甘美な装いの裏に潜む時間と崩壊の物語-砂糖の薔薇が内包する生と死の甘美な均衡 西山美なコ 「~destiny of Sugar Rose~」 Yoshimi Arts 黒木杏紀評

西山美なコ ~destiny of Sugar Rose~
会期:2025年10月25日(土)-11月16日(日)
会場:Yoshimi Arts(大阪)

大阪、西区江戸堀。かつて物流の拠点として栄え、今もなお重厚な近代建築が点在するこのエリアの一角に、現代美術の静かな熱源とも言えるギャラリーYoshimi Artsがある。この空間に足を踏み入れた瞬間、私たちは日常の喧騒から切り離され、白く研ぎ澄まされた静寂の中に漂う、微かな「甘い死の予感」に包まれることになる。

2025年10月25日から11月16日まで開催された西山美なコによる個展「~destiny of Sugar Rose~」は、作家が長年向き合ってきた「砂糖」という素材を通じ、美の絶頂とその崩壊、そして生命が逃れられない「運命(destiny)」を鮮烈に描き出していた。展示室に並ぶのは、シュガーペーストで作られた精緻な薔薇たちだ。しかし、それらは単なる装飾品ではない。時間の経過とともに溶け出し、形を崩し、時には蟻に喰らわれることで、生きた時間そのものを内包する装置へと変貌している。本展は、90年代から日本の現代美術シーンを牽引してきた西山が、装飾的な「可愛らしさ」の表層を突き抜け、存在の根源的な脆さと向き合った、極めて精神性の高いマイルストーンといえる。

1990年代の「ピンク」から「砂糖」へ至る、西山美なコが追求し続ける装飾の真理

西山美なコという作家を語る上で、1990年代の日本の現代美術における彼女の衝撃的な足跡を辿ることは不可欠である。1965年に兵庫県に生まれた西山は、京都市立芸術大学大学院美術研究科彫刻専攻を修了した。彼女が脚光を浴びたのは1991年、等身大の「リカちゃんハウス」を彷彿とさせる《ザ・ピんくはうす》の発表であった。少女文化特有の、過剰なまでに「かわいい」ピンク色の世界を巨大な立体作品として提示した彼女は、村上隆や奈良美智らと共に、日本独自のサブカルチャーを現代美術の文脈へと昇華させた「ネオ・ポップ」の旗手の一人として記憶されている。

1992年の《♡ときめきエリカのテレポンクラブ♡》や1995年の《もしもしピんク~でんわのむこう側~》では、90年代の風俗産業であるテレホンクラブをモチーフに、少女文化の裏側に潜む性的な消費と、その表面的な美しさが抱える空虚さを鋭く批評した。しかし、彼女の関心は単なる消費社会への批判に留まらなかった。西山は一貫して、装飾の裏側に潜む虚無や、美しさが崩れ去る瞬間のエロスとタナトス(死への本能)を見つめ続けてきたのである。

物質が崩壊する過程こそが最も美しいという、西山美なコが提示する新たな彫刻観

1990年代後半、西山の表現は大きな転換期を迎える。それまでのプラスチックやビニールなどの人工的な素材から、砂糖や卵白といったお菓子の材料を用いた、より壊れやすく、時間の経過とともに変質していく素材へと移行したのである。1999年に発表された《Sugar Crown》はその象徴的な作品であった。砂糖で作られた王冠は、永遠の権威の象徴でありながら、同時に指一本触れるだけで砕け散る脆さを併せ持っていた。

本展「~destiny of Sugar Rose~」で主役となるのは、2000年代から彼女がライフワークとして制作を続けている《Sugar Rose》である。食用色素で淡く色づけされた薔薇は、かつての巨大なインスタレーションに比べれば、両手のひらに乗るほどの存在だ。しかし、その花弁の一つ一つに凝縮された批評的な強度は、むしろ増していると言える。従来の彫刻が「永遠」を目指す一方で、西山の砂糖彫刻は「消滅」を前提としている。形が崩れ、溶けていくプロセスそのものが作品の本質であり、そこには、完璧な造形が崩れゆく過程こそが物質の持つ最も美しい瞬間であるという、逆説的な美学が提示されているのだ。

《Sugar Rose》 2025 〈2025.10.18〉 シュガーペースト、針金、グラス、他 アクリスケース

「かわいい」の表層を突き抜け、生命が逃れられない「運命」を見つめる真摯な視線

展示会場の構成も、作家の思想を強く反映していた。会場の各所に設置された白く低い台座の上には、アクリルケースに収められた一点物の《Sugar Rose》たちが鎮座している。特筆すべきは、壁面や台座に添えられた「I was born on December 14, 2024」「I was born on February 5, 2016」「I was born on August 9, 2004」といった手書きの文字である。これらは、その薔薇が形作られた日、すなわち「誕生の日」を示している。西山はそれぞれの薔薇を、単なる物質ではなく、一つの固有の生命として扱っているのだ。

《Sugar Rose》 2024 〈2024.12.14〉 シュガーペースト、針金、グラス、他 アクリスケース

《Sugar Rose》 2016 〈2016.02.05〉 シュガーペースト、針金、グラス、他 アクリスケース

《Sugar Rose》 2004 〈2004.08.09〉 シュガーペースト、針金、グラス、他 アクリスケース

日付を冠した薔薇は、私たちが今立っている現在地点と作品の時間を同期させる。アクリルケースの中で保護されているように見える薔薇も、空気中の湿気を吸い、重力に従って少しずつその花弁を垂らしていく。密閉されているからこそ、その内部で進行する不可逆な変化は、鑑賞者の視線を釘付けにする。私たちは、薔薇が生まれた瞬間から死(溶解)に向かって歩みを進めている事実を突きつけられる。しかし、それは悲劇ではなく、西山がタイトルに込めた「destiny(運命)」としての、あるがままの姿である。

展示風景 《Sugar Rose》

蟻の侵食と溶解する色彩が物語る、人為的な美が自然の摂理に回帰するまでの時間

本展において最も視覚的な衝撃を伴うのは、カクテルグラスに盛られた淡いピンクの砂糖の薔薇《Untitled》である。空気中の湿気を吸って花弁の縁からじわじわと茶色く変色し始め、周囲に散る砂糖の破片は崩壊の過程を刻む。甘美な造形が消滅へ向かう様は、美の絶頂に潜む死の予感を静かに、かつ残酷に描き出している。

《Untitled》 2025 〈2025.06.09〉 シュガーペースト、針金、グラス、他

あるいは、額装された写真作品《Untitled 2025》では、マクロレンズが捉えた薔薇の襞の間にうごめく蟻の姿が克明に写し出されている。蟻は古来、勤勉さの象徴とされる一方で、死骸を解体し土に帰す掃除屋の役割も担う。西山の作品において、蟻は「外部からの介入」であり、同時に「生命の循環」を司る使者である。

《Untitled》 2025 カラーデジタルプリント、アクリルマウント60.5×50cm ed.3

砂糖という、人間にとっての過剰な欲望の対象が、蟻という自然の生態系によって分解されていくプロセス。そこには、人為的な「美」が自然の大きな摂理の中に飲み込まれていく、残酷で、しかし抗いようのない調和が存在する。私たちはその光景を目の当たりにすることで、自己の身体もまた、いつかは分解され、他者の生命へと変換される運命にあることを予感せずにはいられない。これは、消費されるために作られた「甘さ」が、自然界における「糧」へと変換される、メタモルフォーゼの瞬間なのである。

伝統的なヴァニタスを現代の甘美な記号で再解釈する、西山美なコの批評的実験

西山美なコの《Sugar Rose》は、美術史的な観点から見れば、17世紀オランダなどの静物画で描かれた「ヴァニタス(人生の空しさの寓意)」の系譜に位置づけることができる。ヴァニタス画において、髑髏や砂時計、萎れた花や虫の喰った果物は、「メメント・モリ(死を想え)」の格言とともに、世俗的な成功や美しさの虚しさを説いた。西山は、この古典的なテーマを、現代の素材である「砂糖」と、日本特有の「かわいい」という美意識を用いて再構築している。かつてのヴァニタスが宗教的な教訓を含んでいたのに対し、西山の作品はよりパーソナルで、かつ冷徹なまでの物質性を伴う。

砂糖はエネルギー源であり、幸福の象徴であるが、同時に身体を蝕む毒にもなり得る。その多義的な素材を用い、現代社会が追い求める「若さ」や「不変の美」に対する虚妄を、溶けゆく薔薇の姿を借りて静かに告発しているのである。また、画像8に見られる映像作品では、薔薇がゆっくりと溶解し、色彩が混ざり合い、不定形の塊へと還っていく様子が記録されている。ここにあるのは、女性性という記号化された美しさではなく、形あるものが形を失うという、宇宙的な規模でのエントロピーの増大である。

「永遠ではない美」の所有を問い直し、崩壊の過程を共有するアート・コレクターへの新たな提案

現代のアートマーケットにおいて、作品の「保存可能性」は重要な価値基準の一つとされる。しかし、西山の砂糖で作られた薔薇は、その基準に対して真っ向から挑戦している。彼女は、作品を販売する際にも、それが永久に保存できるものではないことを明言する。作家はステートメントにおいて「あなたの希望される場所でゼロから時を刻むピースをオーダーして頂くことが可能です」と述べているが、これは作品の所有が単なる「完成品の所有」ではなく、その「崩壊していく過程の共有」であることを意味しており、アート・コレクターと作品の関係性に新たな倫理を提示している。

砂糖という素材は、どれほど環境を整えても、数十年の単位で見れば変質を免れない。所有することができない、あるいは所有しても失われていくことが前提のアート。それは、物質の永続性を神話化する現代のアートビジネスに対する、最も静かで強力な抵抗の形なのかもしれない。

近年の西山は、光の反射を活かした「レフ・ワーク」や、かろうじて知覚できるような繊細な壁画のシリーズなども展開している。これらもまた、見る角度や光の加減によって姿を変える「捉えどころのない存在」への探求である。形あるものを信じ、それを所有することで安心を得ようとする私たちの執着を、西山は、会場に漂っているかのような甘い香りの錯覚と共に優しく、しかし容赦なく解き放っていく。

少女文化への批評から生命の根源的な運命へと至るコンセプトの結実

初期の西山作品が、少女漫画的な美意識や宝塚歌劇団のような過剰な装飾を引用し、社会的な性差(ジェンダー)やステレオタイプな女性像を浮き彫りにしていたことはよく知られている。しかし、近年のシュガー・アートへの移行は、そうした社会的な枠組みを超え、より普遍的な「生命の理」へと視座が移っていることを示している。モニターに映し出された映像作品《Untitled 2025.6.21~》では、薔薇がゆっくりと溶解し、色彩が混ざり合い、不定形の塊へと還っていく様子が記録されている。ここにあるのは、女性性という記号化された美しさではなく、形あるものが形を失うという、宇宙的な規模でのエントロピーの増大である。西山美なコという作家は、かつて「ピンク」という色で社会を挑発した反逆児から、今や「砂糖」という結晶を通して時間の深淵を覗き込む哲学者へと進化したと言っても過言ではない。その表現の純度は、本展において一つの極致に達している。

《Untitled 2025.6.21~》 2025 映像 21.5inchモニター 1min37sec

溶解と再生の円環の中で揺らめく、私たちの存在という脆くも輝かしい一瞬の記憶

ギャラリー内を歩いていると、気のせいか、どこからか微かに砂糖の甘い香りが漂っているかのような錯覚に陥る。白く清謐な空間に置かれた作品群があまりに雄弁なため、視覚的な刺激が記憶の奥底にある「甘さ」を呼び覚まし、実際には無臭であるはずの空間に存在しない香りを幻視させるのだ。この、想像力によって補完された嗅覚的要素は、視覚以上に直接的に私たちの本能に訴えかけてくる。その甘美な予感は、目の前の薔薇がすでに崩壊の前兆を孕んでいることを一瞬忘れさせる。しかし、ふと目をやると、グラスから溢れ落ちた砂糖の破片が、逃れられない崩壊の証拠としてそこに横たわっている。

《Untitled》 2025 〈2025.06.09〉 シュガーペースト、針金、グラス、他

この「甘美さ」と「崩壊」の同居こそが、西山作品の真骨頂である。私たちは、いつまでもこの美しい薔薇を眺めていたいと願うが、その願い自体が、変化し続ける薔薇を固定し、死に至らしめる行為であることに気づく。西山美なコという作家は、かつて「ピンク」という色で社会を挑発した反逆児から、今や「砂糖」という結晶を通して時間の深淵を覗き込む哲学者へと進化したと言っても過言ではない。その表現の純度は、本展において一つの極致に達している。

崩れゆく薔薇が肯定する、生の時間とその輝き

西山美なこの個展「~destiny of Sugar Rose~」は、砂糖という極めて脆弱な素材を用いながら、人間の生の本質と、逃れられない死の運命を美学的に描き出した傑作展であった。会場に並んだ薔薇たちは、誕生した瞬間から死(溶解)に向かって歩みを進めているが、その過程で生じる色彩の滲みや形の変容は、固定された完成品よりも遥かに饒舌に「生きること」の意味を語っている。画像に収められた、蟻に食われ、崩れゆく薔薇の姿を、私たちは「無惨」と呼ぶべきか、それとも「必然」と呼ぶべきか。西山が提示したのは、崩壊すらも美の一部として受け入れる、ある種の諦念を伴う気高い肯定である。

今回の個展を訪れた多くの観客は、ケースの中の薔薇を見つめながら、知らず知らずのうちに自らの時間を重ね合わせていたはずだ。完成された美しさを保つ2024年の薔薇と、深い思索を感じさせる2004年の薔薇。そのどちらがより美しいかと問うことに、もはや意味はない。西山美なコが本展で描き出したのは、時間の経過こそが最高の芸術家であり、崩壊の兆しこそが真の美の証明であるという逆説的な真理である。それは、目まぐるしく変化し、不確かな現代を生きる私たちに、立ち止まり、今この瞬間を鮮烈に生き、そして去っていくことの潔さを教えてくれる。
明日には形を変えているかもしれない《Sugar Rose》。しかし、その儚さを共有したという記憶は、甘く、しかし峻烈な香りとなって、私たちの心に深く刻まれ続けるだろう。

 

参考資料(会場設置書籍より)

参考資料(会場設置書籍より)

参考資料(会場設置書籍より)

参考資料(会場設置書籍より)

Yoshimi Arts – 西山美なコ ~destiny of Sugar Rose~

 

 

 

 

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兵庫県出身。大学卒業後、広告代理店で各種メディアプロモーション・イベントなどに携わった後、心理カウンセラーとしてロジャーズカウンセリング・アドラー心理学・交流分析のトレーナーを担当、その後神戸市発達障害者支援センターにて3年間カウンセラーとして従事。カウンセリング総件数8000件以上。2010年より、雑誌やWEBサイトでの取材記事執筆などを続ける中でかねてより深い興味をもっていた美術分野のライターとして活動にウェイトをおき、国内外の展覧会やアートフェア、コマーシャルギャラリーでの展示の取材の傍ら、ギャラリーツアーやアートアテンドサービス、講演・セミナーを通じて、より多くの人々がアートの世界に触れられる機会づくりに取り組み、アート関連産業の活性化の一部を担うべく活動。