もう一つの本の未来
先日、青幻舎から、また驚くべき「本」が出版された。「360°BOOK」と題されたこのシリーズは、名前のとおり、360度開くことによって初めて全貌がわかる。ハードカバーの本を立てて開いてみた経験は誰にでもあるだろう。しかし、それでも180度以上開くことは珍しい。
そもそも本は開いては閉じ、開いては閉じを繰り返して読むものである。そこには断絶性と連続性の両方がある。アートブックが「見開き」を重視するのも、断絶の後に来る視覚的インパクトを想定しているからである。
しかし、この「360°BOOK」は、紙がカッティングされており、360度開くことで、すべての風景が立ち現れる。近い表現で言えば、飛び出す絵本(仕掛け絵本)のようなものかもしれないが、360度開くことと、カッティングされているというところが根本的に異なる。ありそうでなかった本なのである。
この「本」の存在は、編集を担当した青幻舎の苑田大士さんから知らされたのだが、その頃は、目下制作中で、量産する際の様々な障壁について教えてくれた。もともとは著者で建築家の大野友資さんのアートブックとして制作されたものであり、印刷ではなくレーザーカッターで制作されたものだったという。「2012年夏にFabCafeとLoftwork.comが開催した、レーザーカッターでつくるデザインアイデアを競うコンテスト『You Fab 2012』の、Free Fab部門で優秀賞」を受賞したものであり、もちろん少部数しか制作できなかった。
本格的な出版物にするにあたり、印刷会社の苦労もさることながら、当然、このような綴じ方は通常の本にはないわけで、工程自体はほぼ手作りと同じだったようだ。本のように内側だけで綴じられているわけではなく、外周?も綴じられており、360度開いたとき、ページとページの開きが等分になるように工夫されている。そうすることで、綺麗な立体が浮かび上がる。
それらを実現するために、苑田さんは東奔西走しており、ようやく完成の日の目をみたようである。すでに複数マスコミにも取り上げられ、注目を浴びているようだが、動画的な連続性と、ジオラマ的な立体性が合わさったような、4次元的な効果に驚くだろう。本を立体としてみせる、オブジェのようにする、というアイディアは今まで幾つかあるが、この本の面白さは、開くことで初めて立体性が立ち上がることだろう。ページとページの間は何も描かれていないが、その余白も利用することで、実際よりも描かれた絵は広がり、カッティングされていることで、ページ間をまたがって連続性を持っている。つまりそれらの余白こそが、立体性を成り立たせているのである。
舞台装置の書割のようでもあるし、琳派のようなモチーフの反復による連続的、動画的表現も想起させられる。余白の使い方が日本的でありながら、本に転用しているところが新鮮なのである。著者が建築家であり、空間における動線や余白という見えない動きや形に敏感であったということも、この本の形態を思いついた要因かもしれない。
近年、アートブックやZINEには、アーティスト、デザイナー、写真家、建築家など様々なプレイヤーが参加し、新たな本の形態が提案されている。それは電子化が難しいオブジェ性を備えており、電子書籍とは対極的なものだが、もう一つの本の未来であり、壮大な実験場になっているといえる。
青幻舎は、すでに「パラパラブックス」というシリーズで、パラパラ漫画に穴を開けたり、鈴をつけたりする斬新な表現を実現している。それもアーティストのアートブックを出版物にした例である。それらはお土産やプレゼントとしても好評だという。書店以外でも置かれることもあり、新しい消費のされ方をしている。
アーティストやクリエイターとともに、紙の本の新しい形態を模索するというのは、出版社の未来の一つでもあるといえるだろう。「360°BOOK」が今後どのような表現を実現していくのか、クリエイターがどんな本を「発明」し、出版社と提携していくのか期待は高まる。デジタルメディアや電子書籍が台頭したからこそ、アートの実験場として、紙の本が新たな可能性を持ち始めたといえるだろう。
初出『shadowtimesβ』2015年12月8日掲載