イタドリ-植物相の驚くべき歴史を追って
不思議な写真集である。学術論文のようでもあり、紀行文のようでもあり、ミステリーのようでもある。そしてそれらの要素がすべて不可分なものとして統合されている。「本」という形態だからこそ、それらの要素を一つに束ねることができた、稀有な写真集だといえる。
著者で写真家の渡邊耕一さんは古くからの学友であるが、何年か前からイタドリに憑りつかれて作品を発表してきた。その頃から、大変ユニークなプロジェクトだと思っていたのだが、その全貌が露わになったといえるだろう。
あえて簡単にいうと、日本に自生するイタドリというタデ科の多年生植物が、江戸時代にシーボルトによってオランダに持ち帰られ、それをきっかけにヨーロッパ各地やアメリカなどの生態系を破壊するほど繁殖するに至る経緯と現在の状況を、膨大な文献と実地調査を行って、写真と文章で明らかにしたものである。日本では利尿作用や咳き止め、止血作用を持つ薬草として重宝されていたようだが、ヨーロッパでは主に観賞用として持ち帰られた。
大航海時代が始まり、ポルトガル、スペインの次に力を持ったオランダと、鎖国後も日本は貿易を続けた。当初はイギリスとも貿易をしていたが、東南アジアの支配権争いでオランダがイギリスに勝ったため、西洋とのパイプは長い間、オランダのみとなった。日本にしても、宣教師を送り、キリスト教への改宗の後に占領を行ってきたカソリック系の国よりも、布教活動をせず貿易目的が主なプロテタント系の国の方が、管理をしやすかったという面はある。
その間、ヨーロッパではプラントハンターが世界中で活躍していた。イギリスのキューガーデンに象徴されるように、世界中から有用植物や観賞用植物を収集した植物園が各地に作られ、売買の対象になっていた。シーボルトは西洋医学(蘭学)を伝承した人物として知られているが、同時に日本の植物相の調査を行い、出島で栽培するほか、大量の植物を持ち帰っている。そこにイタドリも含まれていた。
それが、200年の時を経て、世界の侵略的外来種ワースト100に選ばれるまでの存在になってしまった。今やヨーロッパやアメリカ各地でイタドリの大繁殖が見られ、イタドリを移動させるのは罪になっているそうだ。
大航海時代は植民地時代と重なる。多くのアフリカ、アジア、アメリカ大陸の国々は、西洋諸国の植民地となり、それらの工芸品や動植物は西洋諸国に集められた。日本は植民地にならずにすんだが、産業革命以降はその圧力に抗しきれなくなったといえる。
そのような西洋中心主義的な世界観の中で人類が動いている間、植物相はまったく違った様相を見せていたということになる。侵略されてきたアジアから、逆に西洋諸国を侵略する生物が出てきて席巻していたのだ。それは我々人間の移動がもたらしたものだとはいえ、人間界とはまったく逆の環境変化が生物界では起こっていたということだろう。
そして、生態系を破壊するイタドリの大繁殖は、現在でも西洋諸国を悩ませ続けている。つまり、人間界にも200年の時を経て大いに影響を及ぼしているのだ。
歴史には、単線的ではない隠れた歴史が無数にあるということはよく言われるが、生物界の歴史はまさに見えない歴史だっただろう。いや、本当はイタドリは、日本だけではなく、西洋諸国にとっても、各地に繁殖している雑草として、馴染み深いものになっていたはずだが、自覚していなかっただけにすぎない。
そのような「見えているのに見えていないもの」が日常の中に無数にある可能性をこの写真集は教えてくれる。そして気付いたときには、大きな環境変化が起きているのである。渡邊さんは、写真家特有の鋭い観察力で、その事実に気付き、そして追いかけてきた。まさにプラントハンターのような洞察力と行動力である。それはまた、フォックス・タルボットのような自然科学、自然哲学と不可分だった写真史黎明期の写真家たちの面影と重なる。
そして、今日の地球規模の環境変化や、移民問題など、様々なものを連想させる示唆的なものでもある。見ているのに見ていない現象を気付かせる道具としての写真の力が最大限に発揮された試みとして、まさに瞠目に値する写真集である。
初出『shadowtimesβ』2015年12月29日掲載