バサラカワイイ!風流・婆娑羅・傾奇との融合「増田セバスチャンとよさこい祭り(高知)」三木学評

バサラカワイイ!風流・婆娑羅・傾奇との融合

よさこい祭りとは

先日、きゃりーぱみゅぱみゅの「PONPONPON」PVの美術などで知られ、原宿kawaii文化を牽引するアートディレクター増田セバスチャン氏にお会いしたとき、高知の「よさこい祭り」のことを紹介して頂いた。「よさこい」と言えば、派手な格好をした若者が伝統的な振り付けと現代のダンスを混ぜたような集団での踊りという漠然としたイメージしか持っていなかった。

今や全国各地に普及しているため、恥ずかしながらどこが起源かも知らなかったのだが、元は高知が発祥であるとのことだ。公式Webサイトによると、「よさこい祭りは毎年8月9日(前夜祭)10日、11日(本番2日)、12日(後夜祭・全国大会)の4日間、高知市内9カ 所の競演場・7ヶ所の演舞場で約200チーム、約19,000人の鳴子を持った踊り子が工夫を凝らし、地方車には華やかな飾り付けをして市内を 乱舞する土佐のカーニバルである」とのことで、なんと延べ約100万人を動員するという。

原宿発Kawaii文化と南国土佐発よさこいの出会い

増田さんは、最近原宿に出来たKAWAII MONSTER CAFEをプロデュースしている。そのドギツイ色彩の内装と、カラフル過ぎて食べることをためらうメニューで話題を呼んでいる。そのKAWAII MONSTER CAFEを経営する、ダイヤモンドダイニングの松村厚久社長が高知出身とのことで、ダイヤモンドダイニングよさこいチームとして、社員及びTEMPURAKIDZの東京組と一般公募した高知組の混合チーム総勢約100名で「よさこい祭り」に参加したそうだ。

そのダイヤモンドダイニングのチームの衣装や地方車(巨大スピーカーやPA機器を積んだパレード用のトラック)の装飾などのアートディレクションを増田さんが担当し、県外チーム初の「金賞」を受賞したとのことだ。それがどれほどの偉業なのか詳しい事情を知らない僕にはわからないのだが、約200以上の地元中心のチームの中で、金賞を受賞することは快挙らしい(金賞の上に「よさこい賞」がある。金賞は三組)。

映像で見ると、高知の「よさこい祭り」が尋常ではないことがよくわかる。増田さんは「ラブパレードかと思った」と言っていたが、まさに、街中を装飾した地方車の前で原色(純色)を多用したド派手な服装を着た人々が、激しいダンスを一糸乱れぬ状態で踊る姿は、ラブパレードにも、リオのカーニバルにも見える。パッと見えると日本だとはとても思えない状況が繰り広げられているのである。

ダイヤモンドダイニングのチームは、先頭に高校生ながら著名なダンスチームTEMPURAKIDZが踊り、その後ろを何カ月もかけて練習した、女性のみで構成された社員や一般公募の高知組が続き、地方車にはド派手なデコレーションと、EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)が爆音で流されるという、プロのディレクションによる洗練されたパフォーマンスという感じだった。

しかし、常連の優勝チームのパフォーマンスも素人のレベルをはるかに凌駕している。和服と洋装の間のような派手な服をまとい、マスゲームのような見事な連携パフォーマンスで魅せる。精鋭のチームは「よさこい祭り」のために半年以上前から準備するとのことだ。そして、商店街など指定されたコースを巡回し、最後の舞台でパフォーンスを行う。これも、普通の盆踊りのようなレベルではまったくなく、大規模なコンサートのようなセットになっている。

よさこい祭りの歴史と風流(ふりゅう)

「よさこい祭り」自体の歴史はそれほど長くない。戦後に阿波踊りに対抗して高知商工会議所有志によって誕生し、次第に規模を増していったという。特に愛媛県出身の作曲家で疎開のために大阪から高知に移り住んだ、武政英策(たけまさ・えいさく)の貢献は大きく、1954年に第1回よさこい祭りが開催される際、「よさこい鳴子踊り」を作曲し、日舞五流派による振り付けがなされた。鳴子(作物を狙う鳥を追い払う農機具)を手に持って鳴らすことを思いついたのも武政である。

さらに、武政は「よさこい鳴子踊り」にアレンジを加えることを許したため、音楽は演歌、ロック、ヒップホップ、ダンスはフラダンス、フラメンコなどが取り入れられ、多様化するきっかけとなった(オリジナルの「よさこい鳴子踊り」は正調と呼ばれる)。この現象は著作権の開放による発展という意味でも新しい。現在では、鳴子をもって行進する振り付けであること、「よさこい鳴子踊り」をアレンジすること、地方車は1台、チーム参加人数は150人以下というルールのみが課されている。

「よさこい祭り」は武政らの尽力もあって、今では四国三大祭りに数えられる。四国三大祭りとは、阿波踊り(徳島)とよさこい祭り(高知)、新居浜太鼓祭り(愛媛)のことである。太鼓祭りは、香川から新居浜一帯で大小行われているため、愛媛と香川両方の文化といえるだろう。「よさこい祭り」のような現代的な派手さは、阿波踊りにも、新居浜太鼓踊りにもみられない。

ただし、新居浜太鼓祭りは、室町時代中期に起源を持ち、阿波踊りが室町時代後期に起源を持っていることから考えると、風流踊(ふりゅうおどり)の流れを汲む可能性が高い。風流踊は、室町時代に流行した。

Wikipediaによると「華やかな衣装で着飾り、または仮装を身につけて、鉦(かね)や太鼓、笛などで囃し、歌い、おもに集団で踊る踊りである。のちには、華麗な山車の行列や、その周囲で踊った踊りを含めて『風流』と称した。疫神祭や、念仏、田楽などに起源をもつ芸能と考えられている」と記述されている。今日の全国にある民俗芸能のルーツの一つにもなっている。

また、風流(ふりゅう)は、日本の美意識の一つであるが、現代人が使っているような優美さを意味するものではなく、非常に派手な衣装や道具を身にまとい、貴賎を問わず人目をひいたり驚かせたりするものである。それが室町時代には、権威主義を嘲笑う婆娑羅(ばさら)になり、戦国末期から江戸初期には傾奇者(かぶきもの)と形容されるようになった。

風流は、地味で抑制のきいた美意識である侘び・寂びとは対極的な価値観だといえる。阿波踊りや、新居浜太鼓祭りは室町時代の風流をそのまま受け継いでいるが、「よさこい祭り」は、まさに現代の風流、婆娑羅、傾奇といっていいだろう。

バサラカワイイ・新しいよさこいと増田セバスチャンの「Colorful Rebellion

増田さんがアートディレクションをしたダイヤモンドダイニングのチームが興味深いのは、増田さんが原宿を中心に築いてきたカワイイ(Kawaii)文化と、現代の風流、婆娑羅、傾奇が結びつき、例えるなら「バサラカワイイ」というド派手でドギツイ可愛さという新しいセンスが生れていることだろう。

風流が平安時代の雅な価値観から、華美を超えて奇抜になって生まれたことを考えると、その結びつきは必然かもしれない。風流、婆娑羅、傾奇にみられる荒ぶる美意識は、かわいい(うつくし)、萌えのような幼児性への愛着の流れを伏流水にして、自我、自意識を持った反逆的で逸脱した価値観として変容していった可能性もある。

増田さんが「Colorful Rebellion」と銘打った展覧会を、ニューヨークで開催し、大きな反響があったため各地を巡回展示していることからも、その可能性の萌芽はすでにあったのではないかと予想される。今まで増田さんがクリエイトしてきた可愛さも単に淡くて弱々しいものではない。ピンクなどの淡い色彩を溶け込ませながら、プラスティックなどによる彩度の極めて高い色彩で占められている。増田さん自身、攻撃的な色彩(彩度が高い多色配色)を使うことで、若者を抑圧する大人の価値観を転覆させる意図があるということを述べている。

特に、西洋圏の方が、年齢に応じた大人の格好を求められるため、増田さんのカラフルさには直感的に反応するという。それは自覚的な幼児退行の一面はあるかもしれないが、過度に抑制された大人の価値観に揺らぎをおこし、鑑賞者に精神的な自由を与える効果はあるのではないか。マチスらがフォーヴィスム(野獣派」と呼ばれたように、色彩はアート以前の全感覚的なものであり、人々に生理的な嫌悪感や抑えられない愛情を引き起こす。

今回、増田さんが元々持っていた、可愛さの中に込めた攻撃性や反骨精神と、現代の風流である「よさこい祭り」が結びつき、新たな化学反応を起こしているのではないかと思った。よさこい祭りにハマるは若者と、原宿のKawaii文化にハマる若者の価値観がどのように交わるかはわからないが、確実にそれらを結ぶ線はあるのではないか。それが「バサラカワイイ」と呼べるかどうかわからないが、そこには今の少子高齢化する日本をブレイクスルーする何かが秘められている気がしている。

初出「バサラカワイイ!風流・婆娑羅・傾奇との融合「増田セバスチャンとよさこい祭り(高知)」三木学」『shadowtimesβ』2015年8月25日

評者: (MIKI Manabu)

文筆家、編集者、色彩研究者、ソフトウェアプランナーほか。
独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行なっている。
共編著に『大大阪モダン建築』(2007)『フランスの色景』(2014)、『新・大阪モダン建築』(2019、すべて青幻舎)、『キュラトリアル・ターン』(昭和堂、2020)など。展示・キュレーションに「アーティストの虹─色景」『あいちトリエンナーレ2016』(愛知県美術館、2016)、「ニュー・ファンタスマゴリア」(京都芸術センター、2017)など。ソフトウェア企画に、『Feelimage Analyzer』(ビバコンピュータ株式会社、マイクロソフト・イノベーションアワード2008、IPAソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー2009受賞)、『PhotoMusic』(クラウド・テン株式会社)、『mupic』(株式会社ディーバ)など。
美術評論家連盟会員、日本色彩学会会員。

Manabu Miki is a writer, editor, researcher, and software planner. Through his unique research into image and colour, he has worked in writing and editing within and across genres such as contemporary art, architecture, photography and music, while creating exhibitions and developing software.
His co-edited books include ”Dai-Osaka Modern Architecture ”(2007, Seigensha), ”Colorscape de France”(2014, Seigensha), ”Modern Architecture in Osaka 1945-1973” (2019, Seigensha) and ”Reimaging Curation” (2020, Showado). His recent exhibitions and curatorial projects include “A Rainbow of Artists: The Aichi Triennale Colorscape”, Aichi Triennale 2016 (Aichi Prefectural Museum of Art, 2016) and “New Phantasmagoria” (Kyoto Art Center, 2017). His software projects include ”Feelimage Analyzer ”(VIVA Computer Inc., Microsoft Innovation Award 2008, IPA Software Product of the Year 2009), ”PhotoMusic ”(Cloud10 Corporation), and ”mupic” (DIVA Co., Ltd.).
http://geishikiken.info/

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