まちを育む近・現代の建築保存活用の多様性と可能性「吉田鋼市『現代建築保存活用見て歩き』王国社・2021年」三木学評

まちを育む近・現代の建築保存活用の多様性と可能性

もう近代建築もブームになってずいぶん経つのではないだろうか?僕たちも2004年から、岩田雅希(現・BMCメンバー)さんを呼びかけ人とし、大阪の近代建築の利活用に関する有志団体「大オオサカまち基盤(大バン)」を立ち上げ、当時景気の回復から大阪市内の近代建築が解体されつつあることを憂い、利活用を促して、できれば使い続けてもらおうという試みを行っていた。当時の大阪の近代建築は、建築史の穴のような状況で、継続して調査している研究者がいなくなっていた。だから多くの近代建築が残っているにも関わらず、光が当たっていない状況だった。1980年代後半に、海野弘さんが『モダン・シティふたたび―1920年代の大阪へ』(創元社、1987年)という近代大阪(いわゆる大大阪)を残された建築から眺めていく伝説的な本を出版したことがあったが、それ以降はあまり取り上げられてこなかったかもしれない。

それで僕たちは、オーナーたちと掛け合い、様々な近代建築で利活用のモデルとなるようなイベントをすることになる。それが功を奏したのか、多くの新聞やメディアに取り上げられ、近代建築が少しずつブームになっていった。その一つの成果として、大バンの顧問をお願いしていた、橋爪紳也さんに監修に入っていただき、高岡伸一(現・近畿大学准教授)さんと一緒に編著したのが『大大阪モダン建築』(青幻舎、2007年)である。その際には、相談役的役割であった、大阪市歴史博物館の故・酒井一光さんにもコラムを2本執筆していただいた。その後、東京から建築史家の倉方俊輔さんが大阪市立大学准教授として着任し、大阪の建築史的な文脈が補強されていくことになる。さらに、橋爪さんと高岡さん、倉方さんらが中心となって、「生きた建築」というコンセプトで、大阪市内の近代建築から現代建築まで、大阪が誇れる建築を選んでいき、街全体を建築ミュージアムにする、という「生きた建築ミュージアム」が大阪市の事業として推進されていった。毎年秋には、「オープン・ハウス・ロンドン」を参考に、建築一斉公開イベント、「生きた建築ミュージアム・フェスティバル(イケフェス)」が開催され、大阪市の事業終了後も大阪の秋の風物詩として民間の資金で継続されている。

僕はすでに大阪の建築利活用の動きの中にいないが、2000年代初頭のことを思えば隔世の感がある。近代建築の愛好家は非常に増え、当時真新しかった言葉である「リノベーション」された近代建築が街のあちらこちらにある。もはや第一線で活躍する日本の建築家にとっても、近代建築のリノベーションは主要な仕事でもある。そういう意味では、日本もスクラップ&ビルドの時代が過ぎ、景観規制の多いヨーロッパと状況が近づいているのかもしれない。

大バン活動時に、大いに刺激を受けたのが、吉田鋼市(当時・横浜国立大学教授)さんの『アール・デコの建築』(中公新書、2005年)である。そこにはアメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの相当な数の都市に「アール・デコ・ソサエアティ」というにアール・デコ建築の愛好者団体があることが記載されており、自分達の活動が世界的な潮流と連動していることを知った。マイアミのアール・デコ建築の愛好家は、MDPL(Miami Design Preservation League)というアール・デコ建築の保存のためのNPOをつくっており、建築関係者に限らず、普通の市民を含んでいて多彩であると記されていることも共感が持てた。大バンのメンバーも建築関係者だけではなく、様々な業種の人々がいたからだ。彼らは同時に、アール・デコ建築の情報交換のための国際的集まり「ワールド・コングレス・オン・アール・デコ」を1991年から隔年、各地で開催しているとのことで、将来的には我々もその仲間になるのではないかと思ったものだ。

吉田さんは、「アール・デコの建築は表面が陶器の建築ともいいうる」[i]と述べ、さらにライトの影響と焼き物の国でもあるため、「関東大震災後の日本では、コンクリートの表面にスクラッチタイル(表面に平行に引かれたと浅い溝があるタイル)やテラコッタを張った建物が盛んに建てられたが、それらはみなアール・デコの建築ともいいうる」[ii]と、非常に大きく建築の流れを捉えており、文章も読みやすく、瑞々しい文体で描かれおり面白かった。スクラッチタイルとテラコッタは、当時の大阪の近代建築には多数見つけることができたので、まさに大阪はアール・デコシティなのではないかと思えた。

建築家の書く文章というのは、往々にして固くなりがちだが、建築史家の中でも、藤森照信さんと吉田鋼市さんの文章は、別格といってよいほど文体が柔らかく、上手い。特にアール・デコに関しては吉田さんは圧倒的な知識量があり、国内で右に出る人はいないだろう。吉田さんの本を読むにつれ、大阪の近代建築は、大半はアール・デコ建築ではないかと思うようになった。それで北川フラムさんをディレクターとした、「大阪・アート・カレイドスコープ」という芸術祭のプログラムの一環として、吉田さんを呼んで、大阪の建築を見て回っていただき、高岡さんと一緒に感想を聞こうということになった。そうしたらやはり、吉田さんもこれほど大阪にアール・デコ建築が残っているとは知らず、驚いたとおっしゃっていた。その後、吉田さんの知識と文体と、近代建築、アール・デコブームが相まって、たくさんの一般向けの本を出版されるようになった。時々、僕たちや大阪の近代建築のこともふれていただき、嬉しく思っていた。

前置きはずいぶん長くなったが、『現代建築保存活用見て歩き』(王国社、2021年)は、近・現代建築がどのように保存活用されているか吉田さんが全国26か所を見て歩いて、建築の保存・活用方法について書いたエッセイである。王国社のウェブサイトの連載をまとめたもので、特に2010年以降の活用例を中心に紹介されている。

大阪は大丸心斎橋店本館、ダイビル本館、ミライザ大阪と3件、京都は京都市京セラ美術館、新風館、ザ・ホテル清龍 京都清水、立誠ガーデンヒューリック京都、京都国際マンガミュージアムと5件あり、関西の建築を多く取り上げているのも嬉しい。見たことのない建築はさすがに自分が見た感想との比較が難しい。ダイビル本館などは、本当は解体される予定であり、専門家だけではない大阪の近代建築に対する愛好者の広がりが、一部保存につながったといえる。それ以外にも、建築保存の意識や耐震技術の向上もあり、様々な用途と、保存活用が試みられているのが確認できる。もちろん、全部がアール・デコというわけではないが、1920年代から30年代に建てられた建築が多く、戦後のモダニズム建築に関しても鉄筋コンクリート造の保存が抱える課題は共通の部分がある。

実は、『アール・デコの建築』の最後の章では、保存について語られている。当時、戦前の近代建築が、文化財に指定されたり、景観の構成要素として保存の対象になってきており、その主流となるのがアール・デコの建築だったからだ。ただし、そこには困難もあると指摘されている。近代建築は都会にあり、経済効率や収益性が問題となるため、博物館的な形で残すわけにはいかず、用途を見つけて使い続けないといけないこと。アール・デコの建築は鉄筋コンクリート造のため、部材を組みなおしたり、移築することができず、その場で補修したり、設備を現在のものに変えなければいけないことなどである。また、ファサード保存、いわゆる「腰巻保存」と言われる、外観だけ残して、内部を高層化するなどの処理がされることがあるが、それは書割的であり、テーマパーク的、フェイクというように批判される場合もある。

さらに、建築のオーセンシティー(本物性)を維持するための保存について論じられていくのだが、それ以前の建築に関するオーセンシティーの要求に適うのが難しい鉄筋コンクリート造の建物の保存は現在模索されており過渡期であると述べられている。そして、「歴史的な建物の保存とは、あるべき姿を求めて行われるきわめて創造的なしかも集団的な営為である。しかも、対象はもともとは個人の持ち物であったかもしれないが、多くの人の記憶の中に刻み込まれ、半ば風景としたかけがいのない存在であるから、その行為には慎重さが要求され、多くの人の知恵が集められるべきだろう。まず過去と時間を経てきたものに対する敬意が必要であろう。その上で、耐久性、安全性、機能性そして経済性が考慮されるべきであろう。今日、歴史的なものと経済性・機能性は必ずしも相反するものではなくなってきているし、耐久性・安全性を保障する技術は大きく発展しているから、問われるのは社会の意識ということになる」[iii]と締めくくられている。

そのような課題として挙げられていたアール・デコの建築、近・現代の建築の保存活用の答え合わせのような本が、『現代建築保存活用見て歩き』と言ってもいいかもしれない。

とはいえ、まえがきには、「長い時間を経た建物への介入の仕方は様々であり、現状への介入度がゼロに近いメンテナンス(維持)と、全的な介入のデストラクション(破壊)の間にいくつかのレベルがある」[iv]と述べ、「あちこち見て回ったわけだが、現実の保存活用方法といっても様々であり、唯一絶対の解答というものはない」[v]としている。

私が社史を編集した堂島ビルヂングにも触れていただき、「長い時間を経たものはそれだけ信頼に足るものとなるし、さらに時間が最大の創造者でもある」「時間に経緯を払って保存活用された建物には、残された部分と新たに加えられた部分との対話・葛藤・和解のドラマが見られ、時間が加えた魅力に、さらに新たな人間的なドラマが加わる。時間と歴史に学びつつ、自らの主張もするという緊張感をはらんだコラボレーションが加わる」[vi]と、時間と人間の協働性こそが建築の保存活用について見るポイントであると指摘されている。

このポイントを把握しておくと、どのようなところに時間を経た価値と、新たなドラマがあるか参考になるだろう。気になったのは、観光やインバウンドの高まりと共に、集客施設として再生された建物が、コロナ禍によるパラダイム転換によってどうなってくかだ。グローバリズムによって国際的な資本が入ることで、歴史的な建造物にも大きな影響が出るが、「各地の人材と知恵が育つことをひたすら願っている」[vii]という吉田さんの言葉には心に響くものがある。結局のところ、移築ができない建築は土地を離れることができないから、住んでいる人の意識が育つことが、建築や街を育てることになるのだと改めて思わされた。

 

[i] 吉田鋼市『アール・デコの建築 合理性と官能性の造形』中公新書、2005年、p.34.

[ii] 同書、同頁.

[iii] 同書、166頁.

[iv] 吉田鋼市『現代建築保存活用見て歩き』王国社、2021年、p.7.

[v] 同書、p.9.

[vi] 同書、p.10.

[vii] 同書、p.220.

参考図書

 

三木 学
評者: (MIKI Manabu)

文筆家、編集者、色彩研究者、ソフトウェアプランナーほか。
独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行なっている。
共編著に『大大阪モダン建築』(2007)『フランスの色景』(2014)、『新・大阪モダン建築』(2019、すべて青幻舎)、『キュラトリアル・ターン』(昭和堂、2020)など。展示・キュレーションに「アーティストの虹─色景」『あいちトリエンナーレ2016』(愛知県美術館、2016)、「ニュー・ファンタスマゴリア」(京都芸術センター、2017)など。ソフトウェア企画に、『Feelimage Analyzer』(ビバコンピュータ株式会社、マイクロソフト・イノベーションアワード2008、IPAソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー2009受賞)、『PhotoMusic』(クラウド・テン株式会社)、『mupic』(株式会社ディーバ)など。
美術評論家連盟会員、日本色彩学会会員。

Manabu Miki is a writer, editor, researcher, and software planner. Through his unique research into image and colour, he has worked in writing and editing within and across genres such as contemporary art, architecture, photography and music, while creating exhibitions and developing software.
His co-edited books include ”Dai-Osaka Modern Architecture ”(2007, Seigensha), ”Colorscape de France”(2014, Seigensha), ”Modern Architecture in Osaka 1945-1973” (2019, Seigensha) and ”Reimaging Curation” (2020, Showado). His recent exhibitions and curatorial projects include “A Rainbow of Artists: The Aichi Triennale Colorscape”, Aichi Triennale 2016 (Aichi Prefectural Museum of Art, 2016) and “New Phantasmagoria” (Kyoto Art Center, 2017). His software projects include ”Feelimage Analyzer ”(VIVA Computer Inc., Microsoft Innovation Award 2008, IPA Software Product of the Year 2009), ”PhotoMusic ”(Cloud10 Corporation), and ”mupic” (DIVA Co., Ltd.).
http://geishikiken.info/

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