世界中を旅する「SHIP’S CAT」 生命と人類の守り神

旅する彫刻「SHIP’S CAT」の誕生

《SHIP’S CAT》(2017) Photo: Raysum Co.,Ltd.

猫ブームは定期的にやってくる。しかし、21世紀になってからその人気は一段と高まっているように思える。地球環境が悪化し、政治的な対立が激化するなか、人類が猫に託す思いが、切実なものになっている証拠かもしれない。

ヤノベケンジが、巨大な猫の彫刻作品「SHIP’S CAT」シリーズをはじめたのは2017年のことである。博多にできる若者向けのホテル、WeBaseの依頼を受け、ホテルから猫が飛び出すような形状の巨大な猫を制作した。それが最初の「SHIP’S CAT」である。

その際、若者の旅を見守り、地域に愛されるようなパブリックアートとなることを願って猫の彫刻作品を構想した。博多は『続日本書記』に「博多大津」と記された、古代からの海上貿易都市で、遣唐使や遣隋使などの船に乗せられて猫が渡来したと考えられているからだ。猫は仏典や食料をネズミから守るための貴重な存在だったのだ。

《SHIP’S CAT(Returns)》(2018) Photo: KENJI YANOBE Archive Project

猫は、古代オリエント時代から、同じようにネズミなどの害獣対策のために船に乗せられて、世界中に広まったと考えられている。特に大航海時代以降は、「SHIP’S CAT」と命名され、世界中を旅することになった。古代から航海と猫は密接な関係であった。ヤノベは、若者が生きる未来の世界と、これからも続いていく猫と人類の歴史を想像し、宇宙服や潜水服のようなヘルメットとスーツをまとった新しい猫の彫刻「SHIP’S CAT」を創造したのだった。

それ以降、日本各国にオープンするWeBaseの顔として、「SHIP’S CAT」シリーズがつくられていく。なかでも高松のWeBaseの屋上には、「再訪」や「恩返し」をテーマに「見返り猫」として《SHIP’S CAT(Returns)》(2018)を設置し、街のアイコンになっている。

その後、「SHIP’S CAT」シリーズは、福島、東京、香川、広島、上海などに展示されたり、恒久設置されたりしていく。2018年には、ルーヴル美術館の別館、カルーゼル・デュ・ルーヴルにおいて、和紙を使ったアーティスト、堀木エリ子と共同制作を行い、「SHIP’S CAT」展を開催する。

手前:《SHIP’S CAT(Totem)》(2017) 奥:《Picture scroll of SHIP’S CAT》(2017) Photo: Raysum Co.,Ltd.

その際、屹立したトーテム型の和紙による作品、《SHIP’S CAT(Totem)》、立ち姿でランプになる《SHIP’S CAT(Thinker)》、眠り猫タイプの《SHIP’S CAT(Sleeper)》が制作された他、日本から来た「SHIP’S CAT」とルーヴル美術館に収蔵されている古代エジプト時代の猫の神様バステトが出会うという、手すき和紙の巨大障子絵巻《Picture scroll of SHIP’S CAT》が制作された。

 

美術館を守る猫 SHIP’S CAT(Muse)

《SHIP’S CAT(Muse)》(2021) Photo: KENJI YANOBE Archive Project

次の「SHIP’S CAT」シリーズのターニングポイントは、2022年に開館した大阪中之島美術館のシンボルとして、《SHIP’S CAT(Muse)》(2021)が恒久設置されたことである。大阪中之島美術館は、40年に及ぶ大阪市の近代美術館構想が実現したものであり、遠藤克彦設計による「ブラックキューブ」と称された黒い直方体の美術館が採択された。しかし美術館の顔としてアート作品が必要であるという遠藤と菅谷富夫館長の要望により、ヤノベの「SHIP’S CAT」シリーズを美術館の北に面する芝生広場に設置することになったのだ。

ここでヤノベは白と黒しかなかった「SHIP’S CAT」シリーズに初めてオレンジを採用した。実は、もともと大阪中之島美術館の土地は、広島藩の蔵屋敷があった場所であり、その後、大阪市立大学(旧・大阪帝国大学)医学部の校舎が建てられていた。中之島の蔵屋敷の前には、年貢米や産物などの積み荷を直接入船して運べるよう「舟入」が設けられており、そこには厳島神社の分社もあった。つまり、神や富、科学が集結していた場所にできた「美の殿堂」を守る「守り神」として「SHIP’S CAT」に新たな役割を与えたのだ。

オレンジは、厳島神社のお社に塗られている魔除けの朱色でもあり、航空宇宙産業で使用される「インターナショナルオレンジ」でもある。それ以降、「SHIP’S CAT」は、オレンジというイメージが浸透していく。それは今まで「アトムスーツ」や「トらやん」で使用された黄色のイメージが強かったヤノベにとっても大きな変化となった。

 

職人・クリエイターとのコラボレーション

《SHIP’S CAT (Sun Carrier)》 (2024) Photo: Nobutada Omote

「SHIP’S CAT」シリーズは、ヤノベの創作にとってもう一つ新たな展開を生んでいる。それは、京都の漆芸などの伝統職人との共同制作である。ヤノベは、制作を発注することはなく、自身の工房でつくることを基本にしているが、「SHIP’S CAT」に漆芸作品として仕上げるために、新たに職人との制作を開始した。2019年、最初の漆芸作品《黒漆舟守祝猫》がつくられ、ヤノベが制作したFRPの型の上に、漆が塗られ、金、白金、あわび、溶錬水晶などが施された。その柔らかなフォルムと漆芸による装飾は、まさに伝統工芸のように古くからつくられているといっても不思議ではない魅力を称えている。

今まで「スチームパンク」を思わせるようなジャンク品や工業製品、加工品を使用していたヤノベにとって、伝統工芸との融合はもう一つの転換点といえるだろう。2021年には、同じ型を使用した《赤漆舟守祝猫》を制作した。それは同年、大阪中之島美術館に設置した《SHIP’S CAT(Muse)》と対応している。

実はこの二つの型は、2008年にパフォーマンス集団、パパ・タラフラマの「ガリヴァー&スウィフト」の舞台美術として使用した「ランプ猫」や「歩き猫」が原型となっている。その時の公演が、最初に猫の作品を制作したきっかけである。

その後、2022年に「眠り猫」ポーズとして制作された小型の《Sleeping Muse(SHIP’S CAT)》、大型の《SHIP’S CAT(Mofumofu22)》に合わせて、2023年、《黒漆舟守眠り猫》が制作された。

《Journy of Life》(2024) Photo: KENJI YANOBE Archive Project

伝統職人との共同制作は、新たなアーティストや匠とのコラボレーションを生んだ。2024年には、アニメーター・イラストレーターの米山舞との共作として、「SHIP’S CAT」の工芸作品の背中に、大きな円形のモニターを乗せて、そこに米山が「希望の太陽」を《サン・チャイルド》(2011)と《サン・シスター》(2015)が受け渡すアニメーションを描いた《SHIP’S CAT (Sun Carrier)》を制作した。また、ステンドグラス職人と組んで、大阪モノレール大阪空港駅改札外に巨大なステンドグラス作品《Journy of Life》や「SHIP’S CAT」が円形のステンドグラスを乗せるタイプの《SHIP’S CAT(Journey of Life)》、《The Story of BIG CAT BANG》も制作している。

《SHIP’S CAT (Speeder)》(2023) Photo: Nobutada Omote

特筆すべきは、公道を走れる電気自動車のボディを、「空飛ぶ絨毯」をイメージしてFRPで制作し、助手席に《SHIP’S CAT (Crew)》を乗せた、《SHIP’S CAT (Speeder)》だろう。ボディのデザインは、PALOW.が担当した。それ自体が高速で走る彫刻作品であり、まさに旅する彫刻の名にふさわしい作品となった。

 

生命誕生の爆発「BIG CAT BANG」

《BIG CAT BANG》(2024) Photo: Yasuyuki Takaki

2024年、「SHIP’S CAT」シリーズは、新たな局面を迎える。銀座の一等地にある文化・商業施設として、リニューアルオープンから草間彌生を皮切りとした国際的なアーティストのインスタレーションを展示してきた吹き抜け空間に、ヤノベは「SHIP’S CAT」の世界観を展開させた 《BIG CAT BANG》を発表する。

《BIG CAT BANG》は、GIZA SIXの吹き抜け空間を宇宙と見立て、宇宙船に乗り込んでいる猫がそこから一斉に飛び出す瞬間を表現したものだ。大小400体にも及ぶ「宇宙服」を着た宇宙人ならぬ「宇宙猫」が四方八方に飛散する様子は、まさに「猫大爆発」という形容がふさわしい。LUCA号と名付けられた宇宙船は、岡本太郎の《太陽の塔》に似ているが登頂の「黄金の顔」には耳が付けられ、塔に描かれている「顔」はことごとく猫に変容し、塔の下にはエンジンが付けられている。

実はこのインスタレーションに際してGIZA SIXから、2025年に開催される大阪・関西万博に合わせて、1970年の大阪万博のシンボルである岡本太郎の《太陽の塔》をモチーフにできないかという要望があったのだ。ヤノベは幼少期に遊んだ大阪万博の解体現場を「未来の廃墟」と名付け、自身の原点だと標榜しており、岡本太郎記念館で展覧会を開催したり、《太陽の塔》の登頂にある「黄金の太陽」左目にまで登る「太陽の塔、乗っ取り計画」(2003)を実施したりするなど、岡本太郎や《太陽の塔》とは縁深い関係にあった。そこで本気で現在の自分と岡本太郎がぶつかったときに生まれる作品を考えたのだ。

《太陽の塔》の内部には、原生生物からクロマニョン人までの進化を表現した「生命の樹」が立てられていた。それは技術万能主義的な未来像を描いていた大阪万博とは正反対の過去や原始を掘り下げる展示でもあった。その理念を継承し、宇宙のはじまりとされる「BIG BANG」まで遡り、すべての創造の原点から現在を俯瞰できる構想を描いた。まさに「芸術は爆発だ!」を体現したのである。

そこにヤノベの「SHIP’S CAT」の物語を挿入し、生命を司る種が宇宙からやってきたという「パンスペルミア説(宇宙汎種説)」をもとにして、「宇宙猫」が地球に生命の種をもたらし、ビックファイブと呼ばれる五度の大量絶命危機を乗り越え、人類が生まれるまで育てたという、壮大なスケールのストーリーを構想する。そして、宇宙に生命をもたらすために、宇宙船LUCA号から飛び出す瞬間をインスタレーションにした。LUCAとは、Last Universal Common Ancestorの略であり、全生命の共通の祖先のことである。

ヤノベの彫刻を3Dスキャニングし、精巧につくられた巨大なバルーンと、無数のフィギュアが吊られ、まさに爆発の瞬間を捉えたともいえるこのインスタレーションとなった。2階から4階までのフロアに加えて、両端のエスカレーターからも見られ、まさに3D空間が出現したような、今までにない視覚体験を提供し、これまで以上の反響を得ることになった。また、このストーリーは、AIで生成した画像を用いて映像にされており、これもまた新しく挑戦したヤノベの表現となった。

さらに、会期中には、日本有数の刀匠である河内國平と共作し、「眠り猫」の型に漆芸をしつらえ、そこに地から天に突き立てるように日本刀を飾る《天地以順動》(2024)を制作した。刀身には、天に昇っていく猫が彫られている。さらに、短刀の柄と鐺(こじり)にヤノベの彫刻と職人の工芸を施した《護猫刀》、《天地以順動》の世界観をヤノベの作品を用いて表した、短刀のシリーズ「八卦連環」から1作を展示した。

 

 空想と現実、人工と自然を往還するストーリー

「太郎と猫と太陽と」展 Photo: KENJI YANOBE Archive Project

また《BIG CAT BANG》に込められた壮大なストーリーを解題する展覧会として、岡本太郎記念館で「太郎と猫と太陽と」が開催された。2011年の岡本太郎生誕百年を記念したTARO100祭「ヤノベケンジ:太陽の子・太郎の子」展以来、実に13年ぶりの個展となった。そこでは、壁面に生命の種を「宇宙猫」がもたらしたというストーリーボードがヤノベの直筆のドローイングによって描かれ、LUCA号の彫刻が展示された。中には、実際の隕石を囲んで生えていく小さな生命の樹が組み込まれている。岡本太郎がかつて《太陽の塔》の原型をつくった前庭には、羽の生えた巨大な「SHIP’S CAT」、《SHIP’S CAT (Ultra Muse / Red)》が展示された。奥の部屋には、「太陽の塔、乗っ取り計画」のドキュメンタリーに加え、《BIG CAT BANG》や、岡本太郎に対して語るヤノベのドキュメンタリーが上映され、壁面には今回仕様された生成AIなどの画像が一面に張られた。

《宇宙猫の島》(2025) Photo: HYPER MUSEUM HANNO

さらに《BIG CAT BANG》のサイドストーリーとして展開されたのが、埼玉市の「ハイパーミュージアム飯能」で開催された「宇宙猫の秘密の島」である。なんと敷地の宮沢湖に人工島をつくり、バルーンによる巨大な眠り猫タイプの「SHIP’S CAT」が展示された。中に入ると、バスルームや壁画、美術史をたどるような作品が展示されている。「実は、地球に命の種をもたした「宇宙猫」の中の一匹が偵察船に乗って飯能に不時着し、孤独を紛らわせるために絵画や彫刻などさまざまな創作をしていた。後に人類が偵察船を見て真似したことが芸術の起源となった。今回、その原点となる偵察船が発見されたことで、「猫島美術館」が誕生した」というストーリーなのだ。《BIG CAT BANG》を含めて、「偽史」に過ぎないのだが、その中にある種の真実が含まれているのではないかと思わされるところが現実と虚構を行き来して制作するヤノベの真骨頂だろう。

「パンスペルミア説」は、仮説の一つに過ぎなかったが、近年の調査で、隕石の中に生命に必要なアミノ酸が含まれていることが発見されており、宇宙から「生命の種」が地球に届けられた可能性が高くなってきている。また、日本各地に猫島と呼ばれる島があり、島もまた閉じられた生態系の中に船や鳥によって別の種がもたらされるという地球とのアナロジーになっている点も象徴的である。

 

「船乗り猫」として小豆島に福を運ぶ猫

左:SHIP’S CAT(Jumping)》(2025) 右:SHIP’S CAT(Boarding)》(2025) Photo: Jumbo Ferry Co.,Ltd.

2025年、「SHIP’S CAT」シリーズは、もう一つ、島をテーマにした作品を制作する。それは「瀬戸内国際芸術祭」の舞台にもなっている小豆島である。2013年の「瀬戸内国際芸術祭」で、ヤノベは小豆島にさまざまな作品を展示している。坂手港の灯台跡に設置した《スター・アンガー》、元醤油工場の古井戸跡に設置した《アンガー・フロム・ザ・ボトム》である。これらは現在もパブリックアートとして島民に愛されている。さらに、ジャンボフェリーの甲板に設置していた《ジャンボ・トらやん》は役割を終え、高台にあるプライベートミュージアムに置かれている。

今回、「SHIP’S CAT」シリーズとして、初めて船の上に作品が設置されることになった。それが神戸・高松と小豆島を結ぶ連絡船ジャンボフェリーの甲板に設置された《SHIP’S CAT(Boarding)》である。さらに、新たに坂手港に建設された坂手ポートターミナル(愛称:さかてらす)の屋上には、船に飛び乗ったり、船から飛び降りたりする様子を形にした《SHIP’S CAT(Jumping)》が設置された。「宝島」である小豆島に幸福の種を運び、小豆島の旅に幸せをもたらすこと。さらにその思い出を持ち帰れるように守ることを願ってつくられている。

福を運ぶ「旅の守り神」としてつくられた「SHIP’S CAT」は、実際に世界各国、日本各地に旅をし、《BIG CAT BANG》のように、まさに爆発的な勢いでさまざまなタイプの作品がつくられるようになった。 「SHIP’S CAT」は、コロナ禍や戦争・紛争を経て、地球環境の悪化や世界の秩序が崩れるなか、人類の旅、生命の旅を見守り、人々に福を運ぶために、これからも旅を続けるだろう。

 

※本記事は、ヤノベケンジ公式記録として制作された。

 

 

 

三木 学

文筆家、編集者、色彩研究者、美術評論家、ソフトウェアプランナーほか。 独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行なっている。 共編著に『大大阪モダン建築』(2007)『フランスの色景』(2014)、『新・大阪モダン建築』(2019、すべて青幻舎)、『キュラトリアル・ターン』(昭和堂、2020)など。展示・キュレーションに「アーティストの虹─色景」『あいちトリエンナーレ2016』(愛知県美術館、2016)、「ニュー・ファンタスマゴリア」(京都芸術センター、2017)など。ソフトウェア企画に、『Feelimage Analyzer』(ビバコンピュータ株式会社、マイクロソフト・イノベーションアワード2008、IPAソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー2009受賞)、『PhotoMusic』(クラウド・テン株式会社)、『mupic』(株式会社ディーバ)など。 美術評論家連盟会員、日本色彩学会会員、大阪府万博記念公園運営審議委員。 Manabu Miki is a writer, editor, researcher, and software planner. Through his unique research into image and colour, he has worked in writing and editing within and across genres such as contemporary art, architecture, photography and music, while creating exhibitions and developing software. His co-edited books include ”Dai-Osaka Modern Architecture ”(2007, Seigensha), ”Colorscape de France”(2014, Seigensha), ”Modern Architecture in Osaka 1945-1973” (2019, Seigensha) and ”Reimaging Curation” (2020, Showado). His recent exhibitions and curatorial projects include “A Rainbow of Artists: The Aichi Triennale Colorscape”, Aichi Triennale 2016 (Aichi Prefectural Museum of Art, 2016) and “New Phantasmagoria” (Kyoto Art Center, 2017). His software projects include ”Feelimage Analyzer ”(VIVA Computer Inc., Microsoft Innovation Award 2008, IPA Software Product of the Year 2009), ”PhotoMusic ”(Cloud10 Corporation), and ”mupic” (DIVA Co., Ltd.). http://geishikiken.info/

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