豊臣秀吉が花見をしたことで有名な京都・醍醐寺。その名物たる桜を昭和時代中期に描いた《醍醐》は、日本画家、奥村土牛の仕事の中で最もよく知られる作品の一つだろう。東京・恵比寿の山種美術館で開かれている「奥村土牛―山﨑種二が愛した日本画の巨匠 第2弾―」で、このほどじっくり見る機会を得た。
この作品と改めて向き合ってよくわかったのは、「これは本当に〝 じっくり〟見るのに値する絵画だ」ということだった。花びら一枚一枚に存在感があり、間近でなめるように見ることで、おそらくは本物の桜以上に慈しむ気持ちになれるのだ。
土牛が意図したことはおそらく、いわゆる「写実」とは違う。写真のように精緻に花びらの一枚一枚を描いているわけではないのだ。しかし、一筆一筆に実在感が込められている。
おそらく人々は、花見などで本物の桜を愛でるときには、花びらの一枚一枚にはそれほど注意を向けないのではないだろうか。一輪に目を留めることがあっても、同じ愛で方をあまねくしようという気にはなかなかならないだろう。桜はどちらかといえば集団としての花が場の空気を作り、乱舞して散っていく様子からは、はかなさが人の心に訴えたりもする。
土牛は実際に桜を描くに当たって、花びらをよほど観察したのか。あるいは、心の内に秘めていた生命感が筆を持った途端に一枚一枚に伝わり出たのか。
絵の大きさと構図も絶妙だ。たくさんの桜の下で騒ぐようなことは想起させず、1本の木が視界に全部は入らない。その間近に寄って花を慈しむ気持ちにいざなわれる。はたして土牛がそこまで計算したかどうかはわからないが、実在する花に対する「慈しみ」が自然に大きさや構図を生み出したのかもしれない。
ところで、山種美術館では毎年春には桜や花をテーマにした展覧会を開催している。本物の桜があれば、作品鑑賞とあわせ美術館でお花見ができる。シンボルツリーになるような美術館にゆかりのある桜があればと考えていたという。
一方で、住友林業は土牛が描いた醍醐寺三宝院の玄関の前にある「太閤しだれ桜」の樹勢回復と後継樹増殖に取り組み、2000 年に、組織培養による苗木増殖に成功した。桜はしばしば接ぎ木やさし木で増やす。ところが、樹齢170年の老木ゆえ現状では植樹は難しいとの判断がなされた。そこで行われたのが、組織培養で桜を増やすことだった。いわゆるクローン増殖である。
このほど、両者を結びつけて展開したのが、土牛が《醍醐》で描いた桜の山種美術館への植樹だった。育った若木が山種美術館の敷地に植樹されたのだ。昨年11月15日のことだった。
山﨑妙子同館館長は、「山種美術館を開いた祖父の山﨑種二は土牛さんと家族ぐるみで付き合っており、種二が亡くなった時には、熱海にあった種二の別荘に土牛さんが駆けつけた」と話す。それゆえ土牛が描いた桜が同館にあるのは、極めて感慨深いことなのである。
この桜が花をつけ始めるのはまだ少し先になるかもしれないが、土牛が描いた目で咲いた場面を眺め直せば、鑑賞する人々の心にも深い慈しみが生じるのではないかと思うのである。
※本記事の写真は、美術館の許可を得て撮影したものです。
【展覧会情報】
展覧会名:【開館55周年記念特別展】「奥村土牛―山﨑種二が愛した日本画の巨匠 第2弾―」
会期:2021年11月13日~2022年1月23日
会場:山種美術館(東京・恵比寿)
公式ウェブサイト:https://www.yamatane-museum.jp/exh/current.html
オンライン展覧会【開館55周年記念特別展】奥村土牛 ―山﨑種二が愛した日本画の巨匠 第2弾―