静岡県掛川市北部に位置する原泉地区で活動する原泉アート・プロジェクト。同プロジェクトが運営する「原泉アートデイズ!」が今月10月14日(木)から始まった。2018年3月に始動し、早くも4年目を迎えるアート・イベントだ。今年も国内外12組のアーティストたちが原泉地区に滞在し制作した作品が展示されている。美しい自然景観と多様な生態系が残る中山間地域で、アーティスト・イン・レジデンス(以下、AIR)にフォーカスした活動である。プロジェクトの立ち上げ以来、ディレクターを務める羽鳥祐子氏に、この地ならではのAIRについてメール・インタビューを行った。前後編の2回にわたってお送りする。
原泉アートデイズ! 2021 ~相互作用~
会期:2021年10月14日(木)—11月28日(日)/月・火・水休業
会場:掛川市北部原泉地区
―この原泉地区でアート・プロジェクトを始めることにつながったきっかけは何だったのでしょう?
羽鳥祐子(以下 羽鳥): まずこの地にアトリエと絵画教室を構える現代美術家の中瀬千恵子(現76歳)との出会いがあります。彼女の作品に感銘を受けました。彼女は、以前にマケドニアで滞在制作をしていた時に、世界中のアーティストたちと交流して刺激を受け、その地域の人々に美味しいものをふるまってもらいホスピタリティに触れるといった現地の経験があり、それがとても楽しく心から充実したもので、彼女の作品の方向性が変化するきっかけになったと聞きました。この原泉の風景もそのマケドニアの場所とよく似ているそうで、ここにも、アーティストたちが集まる、そういう場をいつか作りたい、そういう話でした。私自身もそうしたヴィジョンを容易に描くことができ、すぐにこれは実現可能ではないかと思えたんです。
初年度のアーティスト滞在中の様子
左からアメリカ、日本、台湾からのアーティスト
右が中瀬千恵子
―原泉が他のアート・イベントやプロジェクトと決定的に異なるものは何でしょう?
羽鳥: 特に、中山間地域で行われている他のアート・プロジェクトの取組みと比べると、ここには、まちづくりや地域活性化の要素を意識的に取り除いてアートの価値を確認したり議論したり、作品制作に徹底的に集中したり、アートと真剣に向き合える純粋な場を重視している点があります。また、アートだけでなく、それらの活動を通して、持続可能性の本質(生きるということそのものの)やアート・コミュニティの持続性についても、そもそもから考えられるような機会を創出していると思います。地域を蔑ろにしているということではなく、むしろ、最大のリスペクトの気持ちを抱きながら、私たちはアート活動に勤しんでいます。
―そうした活動を通じて…、これからのアートにとって、あるいはこれからのアートを切り開くアーティストにとって、なかんずく必要だと思われる要素は何だと考えますか?
羽鳥: それは一言で言うと「余白」だと思います。都市生活者でありながらアーティストとしてあり続けるには、経済システムや法的な制度がかなり邪魔をしてしまう、また、外部のノイズは情報収集や刺激などの良い効果を与えるいっぽうで、それ以前にそもそも社会的な「生きものとして生きる」ということが削がれてしまうのです。まさに、「余白」、あるいは遊びの時間・空間は、未知でもあるのですが、あるものを破壊してから創造するのでなく、一度、情報や物質から切り離し、無垢に創造することから始めることを可能としたいのです。
―原泉には、日本各地のみならず、海外からもアーティストが集まり滞在していますが、原泉の活動にかれらが惹かれるのは、どんな理由があると考えますか。
羽鳥: 実際に、アーティストが言うには、自然との相互作用を享受でき、何よりも自然を間近に感じられそうという声があります。それはまた私自身の興味でもありました。そして、アーティストを招聘し、レジデンスを始めてみると、実際にその通りでした。
海外アーティストのCeleste Amparo Pfau(右)の滞在中の実験的なパフォーマンスの様子
左はサポーター。お面は、同年参加アーティストの星雅治のよる
なかには、2度、3度と繰り返し足を運んでくれるアーティストもいます。かれらからすると、ここでの生活は日常の忙しい生活と異なるオペレーションになるので、アーティストとしての自分自身に集中できるのがよいということでした。しかしいっぽうで、この原泉での制作は、誰かと一緒に飲食を共にし、会話する、とくに不思議とお世辞ではない本音のトークもできる、ある種のコミュニティに参加するということ。そこには、アーティストが中心となったコミュニティではあっても、そこにある生活は、まさに私たちが日常を生きるプロセスと同じだと思うのです。また、コミュニティのサイズ感と人の入れ替わりや行き来が生みだす循環が心地よいそうで、その規模感からお互いのコミュニケーションが取り易く、地域の人々も含め新しい人との出会いがあり、さまざまな情報が得やすい環境が生まれています。
そのなかは、お互いに緩い関係性で、いつも何かしらで誰かが機能しているような活発さがあります。コミュニティだけでなく、アーティストも驚くほどいつも動き回っています。例えば、滞在先の共同スペースを含め、掃除するのは、サポーターや主催者だけではなく、アーティストの仕事でもあるんです。こうした日常を生きるために協同性を保つことは、人間として尊重し合い、コミュニティの循環を保つことにもつながり、私たちが特に大事にしたいと思っている点です。
原泉アートデイズ!内でのパフォーマンスの様子(安藝悟)
―アーティストにとっては、国内にもいくつもの芸術祭やアート・プロジェクト、公募などの受け皿がありますが、かれらはそうしたさまざまな既存のアートの制度や枠組みを超えて、どのような目的で原泉に集まってくるのでしょうか。
羽鳥: いわゆるOPEN CALLをせずに、アーティストどうしの知り合いがつながって参加してくるシステムを取っていて、人と人とがつながっていく偶発性が面白いんです。アーティストにとっては、そのほうが自発性を発揮しやすく、いっそう経験を深められると思います。他の公募制による展覧会の場所と比べて、おそらく精神的にもよりオープンな感じなのではないでしょうか。地元の人々やサポーター、アーティストどうしの会話が自然に開けていく感じがします。だから、滞在期間中は、食事をしながらみんなで色んな情報をシェアできるんです。また公募でない手段でアーティストが集まってくるプロセスと、内部でのオープンなコミュニケーションによって、確実な信頼関係を築くことができ、アート・コミュニティの形成にも役立っています。
毎日の食事の様子(右から野々上聡人、北見美佳、Robin Owings、ソノノチ)
後編につづく。
羽鳥祐子(はとりゆうこ)プロフィール
群馬県生まれ。明治大学農学部卒業。保全生態学を学ぶ。卒業後すぐに、青年海外協力隊員として中米グアテマラに滞在し環境教育に従事。一方で、現地の友人たちが主催するアートフェスティバルでアーティスト滞在サポートや中南米中の多くの劇作家たちと交流。帰国後、自然と人をつなげるべく、都内での公共緑地空間における現場経験や、グラフィックデザインを通じた事業を展開し、サステナビリティのあり方を模索していたが、自己の探求が腑に落ちずにいた。同時に、原泉地区に拠点を置くようになったことと、アートと自然や生命活動との結びつきへの興味など、様々な方面からの縁で、原泉アート・プロジェクトを設立。現在は、原泉でのプロジェクトに本腰を入れて取り組み、小さいながらもよりグローバルでフラットなアート・コミュニティの拠点作りに励んでいる。