうした平面的なガラスの内部に映出される神秘的な光の造形に触発されて、二次元平面の絵画作品を描き始めたという。

「それから、約2年程してようやく一つのガラスの茶碗が出来、徐々に数が増えていく中である時に茶碗の淵に宇宙を見出すことが出来、今までのオブジェと同等の自分のガラスに見出す宇宙と、何も変わらないという発見が有りました。今回の絵画による作品群も、その茶碗の中に繰り広げられた宇宙観からインスピレーションを受け、さらに発展した展開となりました。」

 

4.日本画「玉響」について

それでは、次にその狩野の新作絵画を見ていこう。それらは、いずれも展覧会名の基になった「玉響」というシリーズ名を持っている。

元々、初代狩野正信から数えて16代目、母方の曽祖父である幕末最後の奥絵師狩野友信から数えて5代目という家系に属している狩野にとって、絵画は生まれたときから極めて身近なものであった。実際に、狩野は大学では日本画を専攻しており、本格的にその道に進むことも可能だったはずである。

しかし、狩野によれば、日本画では岩絵具という画材の物質的制約が表現の際に窮屈に感じられたため、結局作家としてはより可塑的自由度の高いガラス造形を選択したという。その意味で、今回の狩野の新作絵画は、決してガラス造形作家の「余技」などではなく、立体素材に熟達した上で改めて自らのルーツである平面造形に本格的に向き合ったアーティストとしての原点回帰であり、ガラス素材を中心的に扱う造形作家としての新展開といえる。

実際に、今回狩野が出品した絵画では、パネル貼りした和紙に、水墨やアクリル絵具の他、各種の鉱石を砕いて粒子状にした顔料を塗るという日本画の絵画技法が用いられている。ただし、ここで狩野が独特なのは、白色にはヒマラヤの水晶、黒色にはロシアの隕石、微細な虹彩にはブラジルの天然ダイヤモンド、部分的に最高級の壁土とされる日本京都の本聚楽土等、いずれも希少な光輝質の鉱石類を画材として用いていることである。そのため、鑑賞者はその背景を知らなくても純粋にその光輝感に惹き付けられ、さらに原材料を知るとより一層貴重感を強く覚えることになる。

 

図1 狩野智宏《ZONE001》2022年

 

左 図3 狩野智宏《Hado002》2022年

中 図8 狩野智宏《玉響002》2022年

右 図2 狩野智宏《Hado001》2022年

 

左 図4 狩野智宏《White Spirit002》2022年

右 図7 狩野智宏《玉響001》2022年

 

図6 狩野智宏《虚空001》2022年

 

図9 狩野智宏《Consious》2022年

 

そうした狩野の日本画「玉響」シリーズは、本展では10点出品されている。基本的に、いずれも暗闇を思わせる黒系のモノトーンの背景の中に、日月星辰を覚えさせる白光が円環状あるいは円弧状に浮かび上がるのを基調としている。
例えば、一つの見方として、《ZONE001》(図1)は立ち込める濃霧や雨雲のように、《Hado001》(図2)や《Hado002》(図3)は暗雲を打ち晴らす日光のように見える。また、《White Spirit002》(図4)は、画面全体が発光し、万物が眩しい陽光に包まれているように感じられる。さらに、《空》(図5)は闇夜に浮かぶ朧月のように、《虚空001》(図6)と《玉響001》(図7)は天空で灼熱する太陽や夜空に明々と煌めく満月を想起させる。さらに、《玉響002》(図8)は金環や日蝕・月蝕を、《Consious》(図9)は黒球の反射や宇宙空間における曙光を彷彿させる。そして、最上階に展示されている《変性001》(図10)は、月面から眺めた無限宇宙に漂う水の惑星「地球」を連想させずにはおかない。

 

図10 狩野智宏《変性001》2022年

 

さらに、これらの宇宙的な造形は、月よりも400倍大きい太陽が月よりも400倍地球から離れており見た目の大きさがほぼ同一になることで生じるという、皆既日蝕の奇跡的な原理を思い出させる。そして、C・G・ユングが幽体離脱して大気圏外から地球を眺めたという超常現象や、立花隆が『宇宙からの帰還』(1983年)で紹介する宇宙飛行士が宇宙遊泳中に神の臨在を感じたという神秘体験を思い起こさせる。

あるいは、これらの円光は、仏教における諸尊の後光や、キリスト教における聖者の光輪(ニンブス)のようにも見え、いずれも荘厳な雰囲気を醸し出している。実際に、京都の禅寺妙心寺の塔頭である霊雲院の則武秀南住職が《虚空001》を鑑賞した際に、「一切の迷いが無く、この絵には、虚空蔵菩薩が描かれておる」と評したのも十分に得心が行くところである。なお、狩野自身得度を受けており、「玻心」という僧名を持つことを付記しておこう。

ここで重要なことは、ここにおいて狩野が、芸術表現における二次元的平面と三次元的立体のこだわりがなくなったと述べていることである。逆に言えば、このことは、狩野には二次元と三次元の境目を超えて表現したい一つの根源的方向性があることを意味している。

それでは、その狩野が表現したいものとは一体何だろうか?

 

図5 狩野智宏《空》2022年

 

5.ガラス造形からヴィジョン体験へ

この問いは、そもそもなぜ人は宝石やガラス等の「光りもの」を好むのかという問題に通じている。

この問題について、オルダス・ハクスリーは、「光りもの」は「天国」を想起させると示唆している。つまり、ハクスリーによれば、誰でも個人的意識の背後には個人的無意識があり、その背後には集合的無意識があり、さらにその背後には「心の他界」が実在している。それは、いわゆる天国、極楽、楽園、浄土、涅槃、常世、理想郷、桃源郷等と呼ばれる、甘美で安らぎに満ちた永遠平和の世界である。

この彼岸へと通じる道は通常は閉ざされているが、人は時々何かのきっかけで「知覚の扉」が開いてその世界を垣間見ることができる。これを、ハクスリーは「ヴィジョン体験」と呼び、それを基に古今東西に共通する永久不変の理想的真理を説く「永遠の哲学」が超文化的に遍在しているとする。

この「ヴィジョン体験」を人為的にもたらすものとして、ハクスリーは催眠術や幻覚剤を挙げているが、古来そうしたものを用いずに彼岸と此岸をある程度自由に往来できる者もいるとする。そして、そこで得た絶対的な信念や博愛を此岸の人々に伝えようとするのが、神秘主義的な宗教家や芸術家達である。

この彼岸は、真実在の世界であり、全てが眩しく光り輝き、極めて意義深さを感じさせるところに特質がある。ハクスリーはあまり詳論していないが、要するにその「意義深さ」とは、「万物は愛されて存在している」ということだろう。分かりやすく言えば、「神」と呼ばれる大いなる存在が大いなる愛の下に「いのち」を分け与えて森羅万象が成立しているということである。

この彼岸は、古来日本では「黄泉(よみ)の国」と呼ばれ、死と再生を司る世界であった。また、折口信夫が注目するように「妣(はは)の国」とも呼ばれ、母性や大自然と連続するものと見なされてきた。柳田国男の「先祖の話」(1946年)によれば、そうした「あの世(幽界)」と「この世(顕界)」は見えないながらも重なっており、人は死ぬと魂は帰幽するが、時々また現世に生まれ変わり、何度も転生する内に祖霊へと、そして大いなる神々へと還り行くとされる。さらに、磯部忠正は『「無常」の構造』(1976年)で、人は大自然を通じて幽界の根源的生命力に触れることで深く癒され、仮の世である此岸の不安や不調和を解消するのだと説明している。

実は、特別な才能がなくても、私達は日常生活において稀にこの彼岸を直観することがある。例えば、大宇宙の崇高な無限性を感じたり、生命の完全な昂揚や悠久の循環を感受したりする場合等である。これを、リチャード・モーリス・バックは「宇宙意識」と呼び、ロマン・ロランは「大洋感情」と名付け、エイブラハム・マズローは「至高体験」と呼称している。

さらに、私達は日常生活においてしばしば彼岸の存在を感得することがある。例えば、この世のものとは思えないほど綺麗な朝焼けや夕焼けを眺めたり、神秘的な美しさを示す虹やオーロラを目撃する場合等である。その時、私達は此岸の物理的事象を通じて彼岸の精神的世界を憧憬しているのである。

そして、人が宝石やガラス等の「光りもの」を好むのも、そうした疑似的なヴィジョン体験を求めるからに他ならない。つまり、透過性や光輝性を持つ物質は、彼岸ではあらゆるものが真実在として粲然たる発光を放っていることを此岸において現身的に反映したものである。だから、古来人が勾玉等の輝石を装身具として身に付けるのは、ただ単に希少なものに価値を感じるのみならず、彼岸を常に身近に感じていたいという恋慕の現われである。さらに、宝石等の貴金属に病気を治す力があると信じられているのも、それらが彼岸から伝わる根源的治癒力を発揮すると信奉されているからである。そして、そうした彼岸への郷愁を誘発する事物や情景を表現した絵画によっても鑑賞者の魂は賦活されることになる。正に、「玉(魂)」が「響」くように。

これらのことを、ハクスリーは『天国と地獄』(1956年)で次のように要約している。

「われわれはそれを見る者の心を人間の意識の対蹠地の方向へ、日常的経験の世界“ここ”から誘い出し、ヴィジョン経験の世界、心の他界へ運んでいく力を持ったような情景、事物、物質などが自然の中に存在していることを見てきた。またそれと同時に、人工の世界の中にも同じような心を運ぶ力を持っている人工物があることも見てきた。ところでこのヴィジョンを誘う人工物はたとえばガラス、金属、宝石といったものや宝石のように見える顔料や絵具によってつくることができる。そして、もう一つ別の方法としては、心を運ぶ性質を持った情景とか事物などを、絵画その他に描くといった表現方法を利用してつくることも可能である。」

これこそが、狩野がガラス造形作家として長年追求しているものに他ならない。すなわち、鑑賞者に、ガラスの中の小宇宙を通じて、大宇宙への「宇宙意識」を、彼岸への「ヴィジョン体験」を呼び覚まそうとしているのである。本展では、それが表現ジャンルの境界を越えて茶碗類や絵画にまで展開したということなのである。

元々、狩野派の山水画や花鳥画が目指していたものも、花鳥風月を通じた大自然やその背後にある幽界との根源的紐帯の回復だったといえる。そして、狩野が最後のヒッピー世代に属しており、サイケデリック・ムーヴメントの代表的バンドであるグレイトフル・デッドの熱烈なファン(通称デッドヘッズ)であることもこれらのことと無関係ではないだろう。

実際に、狩野は「玉響」展会場で配布したステートメントで次のように趣旨説明している。

「今回の10点程の絵画は結果的に、何かに突き動かされると言うか自然に身体が動き、波動に因って描かされたようにも思います。目には見えない世界が、絵画によって現れだしました。」

なお、本展の会場であるkōjin kyotoのある荒神口通りには、平安時代中期に京都御所に接して藤原道長が創建したといわれる法成寺跡もある。法成寺は、道長の長男頼道が宇治に建てた平等院鳳凰堂のモデルであったと言われ、鴨川越しに眺めたその威容は、見る者に現世に顕現した浄土を連想させるものであったと伝わることにも言及しておこう。

本展「玉響」は、2022年7月29日まで東京青山のギャラリーathalieに巡回中。

(写真提供:athalie)

狩野智宏 公式ウェブサイト
https://www.kanoglassstudio.com/

 

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評者: (AKIMARU Tomoki)

博士(学術)/美学・美術史・死生学・メディア論
1997年 多摩美術大学美術学部芸術学科卒業
1998年 インターメディウム研究所アートセオリー専攻修了
2001年 大阪大学大学院文学研究科文化表現論専攻美学文芸学専修修士課程修了
2009年 京都造形芸術大学大学院芸術研究科美術史専修博士課程単位取得満期退学(2011年度学術博士)
2009年4月~2010年9月 日図デザイン博物館学芸員
2010年4月~2012年3月 京都大学こころの未来研究センター連携研究員
2011年4月~2013年3月 京都大学地域研究統合情報センター共同研究員
2011年4月~2016年3月 京都大学こころの未来研究センター共同研究員
2016年4月~ 滋賀医科大学非常勤講師
2017年9月~ 上智大学グリーフケア研究所非常勤講師
2020年4月~ 上智大学グリーフケア研究所特別研究員
2021年4月~ 京都ノートルダム女子大学非常勤講師
2022年4月~ 京都芸術大学非常勤講師
博士論文を基にした主著『ポール・セザンヌと蒸気鉄道――近代技術による視覚の変容』(晃洋書房・2013年)で、2014年度の比較文明学会研究奨励賞(伊東俊太郎賞)を受賞。

(『週刊読書人』WEBでも書評を掲載中 https://dokushojin.com/)

http://tomokiakimaru.web.fc2.com/

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