ヨーロッパで活版印刷が発明されたのは、15世紀とされる。しかし、それ以前から書籍は存在した。それらはいったいどうやって制作されていたのか? 手で書き、そして描いていたのだ。「写本」という言葉がある。それは手で写していたことから生まれた呼び方である。
写本には職人がいた。職人は粋を極めるものである。だから、美しい書籍がたくさん生まれる。この展覧会では、そうした職人たちの粋を見ることができる。
「時祷書」は、一日のうちの定められた時間に捧げる祈りが書かれた、キリスト教の一般信徒のための本のことという。「零葉」は書籍のあるページが切り取られたものを指す。あまりにも美しいので、鑑賞して飾れるように切り取られたのである。この時祷書の絵に描かれている聖セバスティアヌスは、3世紀にローマ皇帝の迫害に遭って殉教した聖人で、宗教絵画でもよく描かれる画題である。描かれた聖人には多くの矢が刺さっており、なかなか残酷な場面のはずなのだが、この零葉はひたすら美しい。
この美しい時祷書の零葉に描かれているダヴィデ王はイスラエルの英雄だが、後年過ちを重ね、神の怒りに触れたと伝えられる。絵で描かれているのは、懺悔している場面。絵の右端には、なげうった竪琴が描かれている。青い服の一部には、高価なことで知られるラピスラズリを原料とするウルトラマリンが使われているそうだ。裕福な層の注文で制作されたと想像される。
この零葉は楽譜である。複数の歌手がこの一枚を一緒に見て聖歌を歌う。それゆえ、縦が約50cmと、かなり大きい。こうした楽譜は、活版印刷が登場した後でも、しばしば手書きで制作されていたという。現代の五線譜とは異なり、絵が楽譜の一部になっているのが印象的だ。美しい楽譜からは美しい音が出るものである。
本展でなかなか興味深かったのは、彩飾写本の制作に使っていた写字台が展示されていたことだ。15世紀のミニアチュール(彩飾写本の挿絵)を元に再現したレプリカだという。上の小さな台に原本を置き、下の台に置いた羊皮紙にまず文字を写す。文字を写すのは「写字生」、その後、絵を描くのは「彩飾画家」の仕事だった。腕の立つ職人たちが膨大な手間をかけて写した後、紐で綴じ、木の表紙をつけ、布や革で覆って留め金をつけて製本が完成という段取りだ。
※掲載した写真はすべて、筆者がプレス内覧会で主催者の許可を得て撮影したものです。
※本記事は、ラクガキストつあおのアートノートから転載したものです。
【展覧会情報】
展覧会名:本と絵画の800年 吉野石膏所蔵の貴重書と絵画コレクション
会場名:練馬区立美術館(東京・中村橋)
会期:2023.02.26(日)~ 2023.04.16(日)
公式ウェブサイト:https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=202210231666500052