アーカイヴ「時評 ルーヴル美術館と ニンテンドー3DS」秋丸知貴評

オーディオガイド・ルーヴル・ニンテンドー3DS
(写真提供・任天堂)
(c)2012 musee du Louvre – Olivier Ouadah

 

2012年4月11日に、仏パリのルーヴル美術館は、任天堂の「ニンテンドー3DS」を使った新しい館内案内を開始した。

「ニンテンドー3DS」は、任天堂が2011年2月26日から世界中で販売している最新の携帯型ゲーム機。「DS」は「Dual Screen(二つの画面)」の略で、本体は縦7・4㎝、横13・4㎝、厚さ2・1㎝の折畳み式であり、重さは235gと軽量。開いた上画面が、3・53型の視差バリア方式ワイド3D液晶ディスプレイ(約1677万色を表示可能)になっており、専用メガネを掛けなくても裸眼で立体映像を楽しめることを大きな特徴としている。

今回導入された「オーディオガイド・ルーヴル・ニンテンドー3DS」は、同館と任天堂が共同で開発した専用ガイドソフトを内蔵した3DSを用いるもので、本来はゲーム用に開発された機体がその高性能を評価されて別の用途で活用される点が興味深い。

また、3DSの特性を生かして、音声のみならず、立体映像や動画表示による多角的な案内を実現し、従来の単一機能型の音声ガイド機からの切替えである点が注目される。

同ガイドでは、画像や音声で700以上の作品や展示室が解説される。画像は高解像度写真を多用し、ズーム機能で細部まで拡大が可能。また、建物の構造により現実には見られない立体作品の背面をディスプレイ上で回り込んで見ることもできる。

特筆すべきは、位置検索機能により、利用者の現在位置を館内地図で確認できることである。また、地図では主要作品が目立つように表示され、自分で自由にルートを設定できる他、《モナ・リザ》や《ミロのヴィーナス》等の代表作品を巡るツアーも用意されている。

同ガイドは現在、日本語を含む七ヶ国語に対応し、近日中にフランス語手話にも対応予定。一般料金は5ユーロ(約530円)で、誰でも利用することができる。

重たい音声ガイド機を首からぶら下げて歩く代わりに、手軽に持ち運べる小型の視聴覚ガイド機が登場したことをまず喜びたい。また、広大な館内を迷ったり作品を見落としたりせずに廻覧できることも、特に高齢者・身障者や海外旅行者にとっては有益であろう。

ただし、たとえどれほど優れたガイド機であれ、もしせっかく現場で実物を目の前にしているのに、小さなディスプレイ画面ばかり覗き込むようなことがあれば本末転倒である。デジタル技術の進歩は、グーグル・アートプロジェクトに関してと同様に、むしろ芸術鑑賞における実体験の重要性こそを浮かび上がらせるものではないだろうか?

そうした中で、日本のデジタル技術が、世界で最も来館者数の多い美術館の一つに受け入れられたことは示唆に富む。高度な技術力はもちろん、芸術作品への繊細な感受性と鑑賞者への細やかな心配りこそは、日本人が最も得意とする分野の一つであるように思われるからである。

 

※秋丸知貴「時評 ルーヴル美術館とニンテンドー3DS」『日本美術新聞』2012年7・8月号、2012年6月、日本美術新聞社、12頁より転載。

 

 

 

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美術評論家・美学者・美術史家・キュレーター。1997年多摩美術大学美術学部芸術学科卒業、1998年インターメディウム研究所アートセオリー専攻修了、2001年大阪大学大学院文学研究科文化表現論専攻美学文芸学専修修士課程修了、2009年京都芸術大学大学院芸術研究科美術史専攻博士課程単位取得満期退学、2012年京都芸術大学より博士学位(学術)授与。2013年に博士論文『ポール・セザンヌと蒸気鉄道――近代技術による視覚の変容』(晃洋書房)を出版し、2014年に同書で比較文明学会研究奨励賞(伊東俊太郎賞)受賞。2010年4月から2012年3月まで京都大学こころの未来研究センターで連携研究員として連携研究プロジェクト「近代技術的環境における心性の変容の図像解釈学的研究」の研究代表を務める。主なキュレーションに、現代京都藝苑2015「悲とアニマ——モノ学・感覚価値研究会」展(会場:北野天満宮、会期:2015年3月7日〜2015年3月14日)、現代京都藝苑2015「素材と知覚——『もの派』の根源を求めて」展(第1会場:遊狐草舎、第2会場:Impact Hub Kyoto〔虚白院 内〕、会期:2015年3月7日〜2015年3月22日)、現代京都藝苑2021「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨~」展(第1会場:両足院〔建仁寺塔頭〕、第2会場:The Terminal KYOTO、会期:2021年11月19日~2021年11月28日)、「藤井湧泉——龍花春早 猫虎懶眠」展(第1会場:高台寺、第2会場:圓徳院、第3会場:掌美術館、会期:2022年3月3日~2022年5月6日)等。2023年に高木慶子・秋丸知貴『グリーフケア・スピリチュアルケアに携わる人達へ』(クリエイツかもがわ・2023年)出版。 2010年4月-2012年3月: 京都大学こころの未来研究センター連携研究員 2011年4月-2013年3月: 京都大学地域研究統合情報センター共同研究員 2011年4月-2016年3月: 京都大学こころの未来研究センター共同研究員 2016年4月-: 滋賀医科大学非常勤講師 2017年4月-2024年3月: 上智大学グリーフケア研究所非常勤講師 2020年4月-2023年3月: 上智大学グリーフケア研究所特別研究員 2021年4月-2024年3月: 京都ノートルダム女子大学非常勤講師 2022年4月-: 京都芸術大学非常勤講師

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