圧倒的な抑圧の中でも、こんなに美しく・力強く・優しい「絵とストーリー」を生み出せるなんて✨ソ連支配下の共産主義国家チェコスロヴァキアで生まれたピーター・シス!アニメーションで評価されて手にした片道切符を活かして亡命し、アメリカで代表的な絵本作家になったピーターに、人間の可能性の雄大さを感じました♪
練馬区立美術館での初個展「ピーター・シスの闇と夢」と彼の略歴から、悲哀を含みながらもそれをはるかに超える勇気と美を結晶させた絵本の世界に迫ります。
1.絵を翼に共産統治下のチェコから飛びだして亡命
まずは展覧会の看板にもなっているこの自転車に乗って飛んでいる少年から想像が広がります。
一見楽しげな冒険物語かと思いきや、彼を照らしているのは警察のサーチライト。崖からイチかバチかの賭けで飛び出した自転車少年が小脇に抱えているのは色とりどりの絵!
この絵が羽になっている。
この少年はまさに、絵とストーリーテリングの才能を翼に共産統治下のチェコスロバキアを飛びだして才能を開花させることになるピーター・シス自身✨
国境を後にして亡命するという重大な場面ですが、まんまるい月に守られて遠くに美しく広がる自由の国へ導かれる少年の表情は暗くありません!カラフルな柄の羽も軽やか!
2. 大きなリスクを冒しても手放さなかった「チャンス」
1949年にチェコスロバキアに生まれたシスは、なんと約30年間を首都プラハで過ごします。自由が奪われて検閲も厳しかった環境で、美しい色彩感覚とポジティブな表現力を失わなかったのは映像作家だったお父さんとアーティストだったお母さんの存在が大きかったようです。
プラハ工芸美術大学に在籍しながら研鑽を積みつつロックなどにも目覚めるシス!美術大学の学生たちはソビエト軍を賞賛する作品を作るよう強要されますが、シスは、「アニメーションの背景画などを手がけながら後から絵を加える」と説明して規制をかいくぐっていたとのこと。
やっぱりこういう機転って、歴史に残るためには重要☀
そんなシスが33歳の時に手にした大きなチャンスは、ロサンゼルスの夏季オリンピックの映像制作のためにアメリカに招待されたこと。
世界中のアニメーターと制作にいそしんでいる最中、チェコスロバキアがオリンピックボイコットを表明。帰国するよう通達されましたがシスは戻りませんでした!愛する家族に二度と会えなくなるリスクも重々承知の上で!
そんな亡命中のアメリカで手がけた最初の絵本の挿絵が「リトルシンガー/幸せな小人」。
とびきり美しい声を持っていた小人のグスタフは、友達に歌を聞かせていた時は幸せだった!ところが、富と名声を得て友達に聞かせなくなったグスタフは孤独になり、歌声も失う。。。でも、何もなくても、彼そのものを愛してくれるみんながいた!
この絵本でシスが手掛けたのは挿絵で、ストーリーは別の方ですが、悲哀と幸せが同居する空気感を絶妙に表していて胸に迫ります。
そんな中同じくアメリカに移住したチェコ出身の映画監督ミロシュ・フォアマンからあの映画『アマデウス』のポスター制作を依頼されます!
ミロシュ・フォアマンとシスのお父さんが友人だったとのこと!
さすがお父さん✨この父あってのこの息子。
重要ポイントを押さえてますね〜😀
オペラ『ドン・ジョヴァンニ』が聞こえてきそうなポスター!
アマデウスのポスター制作で資金を得た35歳のシスは、絵本作家の巨匠センダックからの助言通りニューヨークに移り住むことができるのです。
そして22年後のこの作品は。。。子供の頃のモーツァルトを主人公にした伝記的物語絵本『モーツァルトくん、あ・そ・ぼ』
なんて軽やかでかわいらしいのでしょう!色も、人も、動物も!
亡命して間もないシスにアマデウスのポスター制作の依頼をしてくれたフォアマンに感謝して捧げた絵本作品とのことです。22年の月日を経て!
いつも恩を忘れないシスの人徳も強運を呼ぶのでしょうね☀
この『モーツァルトくん、あ・そ・ぼ』にある、『父親から熱心な音楽教育を受ける幼いヴォルフガングは友達と遊ぶまもなく日々練習に明け暮れています。でもヴォルフガングは悲しんでなどいません。なぜなら芸術の神に魅入られ天賦の才能を授かった彼の最大の友人は音楽そのものだからです』
というセリフも印象的。
友情に厚いシスだったと思いますが、天賦の才能を授かったもののミッションにもこだわりがあったのではないかな。
モーツァルトと自分自身を重ね合わせてるのかもしれないですね!
3.息子と娘のために制作した絵本でさらなる新境地
アメリカに亡命て7年後、41歳の時にシスは映画のプロデューサーをしていたテリー・ライタと結婚します。
そして長女のマドレーヌ長男のマティが生まれると子供達の為にも絵本を作り始めます。商売のためだけでなく自分の子供達のための絵本にも全力を尽くすシスって素敵なお父さんですね。
長女のマドレーヌのために作った絵本がまたまた魅惑的。彼女を主人公にした「マドレンカ」は、空想したペットの犬を連れて大都市ニューヨークを駆け回る女の子の話!シュールですね~(^^♪
女の子視点の遠近感や縮尺が、ダイナミックな夢想感を拡大させます。
4.息子に贈った絵本『星の使者 ガリレオ・ガリレイ』孤独と崇高さの輝く共存が美しい
そして私が今回なによりも感動したのは、シスが息子に送った絵本『星の使者 ガリレオ・ガリレイ』
重さの違う二つの球が同じ速さで落ちることを示し落体の法則をはじめとした様々な発見したり、天体望遠鏡など様々な器具を発明したり、25歳でピサ大学の数学教授になったりと数々のレジェンドを残した天才ガリレイ!
そんな彼に天体観測をさせちゃった日には、何が飛び出してくるか!!
果たして、今まで世界が信じていた『天動説』を覆す『地動説』が出てきてしまったのですよね👀✨
そんな英雄的発見が、ガリレイにもたらしたものは、なんと、宗教裁判での有罪!死ぬまで自分の家から一歩も外に出ることを許されなくなってしまいます。。。
赤と水色のポップな色合いなのに、同じような顔をした人間の集合体が恐ろしい。強権を発揮する劇的な宗教裁判シーンを表現!
それでも、自分の実験と観察から得た真実を手放さなかったガリレイは地動説を変えません。一生幽閉されることになっても観測を続けます。
孤独な崇高さが美しく突き刺さるワンシーン。寝静まった夜も、高い石の塔の窓に明かりがともり、望遠鏡を構えた小さなガリレオの姿に胸を打たれる!
鉄のカーテンに閉ざされた社会で育ち強大な権力の恐ろしさを身をもって経験したシスであるからこそガリレイとの一体感を感じます。でも、その重い過去の悲哀を遥かに超越した勇気と希望溢れるポエティックな絵本美に、永遠に続く拍手を贈りたい!
日本語版もあるのが嬉しい☀
5.絵本だからこそ生き、世界中に広まった美しい政治的メッセージ
この絵はチェコスロバキアの民主化を導いたヴァーツラフ・ハヴェル元大統領を白い鳥の群集で表したものです。
ハヴェル大統領の眼下にはプラハ城!鳥たちは平和のために立ち上がったチェコスロバキアの人々で心臓になっている鳥がそれを導いた大統領。
政治的なメッセージは強いものの、それを圧倒する美しさと絵本の挿絵のようなおおらかさがあります。
シスは他にも、ソ連下の故郷で表現の自由を制限された辛い経験やその中でも夢や希望を抱き続けていたことなどを描写した『かべー 鉄のカーテンの向こうに育って』など、テーマ的には重く下手をすると検閲されかねない内容の作品も制作していますが、やはり『絵本』という媒体のおかげで広く世界に広まったのではないかなと感じます。
そして、練馬区立美術館で開催中の「ピーター・シスの闇と夢」展では、今まで30作以上の絵本を生み出してきたシスの原画を展示しています。ハンディーな絵本サイズに収まった絵とはまた違った色彩と奥行き、パワーに引き込まれます。
会場も、絵本の中に入ったような造り!
ぜひ、思い切り飛び込んでみてくださいね!
※内覧会にて主催者の許可を得て撮影しています。
【展覧会基本情報】
「ピーター・シスの闇と夢」
会期:2021年9月23日~11月14日
会場:練馬区立美術館
住所:東京都練馬区貫井1-36-16
開館時間:10:00~18:00 ※入館は17:30まで
休館日:月
料金:一般 1000円 / 高校・大学生・65~74歳 800円 / 中学生以下および75歳以上無料
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