2025年11月21日、秋の深まりとともに芸術への思索を深める季節。「ARTS STUDY 2025」の注目プログラム、「Artist Study 3 飯川雄大(美術家)」が開催された。本講座は、単なる作家の作品解説にとどまらず、アーティストがいかにして世界を認識し、そこに介入していくのか、その「生態」を解剖する極めて知的でスリリングな時間となった。テーマは「展覧会と人」。一見シンプルに見えるこの題目の裏には、作品、空間、鑑賞者、そしてそれらをつなぐキュレーターという複雑な関係性が隠されている。
本稿では、現代美術の最前線を走る飯川雄大の言葉と、それを引き出す学芸員・江上ゆかの対話を通じ、飯川作品が持つ「認識の揺らぎ」や「遊び」の哲学、そして彼が実践する独自の生存戦略について、詳細に掘り下げていく。なぜ今、私たちは飯川雄大という作家を必要としているのか。その答えが、この夜の対話の中に明確に示された。

会場風景
美術家・飯川雄大と、伴走者・江上ゆかについて
本題に入る前に、登壇した二人のプロフィールを紹介しておきたい。講師を務めた飯川雄大は、1981年兵庫県生まれの美術家である。成安造形大学情報デザイン学科ビデオクラスを卒業後、映像、写真、インスタレーションなど多岐にわたるメディアを駆使し、制作活動を展開している。彼の作品の最大の特徴は、人の認識の不確かさや、社会の中で見過ごされがちな事象にユーモアを交えて光を当てる点にある。特に、鑑賞者に能動的な行動を促す〈デコレータークラブ〉ー《ピンクの猫の小林さん》は、擬態する蟹の生態をメタファーに、美術館や街なかに違和感を仕掛け、国内外で高く評価されている。見えないものを見ようとする人間の根源的な欲求を刺激し、私たちを取り巻く環境や制度をハックする作家として、現在最もその動向が注目されている存在である。

美術家・飯川雄大
聞き手を務めた江上ゆかは、兵庫県立美術館の学芸員。長年にわたり関西のアートシーンを定点観測し続け、数多くの展覧会を企画・構成してきたベテランキュレーターだ。作家の思考に深く寄り添いながらも、美術史的な文脈や社会的な視座から鋭い問いを投げかける姿勢には定評がある。これまで、企画者として飯川の展覧会に直接関わる機会はなかったものの、その活動を初期から見続けてきた彼女は作家のよき理解者であり、この日の対話においても飯川の言葉の核心を引き出す役割を果たした。

兵庫県立美術館 学芸員 江上ゆか
サッカーを通して直面した「空間」の原体験、Make space! Use space!
講座の冒頭、飯川の創作の核心に触れる重要なキーワードが提示された。それは「Make space! Use space!」という言葉である。驚くべきことに、この哲学の出処は美術大学の講義室でも、著名な芸術家の格言でもない。飯川が汗を流した、サッカーグラウンドにあったのだ。
江上ゆかは、以前飯川が執筆したエッセイでこのエピソードを知った時の衝撃を、「あのアートの実践が、まさかスポーツの身体感覚と直結していたなんて」と興奮気味に振り返る。飯川は照れくさそうに、しかし熱を込めて、当時のサッカーコーチであるネルソン松原さんの教えについて語り始めた。

Highlight Scene – Centimeters of Positioning 《ハイライトシーン—数センチのポジショニング》, 2015 Still from the video work Studio Takehiro Iikawa(HP)より
ネルソンさんは、仲間をうまく使えず、つい一人でボールを抱え込んでしまう飯川に、こう声をかけたという——「Make space! Use space!」。パスを受ける場所がなければ、自分が動いて空間を生み出すこと。そうして生まれたスペースには、次の選手が走り込み、パスやシュートの選択肢が生まれる。ゴールを決める前には、そのための準備が必要であり、間合いや余白がなければ何も始まらない。多くの選手がひしめくピッチの上で、サッカーとはつねに空間を生み出し、それを活かしていく競技なのだと。
この言葉は、単なるサッカーの戦術論を超え、飯川雄大という人間の行動原理そのものとなっていった。アーティストとして活動を続ける中で、飯川はこの言葉を繰り返し思い返していたという。美術の世界も同じで、作家は数多く存在し、ただアトリエで待っているだけでは展覧会の機会は訪れない。だからこそ、自ら発表の場(スペース)をつくり、その場を使う。なければ自分で生み出せばいい——それが、自身の活動を支える基本的な姿勢になったのだと、語った。
飯川の活動を振り返ると、そこに通底する哲学の一貫性が見えてくる。彼は既存のホワイトキューブが与えられるのを待つのではなく、公園や空き地、商業施設、さらにはウェブ上の仮想空間に至るまで、あらゆる場を自らのスペースとして能動的に取り込み、作品を展開してきた。その姿勢は、評価を受け身で待つ作家像とは明確に異なる、きわめて戦略的な生存戦略と言えるだろう。作品に顕著な「場所への貪欲さ」や「隙間を嗅ぎ分ける感覚の鋭さ」は、こうした思想を支える身体的経験に根ざしている。

Decorator Crab – Impulses and Things Around Them《デコレータークラブ—衝動とその周辺にあるもの》, 2013 Installation view: “Outdoor” Art Center Ongoing, Tokyo, Japan / Hinode Zoen Doboku Co., Ltd., Tokyo, Japan Dimensions variable. Digital prints mounted on 40 paper boxes Photo: © Takehiro Iikawa, courtesy of the artist Studio Takehiro Iikawa(HP)より

Decorator Crab – Arrangement, Adjustment, Movement《デコレータークラブ—配置・調整・周遊》, 2022 Installation view: “Range of the Senses: What It Means to “Experience” Today” The National Museum of Art, Osaka Dimensions variable. Wood, aluminum truss frame, caster, paint Photo: © Takehiro Iikawa, courtesy of the artist
榎忠作品との不思議な符合。「記憶にあった地下室」の謎めいた広がり
さらに飯川は、自身の空間認識に影響を与えたもう一つの決定的な原体験として、エッセイ「Make space! Use space!」にも記されている「記憶にあった地下室」のエピソードを詳述した。このエピソードは、空間の物理的なサイズと、記憶や想像力によって拡張された空間認識との「ズレ」を鮮明に示すものである。
飯川が小学三年生の頃(1990年)、地元の地域誌『ビバ!ニュータウン』に、手作りの地下室を見学できる情報が掲載されていた。「会場は家からすぐで、冊子を見ながら『地下室ってどんなんやろ』と父と行くことにしました 」と飯川は語る。到着した先は団地の空き地にある「地下室っていうより深い横穴というか、湿度が高くて暗く、天井が低くて危ない感じの場所」であった。その危うい空間の印象が、幼い飯川の記憶に強烈に残った。
驚きは、その16年後。2006年にキリンプラザ大阪で開催された展覧会「その男、榎忠」を訪れた際に起こる。作家活動歴のコーナーにあった写真のクレジットには、「個展会場:神戸市西区学園東町○丁目○○」と記されていた。飯川は、この住所が「あれ?この住所、実家とほぼ同じやん」と気づく。なんと、小学生の時に見たあの薄暗い湿った地下室が、現代美術家・榎忠の作品であったという事実が、17年越しに判明したのだ。その作品こそ、榎忠の「地球の皮膚(かわ)を剥ぐ、5,000,000年の動脈」という、壮大なタイトルの展覧会の一部であった。

アーティスト 榎忠(1944-)
その日、榎忠は《Bar Rose Chu》を再現するということで、女装した姿で居た。飯川が「僕、学園都市の地下室の作品見たんです!」と伝えると、榎忠は目を輝かせながら「僕、嬉しい!」と返したという。飯川は、この体験が自身の創作に与えた影響を深く考察する。「誰かの作品だと知らずに体験した地下室。大人になってそれが現代美術の巨匠の作品だったと気づいた時の衝撃、そして、その時の榎さんの姿。全てが繋がらない。榎忠さんって一体何なんや、あの地下室のタイトルってどういう意味やったんやろ」という疑問が、飯川の創作の原動力の一つとなった。

《Bar Rose Chu》 写真提供:榎忠

《Bar Rose Chu》 写真提供:榎忠
このエピソードは、アートが私たちにとって常に「見えている」わけではなく、日常の風景に潜んでいること、そして、その発見が時に強烈な「認識のズレ」を引き起こすことを示している。飯川が作り出すインスタレーションは、この「記憶の中の空間」と「現実の空間」の間に生じる、感覚的な「バグ」のような体験を、私たちにもたらそうとする試みと言えるだろう。
生活の場に介入し、境界を揺るがす——衝撃の初期プロジェクト《家スカート》
話題は、2004年に京都で実施されたプロジェクト「invisible Garden Project #2 家スカート」へと遡る。これは、江上が飯川雄大と初めて出会った展覧会であり、結果的に飯川の活動を語るうえで欠かせない重要な転換点となった。展示の舞台となったのは、個人の邸宅である。家の内部に展示し、外からその中を覗き込む——その行為は、どこか「スカートの中を覗く」ような、少し背徳的で、謎めいた感覚を伴っていたという。また、建物の屋根のかたちが、どこかスカートのシルエットを連想させたことも、作品タイトルの着想につながっている。
江上は当時を振り返り、「個人のプライベートな家が、飯川さんの手によって『見てもいい場所』、つまりパブリックな作品へと反転した瞬間の衝撃は忘れられない」と語る。ただし、飯川自身の動機は、後に語られるような理論的なものばかりではなかった。本人いわく、「展示する場所がなかった」「展覧会に呼ばれなかった」ことが出発点だったという。発表の機会がなければ、自分たちで場所を借りて展覧会をやる——極めて切実で、同時に軽やかなノリから生まれたプロジェクトだった。誰かの生活の場である「家」に、アートという異物が混入することで、日常の風景に亀裂が入る。その亀裂から覗く新しい景色こそが、飯川が提示したかったものなのだ。
結果として、その試みは予想以上の反響を呼ぶ。1か月間、休みなく毎日11時から20時までオープンし、延べ来場者数は約1500人に達した。「本当にたくさんの人が来てくれた。それがただただ嬉しかった」。その実感こそが、このプロジェクトの核にあったと言えるだろう。
《家スカート》は、後年語られる飯川作品に通底する「環境への介入」や「見る行為の転倒」をすでに孕みつつも、同時に、発表の場を自ら切り拓こうとする切実な衝動と、観客との直接的な出会いの喜びに支えられた、きわめて実践的なプロジェクトだったのである。

講座風景
「あの時は、とにかく場所の境界線をどう超えるか、ということばかり考えていました。家の外と中、私的な空間と公的な空間。その境界を曖昧にすることで、見る人の意識を揺さぶりたかったんです」と飯川は述懐する。他人の家の内部は普段見えることがないゆえに、想像力や関心を掻き立てられる。中には何があるのか、住人はどうしているのか。見えないものを露わにするこの手法は、後の代表作《デコレータークラブ》へと直結する重要なアプローチである。
江上との対話の中で、飯川は「日常の中に『違和感』という名のスペースを作る」ことの面白さを強調した。見慣れた風景が、アーティストの介入によって全く別の意味を帯び始める。その瞬間、私たちは何気なく通り過ぎていた風景を、立ち止まって意識的に見るようになる。江上が指摘した通り、飯川の活動の根底には、常に「プライベートとパブリック」「日常と非日常」といった境界線を、軽やかに飛び越えようとする意志が存在している。
《デコレータークラブ》の生態学、隠れることで浮かび上がる「不在」の気配
飯川雄大の活動の中でも、とりわけ広く注目を集めることになったシリーズ《デコレータークラブ》。このタイトルは、海藻や小石、貝殻などを身にまとい、周囲の環境に擬態するカニ(モクズショイなど)の英名「Decorator Crab」に由来する。飯川はその習性に、現代のアート体験における本質的な問いを重ね合わせている。このカニは自らをカモフラージュし周囲の環境に紛れ込むことで身を守るがその姿は決して均質ではない。まとっているものも形も、どれ一つとして同じものはなく、見る側はそれが何であるのかすら即座に判断できない。
飯川は、その判別不能な状態そのものに価値があると語る。そこに現れているのは、どこかで代替できる一般的な存在ではなく、その場にしか現れない、きわめて個別的なものだからだ。彼の作品もまた、風景の中に溶け込み、最初は作品として意識されないことが多い。しかし、視線を向け直したとき、説明のつかない違和感が立ち上がる。その瞬間、はじめて作品は輪郭を持ち、鑑賞者の前に姿を現すのである。
代表作の一つ《ピンクの猫の小林さん》は、そのコンセプトを最もよく体現している。これは巨大なピンク色の猫のオブジェであるが、建物の影や、壁の向こう側など、その全貌を一目で見渡すことが物理的に不可能な場所に配置されることが多い。 「全体像が見えないことで、人は想像力を働かせます。『あれは何だろう?』『なんであんな狭いところにいる?』『こっちを見てる?』と、人は見えないものを補完するために動き回る。その能動的なアクションを僕は作り出したいんです。」と飯川は解説する。

Decorator Crab – Mr. Kobayashi, the Pink Cat《デコレータークラブ—ピンクの猫の小林さん》, 2020 Installation view: “Decorator Crab – Occurring Simultaneously or Awareness Being Delayed” Namiki Clinic, Kanagawa, Japan Dimensions variable. Wood, paint Photo: © Takafumi Sakanaka, courtesy of the artist Studio Takehiro Iikawa(HP)より

Decorator Crab – Mr. Kobayashi, the Pink Cat《デコレータークラブ—ピンクの猫の小林さん》, 2020 Installation view: “Decorator Crab – Occurring Simultaneously or Awareness Being Delayed” Namiki Clinic, Kanagawa, Japan Dimensions variable. Wood, paint Photo: © Takehiro Iikawa, courtesy of the artist Studio Takehiro Iikawa(HP)より
ここに、飯川作品の本質がある。彼は「作品(モノ)」そのものを見せること以上に、作品を見るために人々が右往左往し、視点を変え、思考を巡らせる「体験(コト)」そのものをデザインしている。江上はこれを「見るという行為の再獲得」と表現した。私たちは普段、膨大な視覚情報に晒され、それらを受動的に消費しているに過ぎない。しかし飯川の作品の前では、自ら足を使って情報を集め、頭の中で全体像を構築しなければならない。そのプロセスを通して、私たちは失いかけていた野生の勘のようなものを取り戻していく。情報過多の時代に「わかったつもり」になっている私たちに、「本当は見えていない」という事実を示す飯川の視点は、静かに問いを投げかけているのだ。

Decorator Crab – Impulses and Things Around Them《デコレータークラブ—衝動とその周辺にあるもの》, 2015 Installation view: “Decorator Crab – Impulses and Things Around Them” Shioya Higashi Civic Park, Hyogo, Japan Dimensions variable. Digital prints on 40 wooden boxes Exhibition support: Shioya Project; Gai Hirose; Q&A Co., Ltd. Photo: © Hyogo Mugyuda, courtesy of the artist Studio Takehiro Iikawa(HP)より
0人、もしくは1人以上の観客のために、誰にも気づかれないアートの可能性
飯川の作品が持つ特異性は、「0人もしくは1人以上の観客に向けて」というサブタイトルにも象徴されている。飯川は、時に誰の目にも触れないかもしれない場所に、ひっそりと作品を忍ばせることがある。誰かが気づくかもしれないし、永遠に気づかれないかもしれない。それでも、作品はそこに「在る」。

Decorator Crab – Expecting Spectators《デコレータークラブ—0人もしくは1人以上の観客に向けて》, 2021 Installation view: “Art Lab 04: Decorator Crab – Expecting Spectators” Chiba City Museum of Art, Japan Dimensions variable. Rope, winch, pulley, wood Photo: © Takehiro Iikawa, courtesy of the artist Studio Takehiro Iikawa(HP)より
江上が、そうした「徒労に終わるかもしれない行為」になぜそこまで情熱を注げるのかと問うと、飯川は事もなげに答えた。「たとえ今、誰も見ていなくても、作品が存在しているという事実が重要なんです。そしていつか、たった一人の観客がその違和感に気づいた時、その人にとっての世界は少しだけ形を変えるかもしれない。その可能性のために、僕は仕掛けを続けるんです」、と。

Decorator Crab – Expecting Spectators《デコレータークラブ—0人もしくは1人以上の観客に向けて》, 2021 Installation view: “Art Lab 04: Decorator Crab – Expecting Spectators” Chiba City Museum of Art, Japan Dimensions variable. Rope, winch, pulley, wood Photo: © Takehiro Iikawa, courtesy of the artist Studio Takehiro Iikawa(HP)より
これは、ネルソンコーチの「スペースを作る」という教えとも深く共鳴する。誰かがパスを出してくれる保証がなくても、あえてスペースに走り込む。その「無駄になるかもしれない動き」こそが、試合(=日常)の流れを変える決定的な一打になることを、飯川は知っているのだ。
公共空間におけるアートプロジェクトなどでは、安全管理や鑑賞者への配慮から、こうした「わかりにくい」アプローチは敬遠されがちだ。しかし、飯川の作品は、そうした制度の隙間に潜り込み、ユーモアという名の「違和感」を仕掛ける。彼は、アートの価値を、何万人が「いいね」を押すかどうかではなく、たった一人の人間が世界に対する認識を更新するかどうかに置いている。この姿勢は、現代美術の価値を再定義し、アーティストとしての矜持を示すものだと言えるだろう。
キュレーターとの共犯関係、制度の枠を超えるための協働
「展覧会と人」というテーマにおいて、アーティストとキュレーターの関係性は重要なトピックだ。江上ゆかは、美術館という制度の中で飯川のような規格外のアーティストと協働することの難しさと、それ以上の面白さについて率直に語った。
「美術館には、作品の保全や鑑賞者の安全確保など、どうしても守らなければならないルールや枠組みがあります。でも、飯川さんはその枠を軽やかに、確信犯的に超えてこようとする(笑)。『ここには置けません』と言うと、『じゃあ、置けないことを作品にしましょう』と返ってくる。私たち学芸員にとって、それは頭の痛い問題であると同時に、最高にスリリングな挑戦でもあります。」と江上は笑う。

Decorator Crab – Probable Perspective《デコレータークラブ—遠近の設計図》, 2020 Installation view: “KENPOKU Art Project 2019″ Takahagi Junior High School, Ibaraki, Japan Dimensions variable. Belt Photo: © Takafumi Sakanaka, courtesy of the artist Studio Takehiro Iikawa(HP)より
これに対し飯川は、制限があるからこそクリエイティビティが刺激されると語る。なんでも許される自由な空間よりも、制約の多い場所の方が、それにどう応えるかを真剣に考えることになり、むしろ意欲が掻き立てられるという。そうした場面は、自分が何をやろうとしているのかをあらためて丁寧に説明できる重要な機会でもある。制約は創作の妨げではなく、思考を研ぎ澄まし、実現の可能性を探る原動力となるのだ。学芸員や関係者と対話を重ねながら、その道筋を探っていくプロセスそのものが、すでに作品制作の一部なのである。
飯川にとって展覧会とは、完成された物体をただ並べる場ではない。キュレーターや監視員、設営スタッフ、さらには偶然通りかかった人々までも巻き込みながら、一つの「状況」を立ち上げていく試みだ。江上が指摘するように、飯川の作品は、関わる人々がその意図を共有し、ある種の共犯関係を引き受けることで、はじめて本来の力を発揮するのである。

Decorator Crab – Pulling Time《デコレータークラブ—プルリング・タイム》, 2023 Installation view: “Decorator Crab – Measuring the Future, Pulling Time” Kirishima Open-Air Museum, Kagoshima, Japan Dimensions variable. Rope, winch, pulley, wood Photo: © Takafumi Sakanaka, courtesy of the artist Studio Takehiro Iikawa(HP)より
神戸から世界へ、地形が生み出す視点
トークの後半、話題は飯川の活動拠点である神戸についても及んだ。東京という情報の中心地ではなく、適度な距離感を持つ神戸という街が、自身の制作リズムに合っていると飯川は語る。
「神戸は海と山が近く、坂道が多いですよね。少し歩くだけで視線の高さが変わるし、街の風景が一変する。この地形的な特性は、僕の作品に少なからず影響を与えていると思います。視点が常に変化する面白さ、多層的な空間構成。この街の構造自体が、僕の思考のトレーニングになっている気がします。」
飯川の言葉は、神戸のアートファンにとって嬉しい響きであった。グローバルなアートシーンを見据えつつも、足元のローカルな環境からインスピレーションを得る。その地に足のついた姿勢が、彼の作品に普遍的な強度を与えているのだろう。

山陽電鉄 塩屋駅周辺(神戸市垂水区) Decorator Crab – Impulses and Things Around Them《デコレータークラブ—衝動とその周辺にあるもの》, 2015 Installation view: “Decorator Crab – Impulses and Things Around Them” Shioya Higashi Civic Park, Hyogo, Japan Dimensions variable. Digital prints on 40 wooden boxes Exhibition support: Shioya Project; Gai Hirose; Q&A Co., Ltd. Photo: © Takehiro Iikawa, courtesy of the artist Studio Takehiro Iikawa(HP)より
2026年、水戸への大いなる挑戦とこれからの展望
トークの終盤、参加者の期待を一心に集めたのが、2026年に水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催の個展「大事なことは何かを見つけたとき」についての予告である。水戸芸術館といえば、建築家・磯崎新による設計で知られ、その空間自体が強烈な個性を持つ日本有数の現代美術館だ。三角形を組み合わせた塔や、演劇的な広場など、通常の美術館とは異なる複雑な空間構成を持っている。
飯川は、あの特殊な空間で、過去最大規模の「Make space! Use space!」を実践しようとしている。「水戸芸術館の空間は一筋縄ではいきませんが、だからこそ燃えます。今はそのプランを練っている最中で、これまでにない規模の『見えない』仕掛けを作ろうと画策しています。建築空間そのものと対話し、観客をいつの間にか誘い込むような体験を作りたい。」と飯川が意気込みを語ると、会場の期待感は最高潮に達した。
江上もまた、「飯川さんの作品は、空間が大きくなればなるほど、その『見えなさ』が際立ち、鑑賞者の体験が深まる傾向があります。水戸という特異な場所で、彼がどんな『見えないもの』を見せてくれるのか。現代美術の新たな可能性を切り拓く展示になると確信しています。」とエールを送った。飯川の挑戦は止まらない。彼は「見えない」ものをめぐる冒険を通して、私たちに世界を見る新しい眼差しを提供し続けている。

Decorator Crab – Intercepting Perception《デコレータークラブ—知覚を拒む》, 2019 Installation view: “Sapporo Art Stage 2019″ Sapporo Cultural Arts Community Center SCARTS, Hokkaido, Japan Dimensions variable. Wood, paint Photo: © Takehiro Iikawa, courtesy of the artist Studio Takehiro Iikawa(HP)より

Decorator Crab – Arrangement, Adjustment, Movement《デコレータークラブ—配置・調整・周遊》, 2022 Installation view: “Range of the Senses: What It Means to “Experience” Today” The National Museum of Art, Osaka Dimensions variable. Wood, aluminum truss frame, caster, paint Photo: © Takehiro Iikawa, courtesy of the artist Studio Takehiro Iikawa(HP)より

Decorator Crab – Probable Perspective《デコレータークラブ—遠近の設計図》, 2020 Installation view: “KENPOKU Art Project 2019″ Takahagi Junior High School, Ibaraki, Japan Dimensions variable. Belt Photo: © Takehiro Iikawa, courtesy of the artist Studio Takehiro Iikawa(HP)より
見えないものを見るための眼差しを求めて-日常の裂け目に「スペース」を作り続ける冒険
トークが終了し、会場の熱気が冷めない中、私たちの中に残っていたのは、心地よい当惑と、世界を見る目が少しだけ更新されたような感覚であった。飯川雄大というアーティストの言葉は、アートの文脈を超えて、現代を生きる私たちへの力強いメッセージとして響いたからだ。
「Make space! Use space!」
ボールが来ないなら走る。場所がないなら作る。そのシンプルで能動的な哲学は、閉塞感の漂う現代社会において、私たちが忘れかけていた「主体性」や「遊び心」を呼び覚ましてくれる。私たちは、与えられた環境やシステムの中で、ただ受動的に生きることに慣れすぎていないだろうか。飯川の作品は、そんな私たちに「自分で動けば、世界は変わる」ということを、身をもって示してくれている。

Decorator Crab – Make Space, Use Space《デコレータークラブ—新しい観客》, 2022 Collaboration between the group exhibition Range of the Senses: What It Means to “Experience” Today (The National Museum of Art, Osaka) and the solo exhibition Decorator Crab – Make Space, Use Space (Hyogo Prefectural Museum of Art).Dimensions variable. Sports bag, hand truck Photo: © Takehiro Iikawa, courtesy of the artist Studio Takehiro Iikawa(HP)より
彼は「見えないこと」という仕掛けを駆使して、私たちの視覚の死角へ介入する。しかしそれは、私たちを欺くためではない。むしろ、私たちが普段見落としている世界の豊かさや、多層的な現実に気づかせるための装置なのだ。江上ゆかとの対話を通じて浮き彫りになったのは、飯川が単なるトリックスターではなく、綿密な計算と強靭な思想に裏打ちされた、稀代の空間演出家であるという事実だ。
飯川雄大の価値は、美しいオブジェを作ることにあるのではない。「世界はどうにでも面白がれる」という視座を提供し、私たちの硬直した認識を解きほぐしてくれる点にこそある。彼の作品を通して、私たちは再び子供の頃のように、世界を冒険の場として捉え直すことができるのだ。
2026年の水戸での個展、そしてその先に続く飯川雄大の冒険。彼が次にどんな場所に潜み、どんな「スペース」を作り出し、私たちをどんな迷宮へと誘い込んでくれるのか。その「企み」に、私たちは喜んで巻き込まれたいと思う。もし、日常に退屈を感じているのなら、ぜひ飯川雄大の作品を探しに出かけてほしい。そこにはきっと、自分だけが見つけることのできる「何か」が隠されているはずだ。そしてその発見こそが、自身の「スペース」を作る第一歩となるだろう。

「これネルソンさんの本です!! これ面白いです!これに影響すごく受けてます。」飯川雄大さんオススメ本:ネルソン松原 著/松本創 取材・構成/小笠原博毅 解説 『生きるためのサッカー――ブラジル、札幌、神戸 転がるボールを追いかけて』 サウダージ・ブックス、2014年 ISBN:978-4-907473-04-4 Amazon:https://www.amazon.co.jp/dp/4907473044
■参照資料一覧
・Takehiro Iikawa (@takehiro_bau) • Instagram: https://www.instagram.com/takehiro_bau/
・Takehiro Iikawa Official Tumblr: https://takehiroiikawa.tumblr.com/
・ Takehiro Iikawa: https://sites.google.com/view/takehiroiikawa/home
・国立国際美術館ニュース 2021.12 第243号[PDF] Make space! Use space!/飯川雄大:
https://www.nmao.go.jp/museumnews/museumnews243/