一九世紀後半から二〇世紀初頭にかけて欧米で流行したジャポニスムに、絵画については、日本の北斎や広重等の天才的な個人画家による浮世絵が大きな影響を与えたことはよく知られている。
しかし従来、工芸については、その様態の多様さのために影響の全貌の調査が遅れていた。特に、工芸の中でも、無名の職人集団の手による消耗品である「型紙(かたがみ)」の影響は、これまでほとんど光が当てられてこなかった。
このジャポニスムのもう一つの知られざる火付役である「型紙」に、国内で初めて着目し、国内外の約七〇か所から約四〇〇点を集めた「KATAGAMI Style――世界が恋した日本のデザイン」展が、東京、京都、三重を巡回中である。
内容は、第一章で日本における型紙の歴史や実例を示し、第二章から第四章で英米仏独など欧米各国の受容の展開を辿り、第五章で現代への反映を紹介している。展示では、日本の型紙とその影響を受けた欧米の作品を並置する等、デザインの類似性を理解しやすい工夫がなされていた。
本展で扱われる型紙は、鎌倉時代頃から一千年近い伝統を持つ日本古来の染色技法である、「型紙染」に用いる紙製の型を指す。この型紙は、柿渋で貼り重ねて厚くした和紙に細かい模様を切り透かしたもので、型紙染が庶民男女の服飾に盛んに用いられた江戸時代中期から明治時代前半にかけて、極めて精緻で意趣に富む連続模様を数多く生み出していた。
明治時代後半以後、この型紙が染物業者の廃業の際等に海外に大量流出する。当時、欧米では工業化による大量生産が進む一方で、製品には粗悪なデザインが増えていた。そこで、芸術性が高く機械的反復にも適した日本の型紙の意匠図案が注目され、アーツ・アンド・クラフツ、アール・ヌーヴォー、ユーゲントシュティールを始めとするデザイン改良運動の触媒となり、本来の染色の用途を超えて、平面デザインは勿論、立体デザインをも含めた多様な分野に影響を及ぼしていくことになる。
例えば、そうした日本の型紙の影響は、英米圏ではウィリアム・モリスの壁紙やテキスタイルに、チャールズ・レニー・マッキントッシュの家具に、ルイス・コンフォート・ティファニーのガラス工芸に、仏語圏ではアルフォンス・ミュシャのポスターに、ルネ・ラリックやエミール・ガレのガラス工芸に、独語圏ではコロマン・モーザーやヨーゼフ・ホフマンやアンリ・ヴァン・デ・ヴェルデのテキスタイル等に観取できる。現代では、英国のブリントンズ社がカーペットに適用する等再び流行の兆しも見せている。
こうしたジャポニスムにおける日本の型紙の受容は、本来の使用用途や作者の固有名とは直接関係しない純粋に視覚造形上の影響であったと言える。しかし、逆にそのことは、日本人一般が持つ繊細な芸術的感性や高度な職人的技術が世界的に普遍性を持つことを例証するものと言えよう。日本文化の潜在力に気付かせてくれる格好の展覧会である。
三菱一号館美術館
二〇一二年四月六日〜五月二七日
京都国立近代美術館
二〇一二年七月七日〜八月一九日
三重県立美術館
二〇一二年八月二八日〜一〇月一四日
※秋丸知貴「展覧会評 KATAGAMI Style――世界が恋した日本のデザイン展」『日本美術新聞』2012年9・10月号、日本美術新聞社、2012年8月、11頁より転載。