えも言われぬほど美しい音楽を奏でていた古代中国の楽器を愛でる【泉屋博古館東京】

先日、鐘が楽器であることがよくわかる遺物の展示に巡り合った。東京・六本木の泉屋博古館東京で開かれている「不変/普遍の造形 住友コレクション中国青銅器名品選」という企画展だ。会場で目にしたのは、大きさが少しずつ違う12個の鐘(※)がずらりと並んだ《ひょう羌鐘(ひょうきょうしょう)》という出品物だった。

※「鐘」は中国美術史では「しょう」と読むとのこと。
※本記事では、作品名の中でネット上では表せない漢字の一部をひらがなで表記しています。

《ひょう羌鐘》 中国・戦国時代後期(紀元前5世紀) 青銅器 泉屋博古館(京都)蔵 展示風景

展覧会名からも分かる通り《ひょう羌鐘》は青銅器製で、中国の戦国時代前期、紀元前5世紀頃の遺物である。現在の河南省洛陽市近郊から出土したもので、本来は14器のセットだったそうだ。こうしたセットの鐘は、美術史上では「編鐘」と呼ばれている。《ひょう羌鐘》の残りの2器は、カナダのロイヤルオンタリオ博物館が所蔵しているという。

少しずつ大きさが異なる12個の鐘が一直線に並んだ姿は、流麗ささえ感じさせる美しさを持つ。段階的な大きさの違い自体が、これらの鐘がセットで使われていたことを印象づける。コの字型の専用台の上部分の棒にすべての鐘を吊るし、撥(ばち)でたたいて音を出していたという。

この展示を見て、これらの鐘から出る音が音階を奏でることを想像する人は多いのではないだろうか。その推測はおそらく正しく、編鐘の存在は、当時の中国にすでに音階があったことを物語っている。

音階があるということは、固定した音程で構成された楽曲が存在したということでもある。楽譜や録音技術が生まれる前の音楽は、とにかく後の時代に残りにくい。その点で、鐘の存在は極めて貴重だ。音階によって、当時演奏された音楽の特徴の推論の可能性が広がるからだ。

楽器としての研究も進んでいる。1982年に発行された『泉屋博古館紀要第3巻』には、高橋準二氏(大阪音楽大学教授=当時)らによる《ひょう羌鐘》の音程の測定結果および関連の論考が掲載されている。驚いたのは、その結果からわかった音階が西洋音楽のドレミファソラシドに極めて近かったことである。一つの鐘からは、たたく場所を変えることで2種類の音程が出る。測定結果では最低音が202.41ヘルツ、最高音が1480.1ヘルツ。カナダにある2つの鐘が持つ音程の測定結果が加わると範囲は変わりうるが、3オクターヴ近くの範囲の音が出ていたことがわかる。

さて、このドレミファソラシドを、普通の音階だと思うのは早計だ。7音を基本とする音階は西洋音楽では当たり前だが、世界には、例えばドレミソラなどの5音で構成された音階が多く存在している。西洋音楽の音階における7音は、周波数の整数比をもとにして成立した「ピタゴラス音律」に基づくと考えられる。古代中国の《ひょう羌鐘》がピタゴラス音律に近い7音を持っていたというのは、なかなか画期的なことなのではないだろうか。

高橋氏らによる音程の測定は温度や経年劣化による誤差に関する考察を加えた音響工学的な研究に基づくもので、ちょうど1オクターヴ違いの音程が測定されたことなどから、精度の高い設計や素材を削ることによる調律がこの時代にすでに行われていたと推論している。

さすがに展覧会場で提示物をたたいて音を出すことはできないのだが、動画サイトに上がっている、同種の鐘の実物を実際に鳴らした映像を紹介しておきたい。中国のテレビ局CCTV(中国中央電視台)が制作した番組だ。7分20秒、8分30秒辺りで、実際に出る音を味わい、音階を聞くことができる。

https://www.youtube.com/watch?v=WbqE_aXUP9g

映像で紹介されているのは、2010年12月に中国湖北省の曾侯乙墓で出土した大量の青銅器の中にあった編鐘だ。泉屋博古館東京の展覧会で展示している《ひょう羌鐘》よりもやや古く、西周時代(紀元前1100年頃〜紀元前771年)の遺物という。泉屋博古館学芸員の山本堯さんによると、中国では「音楽考古学」というジャンルが存在しており、この映像はその成果の披露の一端と見られる。「曾侯乙墓では編鐘が台にかかった状態のまま出土された」(山本さん)という。また、こうした編鐘の銘文の中には「この鐘を演奏して祖先の神々を楽しませよ」と書かかれているものもあり、祭祀の場で演奏されたと考えられているそうだ。

この映像で何よりも素晴らしさを感じたのは、出てくる音の美しさである。えも言われぬほど美しい音楽が奏でられていたことが想像できる。そして、8分30秒辺りの映像を見ると、ピタゴラス音律と極めて近似した音階が成立していることがよくわかる。現在の西洋音楽の音階の7音とは異なり、ドレミファソラシドの「シ」が半音低い「シのフラット」になっている点まで一致しているのだ(上記の映像では「ソラシドレミファソ」と表現されていた)。ただし、影響関係があるとは想像しがたく、人間が聞く音程を合理的に模索した結果の一致と見るべきだろう。

会場にはほかにも、数種類の楽器が展示されていた。その姿を見て中国古代の音楽に思いを馳せるのは、遺物の形の鑑賞とはまた一味違った楽しみを与えてくれる。

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《虎はく》 西周前期(紀元前11世紀) 高さ43.9cm  泉屋博古館(京都)蔵 展示風景  釣り鐘の一種で、鐘と同じく複数個を組み合わせることが多いという

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《蟠ち文鉦(ばんちもんしょう)》 春秋時代末期〜戦国時代前期(紀元前5世紀) 高さ31.3cm 泉屋博古館(京都)蔵 展示風景  カウベルのように単体で手に持って演奏するタイプの楽器。

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《き神鼓》 殷後期(紀元前12〜紀元前11世紀) 高さ82cm 泉屋博古館(京都)蔵 展示風景  太鼓を模した青銅器。世界に2例しか作例が知られていないという。『山海経(せんがいきょう)』という書物には、黄帝が「き」という怪物の皮で太鼓を作らせたところ、その音は500里先まで聞こえたとあることに由来する命名か、という。胴の真ん中にしつらえられた顔が印象的だ。

※掲載した写真はプレス内覧会で主催者の許可を得て筆者が撮影したものです。
※本記事は、ラクガキストつあおのアートノートから転載したものです。

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◎展覧会情報
展覧会名:泉屋博古館東京リニューアルオープン記念展Ⅳ 不変/普遍の造形 住友コレクション中国青銅器名品選
会場:泉屋博古館東京(東京・六本木)
会期:2023年1月14日〜2023年2月26日
公式ウェブサイト:https://sen-oku.or.jp/program/20230114_timelessanduniversal/

◎主要参考文献
山本堯『太古の奇想と超絶技巧 中国青銅器入門 (新潮社「とんぼの本」)
『楽器』(1982年、泉屋博古館)
『泉屋博古館紀要』第3巻(1982年、泉屋博古館)

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評者: (OGAWA Atsuo)

1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩美術大学芸術学科教授。「芸術と経済」「音楽と美術」などの授業を担当。国際美術評論家連盟(aica)会員。一般社団法人Music Dialogue理事。
日本経済新聞本紙、NIKKEI Financial、ONTOMO、論座など多くの媒体に記事を執筆。和樂webでは、アートライターの菊池麻衣子さんと結成したアートトークユニット「浮世離れマスターズ」で対話記事を収録。多摩美術大学で発行しているアート誌「Whooops!」の編集長を務めている。これまでの主な執筆記事は「パウル・クレー 色彩と線の交響楽」(日本経済新聞)、「絵になった音楽」(同)、「ヴァイオリンの神秘」(同)、「神坂雪佳の風流」(同)「画鬼、河鍋暁斎」(同)、「藤田嗣治の技法解明 乳白色の美生んだタルク」(同)など。著書に『美術の経済』(インプレス)。
余技: iPadによる落書き(「ラクガキスト」を名乗っている)、ヴァイオリン演奏(「日曜ヴァイオリニスト」を名乗っている)、太極拳
好きな言葉:神は細部に宿り給う
好きな食べ物:桃と早生みかんとパンケーキ

https://note.com/tsuao/m/m930b2db68962

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