しかし、感じられる何かがあるはずだ。曲面を成した白い物体が、見えない何かを円柱状に囲んでいる。つまり、その円柱部分には、何かが存在していることをほのめかす。
それは、2020年7月11日に豪雨によって倒れた、岐阜県瑞浪市の神明神社の御神木の大杉だった。佐藤が倒れた状態の御神木を3Dスキャンし、その表面の一部を彫刻として原寸大でかたどって配したのがこの作品である。写真の奥が、御神木の根っこにあたる。
この御神木は樹齢1300年と伝えられ、高さ40m、幹周りが11mもあったという。地域のシンボルとして、住民に親しまれる存在だったようだ。倒れたことを悲しむ人々は多かったことだろう。
御神木でなくても、人間はしばしば樹木に安らぎや信頼を感じるものだ。だからこそ、東京のような都会でも結構な面積の森を残し、また、街路樹を大切にしてきたのだ。大規模な伐採への反対運動が起きるのも、そうした意識の表れである。しかし、大雨による倒木は大自然の営為であり、怒りをぶつける先はない。はたしてアートに何かを補完する力はあるのだろうか。
佐藤はもともと、長野県の諏訪大社の御柱祭などを通じて、日本の巨樹に興味をもっていたという。この作品を制作する直前までロンドンに留学していた佐藤は、日本人が樹木に対して特別な感情を持っていることにも思いを馳せていた。
その中で巡り合ったのが、神明神社の御神木が倒れたというニュースだった。佐藤は御神木が倒れた年の冬、現地に赴き、住民を取材して御神木に対する人々の思いを確かめる。
3Dスキャンをして樹木の形を読み取ったのは、佐藤がロンドンで建築学を学んでいたことが大きい。原寸大での再現も、建築学の応用として独自に生まれた表現だったのだろう。
そうしてことを知って、改めて佐藤のインスタレーションと向き合うと、御神木の新たな印象が心に刻まれる。
この写真の最上部のパーツにあるくぼみは、雪が積もった御神木の上に佐藤が乗った時にできた足跡だという。佐藤自身が御神木と接したときの痕跡も残っているのだ。
この作品が表しているのは、人々の心の中にぽっかりと空いた穴なのだろうか。筆者はそうは思わない。むしろ、今ままで巨樹として見えていたものが実はその内部に秘めていた人々の意識の集積物であり、インスタレーションが創り出した幹の形の宙空を見つめることによって、信じることのできる何かをしっかりと感じ取ることができるように思えてならないのである。
※本記事は、ラクガキストつあおのアートノートに掲載された記事を転載したものです。
展覧会名:第16回 shiseido art egg 佐藤 壮馬 展
会期:2023年4月18日(火)~ 5月21日(日)
会場:資生堂ギャラリー(東京・銀座)
公式ウェブサイト:https://gallery.shiseido.com/jp/exhibition/5655/#blk_sato