光りから始まったカラー写真
先日、ソール・ライターの展覧会「永遠のソール・ライター」をJR京都駅に併設されている美術館「えき」KYOTOに見に行った。ソール・ライターが数年前からブームと言われるくらい人気が出ていたのももちろん知っていたのだが、何度か行われた展覧会を見逃していた。今回、なんとか行こうと思ったのも、スライドショーがあると聞いたからである。
ソール・ライターはほとんど無名の写真家であったが、2006年、ドイツのシュタイデル社から写真集『EarlyColor』が出版されたことにより、カラー写真の黎明期に驚くべき美意識を完成させていた写真家として一躍有名となった。日本では2017年にBunkamura ザ・ミュージアムで初回顧展が開催されブームとなっていく。そして、インスタグラムの隆盛とも重なったこともあり、スマホでソール・ライター風の写真を撮る人たちが多数現れるという現象が起こった。
日本の浮世絵を思わせる、大きく画面を遮る物体、大胆な構図、斜め上空からの視点、窓越し、雪や雨などの季節の変化、鏡やガラスの反射などが多用されており、日本人にとっても共感が得られる作風だったということも大きいだろう。スマホによって、すべての人が写真家になった現在、なかば芸術的写真のお手本のようになったといえるかもしれない。
ソール・ライターは、画家を志し、抽象表現主義風の絵画を描いていたが、それだけでは生計を立てられず、写真家としても活動するようになる。『ライフ』誌にエッセイ「The Wedding as a Funeral」が掲載されたり、ニューヨーク近代美術館の「Always the Young Strangers」展に選ばれたりしており、芸術写真家として知られていった。その後、『ハーパーズ・バザー』『エル』『ショウ』『ヴォーグ(英国版)』『クイーン』『ノヴァ』などのファッション誌で活躍する。しかし、1981年にはニューヨークのスタジオを閉じ、それ以来、まさに、忘れられた存在だった。
ただ、「なぜ、何が、忘れられたか」が問題である。忘れられた要因の一つに、カラー写真の黎明において、カラー写真はその品質の安定性の問題もあり、芸術写真として認められていなかったことがある。カラー写真が「ニュー・カラー」として芸術写真の仲間入りをするのは1970年代である。ニューヨーク近代美術館の写真ディレクターは、エドワード・スタイケンからジョン・シャーコフスキーに代わり、1976年にウィリアム・エグルストンの個展が開催されている。
ソール・ライターの一瞬のうちに色のコンポジションを捉える感性と技術は、ファッション誌おいて活かされた。しかし、大量に撮影されたポジフィルムはほとんど日の目を見ることなく残されていた。当時、カラー写真はフィルムも高価であるし、現像も高価であったので、プリントされることはなく、雑誌用に印刷されるか、ライトボックスで見るか、大きくしたい場合はスライドショーで楽しまれていたのである。つまり、カラー写真の最初は、紙ではなく、光であったということだ。それは、写真機の発明以前において、カメラ・ルシーダなどの画家の補助器具が、当然ながら印画できないので、光として、色付きの映像として見られていたことを想起させる。
実際、1950年代後半には、ニューヨークのアートスペース「ザ・クラブ」において、カラー写真によるスライド・トークショーを開催しているし、1957年にはエドワード・スタイケンが「Experimental Photography in Color」において、ライターのカラー写真20点をスライドで紹介している。
すなわち、スライドショーがラー写真の最初の鑑賞方法であったということである。今回、デジタルプロジェクターではあるがスライドショーが行われており(アナログのスライド・プロジェクターのように回転する音を入れて)、ライターがどのように撮影された写真を見ていたか体験することができた。それは彼の視線と動線の内側から色のコンポジションなぞるような鑑賞方法であり、明らかにプリントされた写真とは異なる質を伴っていた。
ブレッソンがその完璧な構図の『決定的瞬間』を可能にしたのは、彼が画家出身で大量の構図のリファレンスがイメージの中に入っており、外界と照合された瞬間に、シャッターが押されていたからである。その理屈は、はカラー写真においても可能ではあると思うが、非常に高度なので、「お手本」となるような人物はいないと思っていたが、ソール・ライターはまさにブレッソンがモノクロで成し遂げたことを、カラーで実現しており、さらに、ブレッソンよりももっとさりげなく、日常の風景を切り抜くことに成功していることを改めて感じた。それはウィリアム・エグルストンよりももっと洗練されていると思える。
このように、写真史において幾つもの忘れられたものが、何十年も経て「現像」されるようなことが起こるのが、写真のもっとも面白いところであると思う。カラー写真が光から始まったということは、いくら強調してもし過ぎることはないだろう。
初出『shadowtimesβ』2021年4月3日掲載