写真か絵画か?記憶の謎に触れる「サヴァン症候群の絵」三木学評

写真か絵画か?記憶の謎に触れる「サヴァン症候群の絵」

写真…じゃなくて絵だ!? ”自閉症の画家”が記憶だけを頼りに描いた鉄道の絵が信じられないほどリアル
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1512/04/news097.html

自閉症をもつ画家が、写真と見まごうばかりのリアルな絵を描いたことが話題となっている。細部にわたるまで綿密に描かれた絵は、ぱっと見たら「写真」に見える。

多くの人は画家の驚異の記憶力に驚き、一部の人はサヴァン症候群なのではないか、と連想するだろう。サヴァン症候群は、アカデミー賞も受賞した、ダスティ・ホフマン主演の映画『レインマン』によって広く知られるようになった。モデルとなったキム・ピークを含め、知的障害や発達障害などがある人々の一部に見られる特定分野に極めて優れた能力を発揮する症状だとされている。

現在、もっとも有名なサヴァン症候群の人物と言えば、現在は作家として活躍しているダニエル・タメットだろう。タメットの著書『僕には数字が風景に見える』は全米ベストセラーになり、彼のドキュメンタリー「ブレインマン」は日本でも放映され、多くの人に知られている。タメットもまた、サヴァン症候群だけではなく、アスペルガー症候群(自閉症スペクトラムの一種)である。円周率の暗唱でヨーロッパ記録を樹立し、11か国語を操るマルチリンガルであり、暗記、計算と言語に関して、突出した能力を持つ。タメットは数字や言語に色や形が見える共感覚も持ち合わせていることが、その能力をさらに飛躍させている。タメット自身、計算する際に、共感覚を使っていると述べている。日本では、細密な貼り絵を制作した山下清や、大江健三郎の子息である、大江光などが知られている。

もともとは、イギリスの医師ジョン・ラングドン・ダウンによって、学習能力が普通であるが、驚異的な記憶力を持つ男性から、idiot savant(イディオ・サヴァン=賢い白痴)と名付けられたが、後にイディオ=白痴が差別的であるとされ、サヴァン症候群という名称に改められた。後にサヴァン症候群研究の第一人者、ダロルド・A. トレッファートは、過去1世紀までさかのぼり、サヴァン症候群を研究し、多様な症例を明らかにした。しかし、その能力がなぜ、どのように発揮されるのかはいまだ謎が多い。

港千尋さんの著書『記憶-「創造」と「想起」の力』にもサヴァン症候群を持つ人々、特に芸術的能力を発揮した人々が紹介されている。オリバー・サックスが研究した人物で、幼少期に住んでいたイタリアの街を、写真と見まごうばかりに描く、サンフランシスコ在住の画家フランコ・マニャーニや、トレッファートが研究した人物で、躍動する動物の動きを完璧に再現する彫刻家、アロンゾ・クレモンズである。

今回話題となっている福島尚さんは、フランコ・マニャーニに近い能力だといえるかもしれない。しかし、港千尋さんの著書にも書かれているが、写真のような光学的なメカニズムと、人間の記憶とは原理が異なるはずである。トレッファートは2つの原理で直観像と名付ける記憶が残るのではないかと述べている。1つは視覚対象が取り払われてからも、その知覚像が残っていること(言語能力の未発達な幼少期には誰もが有する)、もう1つは「視覚イメージ記憶」と呼ばれ、視覚像が永久に固定される現象である。サヴァンは後者にあたるのかもしれないが、光学像と記憶像の違いは未だ説明がつかない。

そもそも、なぜ両眼で見た光景の記憶を再現する際、写真と同じような単眼の線遠近法で描かれているのか?また、人間の視覚は常に光の変化を最小限にし、色の恒常性を保つようになっている。瞬間性の記憶において、色の恒常性はどのように働いているのか?「写真」を記憶して描くのなら、それは可能であるが、風景を記憶して写真のように描く場合、人間とはまったく違うメカニズムで再現しなければならないため、実はかなり高いハードルがある。

我々はすでに大量の写真を日常的に見ている世界に生きているから、写真のように記憶していると思いがちである。しかし、写真のように記憶していることはない。写真を記憶しているのである。サヴァン症候群が未だどのようなメカニズムなのか分かっていないが、定着した記憶を絵画にする際、光学的、遠近法的に再現しているか、今まで見た何万枚もの写真と風景の記憶が混ざり合っているか、様々なパターンが考えられるだろう。サヴァン症候群の人々だけではなく、我々の記憶にはすでに写真が刷り込まれているのではないか?と考えさせられる作品群であることは間違いない。

追記
他の作品を見てみると、広角レンズの痕跡や、非常に高い視点など、写真的な構図が随所に現れている。おそらく鉄道雑誌で見た膨大な写真の記憶と、目で見た風景の記憶が混じっているのではないだろうか。

初出『shadowtimesβ』2015年12月7日

三木 学
評者: (MIKI Manabu)

文筆家、編集者、色彩研究者、ソフトウェアプランナーほか。
独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行なっている。
共編著に『大大阪モダン建築』(2007)『フランスの色景』(2014)、『新・大阪モダン建築』(2019、すべて青幻舎)、『キュラトリアル・ターン』(昭和堂、2020)など。展示・キュレーションに「アーティストの虹─色景」『あいちトリエンナーレ2016』(愛知県美術館、2016)、「ニュー・ファンタスマゴリア」(京都芸術センター、2017)など。ソフトウェア企画に、『Feelimage Analyzer』(ビバコンピュータ株式会社、マイクロソフト・イノベーションアワード2008、IPAソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー2009受賞)、『PhotoMusic』(クラウド・テン株式会社)、『mupic』(株式会社ディーバ)など。
美術評論家連盟会員、日本色彩学会会員。

Manabu Miki is a writer, editor, researcher, and software planner. Through his unique research into image and colour, he has worked in writing and editing within and across genres such as contemporary art, architecture, photography and music, while creating exhibitions and developing software.
His co-edited books include ”Dai-Osaka Modern Architecture ”(2007, Seigensha), ”Colorscape de France”(2014, Seigensha), ”Modern Architecture in Osaka 1945-1973” (2019, Seigensha) and ”Reimaging Curation” (2020, Showado). His recent exhibitions and curatorial projects include “A Rainbow of Artists: The Aichi Triennale Colorscape”, Aichi Triennale 2016 (Aichi Prefectural Museum of Art, 2016) and “New Phantasmagoria” (Kyoto Art Center, 2017). His software projects include ”Feelimage Analyzer ”(VIVA Computer Inc., Microsoft Innovation Award 2008, IPA Software Product of the Year 2009), ”PhotoMusic ”(Cloud10 Corporation), and ”mupic” (DIVA Co., Ltd.).
http://geishikiken.info/

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