女性の写真史から美術史へ「The Third Gallery Aya 25周年記念展 山沢栄子、岡上淑子、石内都 2021」三木学評

女性の写真史から美術史へ「The Third Gallery Aya 25周年記念展 山沢栄子、岡上淑子、石内都 2021」

展示風景 写真提供:The Third Gallery Aya

2021年7月10日~8月7日
TheThe Third Gallery Aya

綾智佳さんがオーナーのギャラリー、The Third Gallery Ayaが25周年を迎えるということで、記念展「山沢栄子、岡上淑子、石内都 2021」が開催されている。「4半世紀」と換言するとその道程はさらに長く感じる。実は、私はその25年の歴史を最初から知っている。The Third Gallery Ayaは、もともと大阪駅前第3ビルの2階に入居していた。第3ビルというからには、当然ながら第1も第2もあるし、第4もある。大阪駅前の南側は、もともと戦後、闇市が発生し、バラックが立ち並んだ地域だった。しかし、市街地改造法が制定され、地権者に立体換地(地価をビルの床面積に換算する)が可能となったことで、同じ形の4棟のビルが計画された。1970年に第1ビルが竣工し、第4ビルが竣工するのが1983年という長期間の工事になったこともあり、形も高さも違うビルとなった。

第3ビルは3番目にできたビルであり、ギャラリーの前に付いている「The Thrid」はその名残りである。それ以前に、ブレーンセンターギャラリーという、大阪の出版社、画廊と東京の写真プリントラボの3社がオーナーのギャラリーが入居しており、それを引き継いだ形だった。そうして、写真専門のギャラリーであり、当時では珍しい芸術写真を発表する場所としてThe Third Gallery Ayaは船出した。

しばらくして、大阪のギャラリー街となっている、西天満に移転する。西天満の老松通り周辺は、もともと古美術や骨董街でその流れもあって、現代美術の画廊も集まっていた。特に有名なのは、番画廊、ギャラリー白、ONギャラリーで、ギャラリーの頭文字をとって「万博音頭」と言われていたと森村泰昌が述懐している。ここでは関西ニューウェイブと言われた多くの作家が発表していた。

The Third Gallery Ayaは、番画廊のあった大江ビルヂングに入居する。大正時代、1921(大正10)年に竣工した大江ビルヂングは、葛野壮一郎設計の当時ではまだ珍しい鉄筋コンクリート造、地上5階地下1階の近代建築で、大阪地方裁判所に近いことから、代々、弁護士事務所の入居が多いビルであった。The Third Gallery Ayaは、大江ビルヂングの北側1階の角部屋に入り、その地位を確立していった。当初は写真を専門にしていたが、その後、時代の流れもあり、映像やメディアアートにまで分野を拡張していく。

私も大江ビルヂングに入居していた1999年に、「予兆」と名付けられたシリーズ企画で写真展「DIS-CITY」を開催させていただいた。「ディスる」という言葉がまだない時代であるが、否定を表す接頭語DISにCITYを付けて、大阪城と日生球場、TWIN21と難波宮跡地、南海サウスタワーホテル大阪と大阪球場など、象徴的建造物を結ぶように、向い合せで撮影していく手法で、大阪の都市がいかに視覚的な計画性から逸脱しているか写真で示したのだ。都市の断絶を表面的な形のタイポロジーとして示すのではなく、精神分析的な視線と都市構造のタイポロジーを目指した。このシリーズは、写真批評誌『デジャヴュ・ビス』やロンドンの雑誌『MUTE』などで紹介されたりしたが、私が写真作品を展覧会として発表したのはこれが最後である。私はその後、展覧会ではなく、書籍やソフウェアで自身の企画や写真の一部を発表するようになるが、綾さんとは交流を続けている。

他にも、日本産の雑草イタドリ(学名:Fallopia japonica)が、シーボルトがオランダに輸入したことを契機に、「侵略的外来種」となって世界中に根を生やしていく実態と経緯を、写真や映像・テキストで追いかけた『Moving Plants』(青幻舎、2015年)で知られる渡邊耕一氏など、The Third Gallery Ayaで発表する作家は領域横断的でユニークなのが特徴であろう。

それは綾さんの寛容でフランクな人柄にも起因しているように思える。綾さんに聞けば、今まで380人ほどが展覧会を開催したが、現在残っているのは30人ほどとのことだった。30人でも多いと思うが、アクティブに表現している作家となればさらに少ないだろう。

その後、江戸堀にある若狭ビルに移転し、現在も運営している。若狭ビルに移転してからの大きな変化と言えば、コマーシャル・ギャラリーとして山沢栄子、岡上淑子、石内都と言った、戦前から現在まで女性の写真家で先駆的足跡を残したアーティストを重点的に扱い、世界的な認知を上げることに成功したことだろう。25周年記念としてこの3人を取り上げたのは必然といえる。

特に、先日、西宮市大谷記念美術館でも大規模な展覧会が開催された石内都の近年の活躍は目覚ましい。石内は、森山大道や中平卓馬など、「アレ、ブレ、ボケ」と言われた写真を発表した写真同人誌『プロヴォーグ』に参加した写真家たちのムーブメントの後続として、横須賀の街を撮影した「絶唱、横須賀ストーリー」でデビューした。その後、女性の傷跡を撮影した「Innocence」、母親の遺品を撮影した「Mother’s」、広島で被爆した人々の遺品を撮影した「ひろしま」、フリーダ・カーロの遺品を撮影した「Frida by Ishiuchi」など、女性の性と痕跡をめぐる作品を発表し、確固たる地位を確立した。2005年にヴェネチア・ビエンナーレ日本館に選出され、2014年には、写真界のノーベル賞とも言われるハッセルブラッド国際写真賞」を受賞しており、現代アート界・写真界の双方で大きな存在感を示している。それらの活躍を支えたのが、The Third Gallery Ayaである。今回は、「絶唱、横須賀ストーリー」の再プリントした作品が展示されていた。

また、The Third Gallery Ayaは、戦前戦後にわたり、関西で活躍した女性写真家のパイオニア、山沢栄子の再評価にも大きな役割を果たしている。山沢は1927年に渡米して写真を習い、1929年に日本に帰国して、1931年には名門ビルであった堂島ビルヂングにスタジオを構え、ポートレート写真中心に活動を始めた。後年、現在の抽象化する写真を先取りするように、素材の色と形を組み合わせた抽象的でコンセプチュアルな「What I Am Doing」のシリーズを発表した。2019年には、西宮市大谷記念美術館と東京都写真美術館でも大規模な回顧展が開催されたのでご存知の方も多いだろう。

私は昨年、刊行した『堂島ビルヂング100年史』を編集した際、山沢が撮影したであろう「堂ビル女学院」の卒業アルバムと社交倶楽部、清交社の社員アルバムを見る機会に恵まれた。特に生き生きとした女学生たちを捉えた写真から、同性ならではの視点を感じた。山沢が撮影していたとしたら極めて貴重な写真だろうし、当時女性写真家が撮影した卒業アルバムとしても唯一といっていいかもしれない。すでに結婚式などの特別な機会に写真館で撮影することは定着していたが、女性の写真家は極めて珍しかったに違いない。決して家賃が安くはない堂島ビルヂングにスタジオを構え経営を成り立たせていたわけなので、相当な腕であったことは確かである。戦後の実験精神あふれる作品も、パイオニアであり先見性のある山沢ならではといえるだろう。

そして、戦後にシュルレアリスティックで幻想的な世界を作り出すコラージュ写真を発表し、近年評価されている岡上淑子である。岡上は文化学院在学中に見ていた雑誌から、フォトコラージュをはじめた。その後、瀧口修造から教えられたマックス・エルンストのコラージュ集『百頭女』(1929)に着想を得て、独自の幻想的な作品の制作を開始する。素材を複雑に組み合わせながら、雰囲気とセンスが統一されており、自身の世界観をコラージュという技法を駆使して、高度に実現していることがわかる。本展では、コレクターから借りた貴重な作品が展示されていた。

近年、欧米中心的な美術史は、欧米圏以外の国々や人種、民族による美術史を対等なものとして見直しが迫られ、#MeToo運動の高まりもあり、男性中心的な美術史にもメスが入っている。そのための暫定的な方法として「女性の美術史」という系を辿ることが、現在進行形で行われているが、その中で写真家の扱いが微妙なところが気になる。写真は確かに美術史としては後続であったが、石内の同年代で写真をメディムとして使用する杉本博司や一世代後の畠山直哉は、現代アートの作家として扱われているし、当然、石内都もその範疇であろう。山沢栄子や岡上淑子の作品も、写真史の範囲だけには収まらない。今後、美術史の中に位置付け、見直しが図られるべきだろう。その意味でも、The Third Gallery Ayaの役割はますます大きくなっている。新たな25年に向けて期待をしたい。

評者: (MIKI Manabu)

文筆家、編集者、色彩研究者、ソフトウェアプランナーほか。
独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行なっている。
共編著に『大大阪モダン建築』(2007)『フランスの色景』(2014)、『新・大阪モダン建築』(2019、すべて青幻舎)、『キュラトリアル・ターン』(昭和堂、2020)など。展示・キュレーションに「アーティストの虹─色景」『あいちトリエンナーレ2016』(愛知県美術館、2016)、「ニュー・ファンタスマゴリア」(京都芸術センター、2017)など。ソフトウェア企画に、『Feelimage Analyzer』(ビバコンピュータ株式会社、マイクロソフト・イノベーションアワード2008、IPAソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー2009受賞)、『PhotoMusic』(クラウド・テン株式会社)、『mupic』(株式会社ディーバ)など。
美術評論家連盟会員、日本色彩学会会員。

Manabu Miki is a writer, editor, researcher, and software planner. Through his unique research into image and colour, he has worked in writing and editing within and across genres such as contemporary art, architecture, photography and music, while creating exhibitions and developing software.
His co-edited books include ”Dai-Osaka Modern Architecture ”(2007, Seigensha), ”Colorscape de France”(2014, Seigensha), ”Modern Architecture in Osaka 1945-1973” (2019, Seigensha) and ”Reimaging Curation” (2020, Showado). His recent exhibitions and curatorial projects include “A Rainbow of Artists: The Aichi Triennale Colorscape”, Aichi Triennale 2016 (Aichi Prefectural Museum of Art, 2016) and “New Phantasmagoria” (Kyoto Art Center, 2017). His software projects include ”Feelimage Analyzer ”(VIVA Computer Inc., Microsoft Innovation Award 2008, IPA Software Product of the Year 2009), ”PhotoMusic ”(Cloud10 Corporation), and ”mupic” (DIVA Co., Ltd.).
http://geishikiken.info/

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