今日も盆踊り

地域の力のバロメーター

本日、お贈りして頂いた本なので、全部読んでいるわけではないが少しだけ紹介しておこう。なにせ盆踊りまで時間がない。『今日も盆踊り』と題されたこの本は、ミニコミ誌を手掛ける小野和哉さんと、かとうちあきさんが、全国各地の盆踊りを自ら「踊り歩き」、実体験によるレポートと、盆踊りの紹介サイト運営者や盆踊りのイベンター、現代音頭作曲家などへのインタビュー、二人の対談によって構成された、盆踊りのガイドブックである。

民俗学的な視点での研究書や、奇祭を面白おかしく紹介した本は以前からあったが、学術的な研究やマニアックな趣味ではなく、盆踊りの素人?が今日的な視点でガイドしていこうという本は昨年くらいからだろう。本書は全国の著名な盆踊りに参加し、結構な時間をかけてフィールドワークしている。学者じゃないのにここまで廻った人は珍しく、一般の読者も新たな視点で盆踊りの魅力を発見できるはずだ。

昨年から発行人の宮川真紀さんが盆踊りの本を制作しているという噂を、本書にも寄稿しているブックカフェカロの店長である石川さん経由で聞いていたのだが、ようやく形になったようだ。今日は7月18日。盆踊りに間に合うのかと思っていたが、ギリギリセーフ?といったところだろうか。

盆踊りがじわじわとブームになっていることを知ったのは、ここ数年のことだ。身近な人が盆踊りのイベントをしたり、盆踊りの本を出したり、僕の周辺でも盆踊りに注目が集まってきていた。

実は、僕は20年も前の大学時代にはすでに盆踊りに通い、その魅力を十分理解していた。本書で紹介されている奈良県の秘境、十津川村の大踊りを石川さんに紹介したのは僕である。それがまわりまわって、彼らにまでいきついたということらしい。

そして、なぜ盆踊りに惹かれるのかもはっきり自覚していたと思う。僕はその頃、民族音楽にも惹かれており、地域や共同体から分離していたロックやポップスに違和感を覚えていた。

民族音楽の魅力は、地域や共同体と密接に結びついており、そしてプロの音楽家でもないのに、非常にレベルの高い音楽を演奏することだった。僕も借り物の音楽ではなく、地域や共同体で育まれた民族音楽をやりたかった。しかし、生まれ育った郊外住宅にはそんなものは当然ない。その欠如感を埋めたいと願っていたのだ。

歴史の異なる他文化の民族音楽をしたところでそれは満たされない。しかし、郊外住宅の盆踊りは、東京音頭くらいなもので、地域性は欠如している。そこで出会ったのが、十津川村の大踊りだった。十津川村の大踊りの魅力は本書で詳しく書かれているので読んで欲しい。

十津川村の大踊りは、非常に洗練されており、世界の民俗芸能と比較しても遜色がない完成度である。都会からはるかに離れた山岳地帯と、高度で洗練された盆踊りのギャップに、僕は一度でやられてしまった。それから10年近くは通ったと思うが、地域や共同体、歴史と連続しているという、一体感は代えがたいものである。

十津川村が特別な理由は他にもある。盆踊りとは一遍上人の念仏踊りが、全国に普及したことで根付いたとされており、一遍が全国を周る啓示を受けた地が、十津川村に隣接する熊野本宮大社なのだ。その後、念仏踊りはあまりに熱狂を生むため、幕府から制限されるようになる。そして、夏の盂蘭盆会の時期だけ許されるようになり、現在の盆踊りとなっていく(昔は本当に「今日も盆踊り」だった)。だから、先祖供養とも結びついており、地域の共同体だけではなく、代々の先祖との連続性もあるのだ。

そして、本書でも紹介されているように、地域によって様々なバリエーションがある。念仏踊りは、地域に根付き、様々な民俗芸能と結びつき、地域各自の工夫によって独自性を持つようになった。一方で、出雲の阿国などにも影響を与え、歌舞伎などへつながっていく。つまり、盆踊りは日本の地域と共同体、伝統芸能の基層なのである。

僕は十津川村の経験から、当時はまだ古臭いものとして忌避されていた盆踊りを発見するときがくるだろうと早々に気付くことになった。当時そのことに気付いている人はわずかしかいなかったように思う。それに気付いたということは逆説的に、それだけみんな根なし草になり、核家族から分子単位にまで分解され、帰る場所を本能的に探すようになったということだと思う。

だから、盆踊りはリトマス紙のようなものであり、来るところまで来たかという思いがある。つまり、今流行りの地域創生と無関係ではなく、少子高齢化や限界集落が全国を覆い、地域の伝統文化が危機に瀕していると同時に、都会に集中した人々にとっても、本能で地域や共同体とのつながりを復活したがっているのだ。かつては、面倒くさいばかりの地縁だったに違いないが、まったくなくなってしまえば、陸から離れた小船のように脆い。

だから、このようなブームが来ることを、喜ばしいという思いと、半ば末期状態であるなという思いの両方が去来する。地方創生ができる時間の猶予ももうそれほどないだろう。盆踊りは、地域と共同体の象徴的なものである。これが続いていく環境がどれだけ維持できるかが、一つの目安になるだろう。ここに掲載されている盆踊りが、すべて継続されていくことを願っている。盆踊りの魅力は、地域の人々の魅力そのものであるのだから。それは都会で田舎の盆踊りを続ける人々や新たな盆踊りを創ろうとしている人々にも共通しているだろう。

シーズンも始まっているので、本としての突っ込んだ感想はまた今度にしよう。それよりも、さっと読んで参加してもらいたい。

初出『shadowtimesβ』2015年7月18日掲載

評者: (MIKI Manabu)

文筆家、編集者、色彩研究者、ソフトウェアプランナーほか。
独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行なっている。
共編著に『大大阪モダン建築』(2007)『フランスの色景』(2014)、『新・大阪モダン建築』(2019、すべて青幻舎)、『キュラトリアル・ターン』(昭和堂、2020)など。展示・キュレーションに「アーティストの虹─色景」『あいちトリエンナーレ2016』(愛知県美術館、2016)、「ニュー・ファンタスマゴリア」(京都芸術センター、2017)など。ソフトウェア企画に、『Feelimage Analyzer』(ビバコンピュータ株式会社、マイクロソフト・イノベーションアワード2008、IPAソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー2009受賞)、『PhotoMusic』(クラウド・テン株式会社)、『mupic』(株式会社ディーバ)など。
美術評論家連盟会員、日本色彩学会会員。

Manabu Miki is a writer, editor, researcher, and software planner. Through his unique research into image and colour, he has worked in writing and editing within and across genres such as contemporary art, architecture, photography and music, while creating exhibitions and developing software.
His co-edited books include ”Dai-Osaka Modern Architecture ”(2007, Seigensha), ”Colorscape de France”(2014, Seigensha), ”Modern Architecture in Osaka 1945-1973” (2019, Seigensha) and ”Reimaging Curation” (2020, Showado). His recent exhibitions and curatorial projects include “A Rainbow of Artists: The Aichi Triennale Colorscape”, Aichi Triennale 2016 (Aichi Prefectural Museum of Art, 2016) and “New Phantasmagoria” (Kyoto Art Center, 2017). His software projects include ”Feelimage Analyzer ”(VIVA Computer Inc., Microsoft Innovation Award 2008, IPA Software Product of the Year 2009), ”PhotoMusic ”(Cloud10 Corporation), and ”mupic” (DIVA Co., Ltd.).
http://geishikiken.info/

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