芸術と経済は無縁ではない!
水野和夫・山本豊津著『コレクションと資本主義』(角川書店・2017年)
秋丸知貴
「ゼロ金利、さらにはマイナス金利までつけた日本をその筆頭にして、世界の資本主義が終焉を迎えている」と、最先鋭の経済学者水野和夫は主張する。なぜなら、長期金利は資本利潤率の近似値であり、世界的に長期化する異常な超低金利現象は利潤を生み出す投資先がなく資本が行き詰まっていることを示すものだからである。資本が拡大再生産を見込めないならば、資本主義は終焉せざるをえない。
これまで西洋は、同様の資本主義の危機をその度ごとに新たなフロンティア(=投資先)を開拓することで乗り越えてきた。16世紀に地中海経済圏が飽和し、「利子率革命」と呼ばれるほどの金利の異常な長期低下に促されて、大航海と海外植民地支配の時代が開幕したのはその一例である。
しかし現在、中国の急成長が頭打ちになって以後はもはや決定的な地理的フロンティアは地上から消滅してしまった。新たなフロンティアとして期待されたITと金融工学の複合による仮想的(ヴァーチャル)な投資空間も、2007年から翌年のサブプライムローン問題やリーマン・ショックで限界を露呈してしまった。
今や世界は拡張から収縮に転じ、地域ごとに内向きの「閉じた帝国」が複数対峙する時代に向かっている。2016年のイギリスのEU離脱や「アメリカ・ファースト」を標榜するトランプ大統領の出現こそ、その証左であろう。
それでは、資本主義が終焉した後の世界とは一体どのようなものだろうか。それを探るために、水野は資本主義の本質を「蒐集(コレクション)」(=一元的価値付けによる体系的所有)と見て、改めて西洋における資本主義の生成と爛熟の歴史を辿っていく。その水野が選んだ絶妙の対談相手が、資本主義の価値創出という性質をより先鋭的な形で示す芸術を取り扱う、博覧強記の画商山本豊津である。山本の古今東西を巡る豊富な知識との掛け合いにより、資本主義と芸術の密接な相関関係が次々に読解されていく。
12世紀から13世紀にかけて、利子の誕生と共に個的自我が芽生え、それが絵画の宗教装飾からの自律や個人作家の登場と連動していること。14世紀から15世紀にかけて、イタリア商業都市の経済的繁栄と人間能力への信頼が、客観的写実性を重視しつつ天才的独創性を発揮するルネサンス芸術を隆盛させたこと。低金利が続き社会的に停滞する「長い16世紀」において、過去の手法を異様に洗練することで現実感が希薄なマニエリスム芸術が流行したこと。18世紀以後の科学と産業の革命的発達をもたらした客観的で分析的な精神態度が、19世紀の印象派の「筆触分割」にも通底していること。19世紀から20世紀にかけて、高速移動機械による視覚変容や合理的で抽象的な社会体制の発展が、芸術における抽象表現の興隆に反映していること(セザンヌと蒸気鉄道、マティスと自動車、ロシア構成主義とロシア革命!)。
特に、再び利子率革命を迎え低迷する「長い21世紀」において、新たなマニエリスム芸術として虚構的な同語反復(トートロジー)を特徴とする村上隆、奈良美智、草間彌生、ダミアン・ハースト等が出現したとする指摘は、日本で最初に現代芸術に取り組んだ老舗・東京画廊を率いる山本ならではの卓見である。
芸術の領域からは、資本主義のしぶとさや、資本主義を超える多様な価値観もまた様々に示唆される。本書は、資本主義の成立と終焉、そしてその先の未来を真摯に考察する読者にとって重要な思考の素材を提供してくれる恰好の一冊である。
※初出 秋丸知貴「水野和夫・山本豊津著『コレクションと資本主義』角川書店・2017年」『週刊読書人』2018年2月17日号。