今日のアートが担うサステナビリティ

表現からプラットフォームへ

アートには、デザインのように機能や効果を求めることができるのだろうか? 2019年5月から11月にかけて開催された国際美術展ヴェネツィア・ビエンナーレのステイトメントでは、「アートは、世界のさまざまな場所でナショナリズム運動や権威主義的な政治の台頭を食い止めることはできないし、世界中の難民の悲劇的な運命を緩和することはできない…しかし、間接的な仕方では、アートは「数奇な時代(不確実な時代、危機の時代、混迷の時代)」の生き方や考え方の案内役になるかもしれない。」*1 と唱われている。

歴史的には、市民革命以降に誕生した美術館が社会的に機能するようになって以来、アートは、礼拝堂の崇拝対象や宮殿を装飾するための表象物から、美術館やギャラリーの中における純粋な審美的鑑賞のための対象物となって久しい。しかし、この数年ほどに至ってにわかに、このような純粋な審美的なオブジェクトへの関心から、私たちのさまざまな現実にたいして担うことができる可能性が問われる(期待される)時代になったのではないか、と思われる。

現在、最も世界的な影響力をもつキュレーターの一人、ニコラ・ブリオーは、アートとは、「私たちが生きている世界を理解するためのツール」であり、とりわけ、「かたちを通じた感性的な認識によって私たちが生きている世界を感知する方法だ」*2 と言っている。アートは、いまや個人による鑑賞体験を満喫させるだけでは事足りなくなったのだ。アートには、個々人の認識する世界を再構築し、人々の生に変化を与えることに関わることが求められている。たとえ、それが小さな規模であってもだ。*3 これが、まさに現在、アートに期待される機能と効果なのである。

さて、そのようなアートが現在もっとも関心を向けるテーマとは何だろうか。言うまでもなく、それは気候変動によるエコロジーの危機である。特に、この60年ほどの間に、人間の営みが地球に対してかつてない影響を及ぼすようになった新たな時代に突入したことが認識されるようになった。アートは、こうした状況に対して自律的にそのイメージや象徴的な物語を形成することによって、見る者の世界に対する認識や理解の変容を迫るのである。

この新たな区分は、地質学者らによって、「人新世(Anthropocene)」*4 と呼ばれている。一言で言えば、人間の新しい時代(人新世・アントロポセン)という意味であるが、地質学のみならず、生物学、科学、社会学、哲学など多くの学問領域を超えて、その地質年代が示す人類と地球の未来について盛んに議論がなされるようになった。ここで、共通して認識されていることは、人間と自然環境との関係性の変化であろう。「もつれ合い」というキーワードのもとに、鉱物、植物、動物、その他の自然環境、そして人間の作り出した人工物までが、人間と同等に扱われ、それらは個々に複雑なネットワークの中で絡まり合っている。従来、西欧近代の世界観において人間は、自然と対峙する存在であり、自然は畏怖すべきものであるか、あるいは反対にテクノロジーによる制御の対象であった。しかし、「人新世」による新しい世界観では、こうした人間と自然環境との区分は意味を失い、非人間的なもの(人工物を含めた人間以外の自然環境にあるもののすべて)が従来の人間と等しい主体性を得て人間と関係し合うのである。

こうした世界観を感性的に認知し、それらに応じたイメージをつくり上げるアートが登場するようになった。「アントロポセン」とそれらに対する思想や哲学を意識したアートである。こうしたアートの傾向は、同じくブリオーによってキュレーションされた2014年の台北ビエンナーレ「The Great Acceleration」によって顕著になった。出展された韓国のアーティスト、ヘゲ・ヤン(Haegue Yang)の作品《Female Natives》と《Medicine Men》は、植物、鉱物、産業によるプラスティックなどの人工物が複雑に絡み合ったハイブリッドのオブジェによって構成されている。まさに、「人新世」による新しい世界観の表象である。この世界観では、私たちが生きるこの地球において人間が共存しなければならないあらゆるものが人間と同格に主体を認められ、しかもそれらは複雑なネットワークの中で作用し合っているのだ。こうしたアートは、そのような新たな世界観を我々に感性的に認知させ、そうした世界の中で生きるすべを我々に考えさせる機会をもたらしてくれるものと言えるだろう。

デンマーク生まれの世界的なアーティスト、オラファー・エリアソンは、地質学者とともに温暖化により溶け出しているグリーンランドの氷塊を運び出し、COPの開催期間に合わせてパリやロンドン、コペンハーゲンの街中に展示する「アイス・ウオッチ(Ice Watch)」プロジェクトを行っている。端的に言えば、訪れる人が氷が解けていく様子を体感することで、気候変動がもたらす地球規模の影響を実感するというアート作品だ。作品を眼にする人々は、巨大な氷を美しいと感じて近づき、触ってみることでその実際の冷たさを感じ、氷が解けていく破裂音を聞く。こうした身体的で感性的な体験は、見る人に遠くの北極や南極で起きていることをイメージさせ、実感させるのである。これが、冒頭にも触れたブリオーが説明するような世界認識のツールとしてのアートの作用であり、今日のアートに期待される機能なのであろう。

今日のアートは、私たちが生きる複雑な現実に対して新たな認識を促し、もはや単純に美しさや凄さ、素晴らしさを感じるだけの鑑賞対象ではなくなった。すべての人々にとってのむき出しの生に関わる社会的・政治的な空間へと介入し、そこに関わる人々の未来への変化を誘発しようとする。こうしたアートと私たちの関わり合いの変化は、現在の私たちの生活にどのような影響をもたらすのだろうか。今日のアートの新しい方法は、私たち一人ひとりが生きていくうえでの有益な考えや生産的なつながりを導くためのプラットフォームとなったのである。


  1. キュレーター、ラルフ・ロゴフのステイトメントを参照。May You Live in Interesting Times, https://universes.art/en/venice-biennale/2019/may-you-live-in-interesting-times
  2. ニコラ・ブリオーによる以下のレクチャーを参照。Leeum 10th Anniversary Lecture – Nicolas Bourriaud:The Exform, https://www.youtube.com/watch?v=vWt-lr1g730&t=231s
  3. パフォーマンス・アーティスト、タニア・ブルゲラによる「アルテ・ウティル(有用芸術・Useful Art)」についてのステイトメントを参照。https://www.taniabruguera.com/cms/files/2011-_tania_useful_art_presentation.pdf
  4. 最終氷河期が終ることで始まった「完新世(Holocene)」が終わり、人類の活動が地球のさまざまなシステムを変えて地表にまで変化を与え始めた新しい地質年代に突入したことを表す用語。「人新世(Anthropocene)」は、正式に「完新世」に続く新しい地質年代として定められてはいないが、他領域にわたる専門家たちによって、この変化の要因が他でもない私たち人間にあるという理解は一貫して共通している。
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評者: (ITO Kenichiro)

初期モダニズムの美術批評研究、今日のアート・セオリー、キュレーション・セオリーから分野横断的なアート・カタリスト的活動に関心を寄せる。
学習院大学文学部哲学科美学美術史専攻卒業。同年、株式会社 資生堂入社。インターメディウム研究所アート・セオリー専攻修了。資生堂企業文化部へ配属後、資生堂企業資料館、資生堂ギャラリーの学芸員を経て、現在、資生堂アートハウス勤務。

His interests range from early modernist art criticism research, today's art theory, curatorial theory to cross-disciplinary art catalyst activities.
He graduated from Gakushuin University with a degree in Aesthetics and Art History, Faculty of Letters. He joined Shiseido Co., Ltd. Completed Inter-medium Institute Art Theory major. After assigned to Shiseido Corporate Culture Department, he worked as a curator at the Shiseido Corporate Museum and the Shiseido Gallery, and currently works at the Shiseido Art House.

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