アーカイヴ「時評 ピカソが中国の画家に抜かれた!?」秋丸知貴評

斉白石《松柏高立図・篆書四言聯》1946年

 

美術品市場調査大手のアートプライス社(本社パリ)の発表によると、2011年に全世界で行われた絵画競売市場の制作者別の落札総額において、歴史的に大きなランキング変動があった。中国の張大千(1899-1983)が、この14年間に13回首位を守ったスペインのパブロ・ピカソ(1881-1973)を抜き、東洋の近代画家として初めて第1位になったのである。

その張大千の年間落札総額は、約5億5453万ドル(約443億円)で、個人としての過去世界最高額も更新。第2位も、中国の斉白石(1864-1957)の約5億1057万ドル(約408億円)で、中国勢が初めて「最も売れた画家」のトップ・ツーを占めた。

続く第3位は、米国のアンディ・ウォーホル(1928-1987)の約3億2588万ドル(約260億円)で、第4位が、ピカソの約3億1469万ドル(約251億円)と、西洋勢が盛り返す。しかし、第5位は、再び中国の徐悲鴻(1894-1953)が2億3348万ドル(約186億円)で追い上げている。

上位10名で見た場合、実に6名が中国の近代画家である。

さらに、単品落札最高額においても、2011年5月22日に、斉白石の《松柏高立図・篆書四言聯》(1946年) が約5720万ドル(約45億円)で落札され、ピカソの《読書》(1932年)の3627万ドル(約29億円)を超えて、東洋の近代画家として初めて年間第1位を獲得している。絵画競売における中国近代絵画の台頭は、極めて著しい。

こうした、2011年の中国近代絵画の躍進の背景には、昨今の中国の急速な経済発展による新興富裕層の増大に加え、中国政府のバブル抑制政策の影響で、投資マネーが不動産市場から美術品市場へ流入していることが挙げられる。また、中国政府は経済効果も視野に入れて芸術振興政策に力を入れており、新興富裕層も自国の近代絵画を積極的に評価しようとする愛国心が強いことも知られている。

実際に、2011年に中国は、全世界の絵画競売取引額の40パーセント以上を占め、米国や英国を抜いて世界一の活況を呈している。また、上記の中国近代画家達の作品もほとんどが中国国内で競売に掛けられ、中国人により落札されたと見られている。

従来、西洋の一極支配が長らく続いてきた美術の世界に、東洋の存在感が大きく増すことは、世界全体の文化的発展を考えた場合には望ましいことである。しかし、もし投機目的と自国中心主義だけが中国近代絵画の高騰の原因であれば、それは本来の美的価値とは懸け離れたものであると言わねばならない。

東洋と西洋が肩を並べた今こそ、美術の本当の価値とは一体何であるかを改めて再考すべきではないだろうか?

 

【2011年絵画競売落札総額ランキング(制作者別)】

1 張大千 約443億円
2 斉白石 約408億円
3 アンディ・ウォーホル 約260億円
4 パブロ・ピカソ 約251億円
5 徐悲鴻 約186億円
6 吴冠中 約176億円
7 傅抱石 約158億円
8 ゲアハルト・リヒター 約140億円
9 フランシス・ベーコン 約103億円
10 李可染 約92億円

(参考:http://imgpublic.artprice.com/pdf/trends2011_en.pdf)

 

※秋丸知貴「時評 ピカソが中国の画家に抜かれた!?」『日本美術新聞』2012年5・6月号、2012年4月、日本美術新聞社、10頁より転載。

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評者: (AKIMARU Tomoki)

美術評論家・美学者・美術史家・キュレーター。1997年多摩美術大学美術学部芸術学科卒業、1998年インターメディウム研究所アートセオリー専攻修了、2001年大阪大学大学院文学研究科文化表現論専攻美学文芸学専修修士課程修了、2009年京都芸術大学大学院芸術研究科美術史専攻博士課程単位取得満期退学、2012年京都芸術大学より博士学位(学術)授与。2013年に博士論文『ポール・セザンヌと蒸気鉄道――近代技術による視覚の変容』(晃洋書房)を出版し、2014年に同書で比較文明学会研究奨励賞(伊東俊太郎賞)受賞。2010年4月から2012年3月まで京都大学こころの未来研究センターで連携研究員として連携研究プロジェクト「近代技術的環境における心性の変容の図像解釈学的研究」の研究代表を務める。主なキュレーションに、現代京都藝苑2015「悲とアニマ——モノ学・感覚価値研究会」展(会場:北野天満宮、会期:2015年3月7日〜2015年3月14日)、現代京都藝苑2015「素材と知覚——『もの派』の根源を求めて」展(第1会場:遊狐草舎、第2会場:Impact Hub Kyoto〔虚白院 内〕、会期:2015年3月7日〜2015年3月22日)、現代京都藝苑2021「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨~」展(第1会場:両足院〔建仁寺塔頭〕、第2会場:The Terminal KYOTO、会期:2021年11月19日~2021年11月28日)、「藤井湧泉——龍花春早 猫虎懶眠」展(第1会場:高台寺、第2会場:圓徳院、第3会場:掌美術館、会期:2022年3月3日~2022年5月6日)等。2020年4月から2023年3月まで上智大学グリーフケア研究所特別研究員。2023年に高木慶子・秋丸知貴『グリーフケア・スピリチュアルケアに携わる人達へ』(クリエイツかもがわ・2023年)出版。上智大学グリーフケア研究所、京都ノートルダム女子大学で、非常勤講師を務める。現在、鹿児島県霧島アートの森学芸員、滋賀医科大学非常勤講師、京都芸術大学非常勤講師。

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