サグラダ・ファミリア聖堂にガウディの「発見」を多数「発見」!天才の創造の源とは?

140年の長きにわたり、常に設計中・建築中であり続けた「未完の聖堂」サグラダ・ファミリア。当初から、存命中に完成不可能であることを知りつつもその聖堂の建設に全生涯をかけた男こそが、建築家のアントニ・カウディ(1852-1926)です。
ガウディは、スペイン、カタルーニャ地方のレウス生まれで、サグラダ・ファミリア聖堂をはじめとして、グエル公園、カサ・ミラなど手がけた7点が世界遺産に登録されています。約20年ほど前にバルセロナを訪れた筆者は、街に点在するガウディの建物が、カラフルな生き物のようにうねりながら歓迎してくれているように感じました。
そして、何といってもサグラダ・ファミリア聖堂!
いろいろな長さ・太さのヤングコーンが寄せ集まったような全体感と、どんなに見上げてもてっぺんが見えないようなスケール感。それから、地球上のあらゆる植物と土が混ざり合って成長し続ける生き物のような生命感と、めまいがするほどふんだんに施された装飾に圧倒されました。本展を監修した神奈川大学名誉教授の鳥居徳敏さんは、その様子を「独創極まる衝撃的なデザイン」と表現しています。実際、「神の使者であるカタルーニャの天才」とも評されたガウディは、「即興のみ」で、「図面を描くことがない」建築家だというふうに(ありえないのに)信じられてきたそうです。

サグラダ・ファミリア聖堂の外観(会場内の看板より)

当のガウディ本人は極めて謙虚で、「創造は、人を介して途絶えることなく続くが、人は創造しない。人は発見し、その発見から出発する」という言葉を残しています。天才と呼ばれるガウディですが、人のゼロからの想像を否定していたそうです。

東京国立近代美術館にて開催中の「ガウディとサグラダ・ファミリア展」(会期:2023年6月13日~9月10日)では、そのようなガウディが創造の源泉としていた3つの要素とそれにまつわる資料や創作物がふんだんに展示されていました。サグラダ・ファミリア聖堂が、天才の頭からいきなりボーンと完成形としてひらめいたのではなく、それまでの彼の発見やアイデアが様々なパーツに活かされた上で「独創極まる衝撃的なデザイン」が生まれたことが分かります。展示会場で見ることができたガウディの発見の数々の中から印象的なものをご紹介します。私たちがひらめくためのヒントにもなりそうです。
ガウディが創造の源泉としていた3つの要素とは、「歴史」「自然」「幾何学」です。それぞれの中に、ガウディが何を発見したのか見ていきましょう。

【複雑な局面にフィットするカラフルなモザイクデザインの発見につながった「歴史」】
ガウディは「何事も過去になされたことに基づくべきだ」と、歴史上に出現した建築の形を再発見することを唱えたそうです。自らそれを実践しつつスペイン特有のイスラム建築の研究や中世ゴシックを始めとするリバイバル建築に取り組みました。

ガウディが熱心に研究したイスラム建築の1つとしてスペインのアルハンブラ宮殿が挙げられます。細密な装飾やモザイクで埋め尽くされているのが印象的な宮殿です。この宮殿には、切り貼りしたタイルで被覆された部分があり、それがガウディ建築の大きな特徴である「破砕タイル」の発見につながったようです。

第2章の展示風景より、アントニ・ガウディ《グエル公園、破砕タイル被覆ピース》(1904頃、制作=ジャウマ・プジョールの息子)ガウディ記念講座、ETSAB((バルセロナ・デザイン美術館寄託)

タイル破片によって曲面を被覆するガウディの象徴的な装飾手法「破砕タイル」とは?
割れた不良品タイルや故意に割ったタイル破片で被覆する手法で、ガウディの発見だったそうです。この破砕タイルは防水・防塵、かつ建築の多彩色を目的とする被覆手法でした。
ガウディ特有の複雑な曲面を被覆するのにも最適で、サグラダ・ファミリア聖堂の鐘塔頂華のデザインにも昇華しています。

サグラダ・ファミリア聖堂受難の正面、鐘塔頂華 ©Fundació Junta Constructora del Temple Expiatori de la Sagrada Família

【あの類まれなる形のヒントとなった「自然」】

さて、あのヤングコーンを束ねたような愛嬌のある外観は一体どのようにして生まれたのでしょうか?いくら自然の造形が完璧だとはいえ、ヤングコーンの形をそのまま建物にしましたと言うのでは芸がないですし、建物としての耐久性と言う面でも「大丈夫〜?」と思ってしまいます。

ガウディがサグラダ・ファミリア聖堂の全体的な形を作るのに応用したのは、実は何かの形そのものではなく、「自然の法則」と言う目に見えないものでした。無数のたるませた鎖にたくさんのおもりを下げてできた形状が自然の力学の中で最も合理的なものだと考えたガウディは「逆さ吊り実験」を10年ほど続けました。話には聞いていましたが、なんと会場にはその「逆さ吊り実験」の模型が!

「逆さ吊り実験」の模型:第2章の展示風景より
鏡に映した「逆さ吊り実験」の模型:第2章の展示風景より

じっくりと見ながら、サグラダ・ファミリア聖堂の形状を想い浮かべつつ比較することができました。この「逆さ吊り実験」で出来上がった形をひっくり返して内観・外観のスケッチをするとあら不思議!サグラダ・ファミリア聖堂になりました。

「逆さ吊り実験」の様子を写した写真パネルとカメラで撮った写真を上下反転して描いたスケッチ:展示風景より

ガウディ独自の自然法則応用のおかげで、斜めの線や曲線を含む樹林のような柱でも、約173メートルの高さを支える耐性を備えることができています。やっぱりガウディ天才!

「受難のファサード」の写真パネル:展示風景より

【幾何学】

ガウディはまた、サグラダ・ファミリア聖堂やカサ・ミラなど自らの建築デザインに、鍾乳石などを模した人工洞窟のイメージを施しています。ただ、あの不定形でミステリアスな浸食造形を、図面に描いたり建設する事は困難を極めたとのこと。それでも建築家としては、何とかして施行する人々にこの造形を伝えなければなりません。
ここでガウディが発見したのが、造形に類似する幾何学が存在したことです。
その幾何学とは「双曲放物線面」です。難しそうですが、その模型が展示してありました。

「双曲放物線面」の模型:展示風景より《「平曲面」(双曲放物線面)模型》(2023年、制作:東京工芸大学山村健研究室

一見すると複雑に見えますが実はそうではない造形。二本の平行でないかつ交差しない直線の上をもう1本の直線が平行に移動することで生まれるねじれ面です。
ガウディは、一見すると複雑な造形も全て直線で構成したことで立体幾何学の知識を持たない職人が線に沿って制作を進めるだけで結果的に彼が求めた3次元の造形に到達できるようにしたそうです。(「ガウディとサグラダ・ファミリア展」公式図録より)
19世紀初めに生まれたこの幾何学を建築造形に導入したのはガウディが初めてだったそうです。

31歳でサグラダ・ファミリア聖堂の2代目建築家に就任してから73歳で亡くなるまで、持てる全てをこの聖堂に捧げたガウディ、お見事!自らのひらめきを、どのようにして人々に伝えるかについても熟考していたのですね。
例えば、サグラダ・ファミリア聖堂の「降誕の正面」のように有機的な形づくしのデザインも、このような幾何学模型を駆使して指示したりしたのかなと想像することができました。

「降誕の正面」の写真パネル:展示風景より

会場内では、サグラダ・ファミリア聖堂をリアルに感じることができる模型の数々を間近で見たり、ドローン映像で中に入った様子を体感したりすることができます。ガウディが創造の源泉としていた「歴史」「自然」「幾何学」の要素をこれらの模型の中に発見していくのがとても楽しい!自分たちの身の回りにも、インスピレーションの源がたくさんあるということに気がつくかもしれません。

第3章の展示風景より、中央は《サグラダ・ファミリア聖堂、身廊部模型》(2001-02年、制作=サグラダ・ファミリア聖堂模型室、西武文理大学)
サグラダ・ファミリア聖堂の鐘塔頂華の模型(前方)と実際の鐘塔頂華の映像(後方)前方《サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面:鐘塔頂華の模型(2005-10年、制作=サグラダ・ファミリア聖堂模型室、サグラダ・ファミリア聖堂)

また、着工初期1891年から2023年までどのようにサグラダ・ファミリア聖堂の姿が変容してきたかをたどる写真も展示してあります。ガウディの建築思想と造形原理をコアとしながら、後世の人々がその遺伝子を受け継いで完成へと導いてきた軌跡が見られて心打たれます。

サグラダ・ファミリア聖堂の年代ごとの変容がわかる写真:展示風景より
サグラダ・ファミリア聖堂の年代ごとの変容がわかる写真:展示風景より

筆者が2002年に訪れた時のサグラダ・ファミリア聖堂はこんな感じでした。カサ・ミラのバルコニーから遠方にそのシルエットを見つけた時の写真ですが、シンボリックな円錐の樹林のようなフォルムは、完成間近の2023年のものに近かったようです。

2002年に、カサ・ミラ(ガウディが設計したバルセロナ市内の建物)のバルコニーから遠方にサグラダ・ファミリア聖堂のシルエットを見つけた時の筆者。

今回の展覧会を訪れて、完成後にぜひもう一度サグラダ・ファミリア聖堂を訪ねたいと強く思いました。

【彫刻も自ら手掛けたガウディ】
今回改めてガウディの多才ぶりに感銘を受けたのは、サグラダ・ファミリア聖堂のファサードなどにも施されている彫刻も、ガウディ自らが手掛けたとわかったことです。会場内には、ガウディによる彫刻の石膏像も展示されていました。あたかも目の前にいるかのように生き生きとしています。それもそのはず、カタルーニャの市民から石膏の型取りをして制作したのです。彫刻の制作方法にも、ガウディ独自の発見やアイデアが読み取れますし、聖書の物語を表現する上での情熱も感じ取ることができました。

展示風景より

そのようなガウディに惚れ込み、1978年から彫刻家として同聖堂の建設に携わっている外尾悦郎さんの《サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面:歌う天使たち》も展示されています。建物の構造を支えるという機能も備えた彫刻を手掛けつつ、神の息吹とも言えるような空気を含んだ人間世界を表現した外尾さんの彫刻もお見逃しなきよう。

第3章の展示風景より、外尾悦郎サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面《歌う天使たち》(サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面に1990-2000年に設置、作家蔵)
会場内の、「降誕の正面」彫刻マップが分かりやすい!

「ガウディとサグラダ・ファミリア展」からは、「偉大なるガウディ」という大きなイメージだけでなく、動植物など日常的に目にするものから得た発見を次々に建物に応用していくガウディ、実験・研究熱心なガウディ、信仰心厚いガウディ、リーダーシップのあるガウディ、資金集めに奔走したガウディなど、魅力あふれる「人間ガウディ」の姿も浮かび上がってきました。充実した「ガウディとサグラダ・ファミリア展」公式図録とともに楽しみますとさらに多くのヒントが得られますのでお勧めです。

【展覧会基本情報】
「ガウディとサグラダ・ファミリア展」
会期:2023年6月13日~9月10日※会期中一部展示替えあり
会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
住所:東京都千代田区北の丸公園3-1
開館時間:10:00~17:00(金土~20:00)※入館は閉館の30分前まで
休館日:月(ただし7月17日は開館)、7月18日
料金:一般2200円/大学生1200円/高校生700円/中学生以下無料
※この展覧会は、滋賀愛知へ 巡回予定です

【参考文献】
「ガウディとサグラダ・ファミリア展」公式図録

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評者: (KIKUCHI Maiko)

アーティストと交流しながら美術に親しみ、作品の鑑賞・購入を促進する企画をプロデュースするパトロンプロジェクト代表。東京大学文学部社会学科修了。
英国ウォーリック大学「映画論」・「アートマネジメント」両修士課程修了。
2014年からパトロンプロジェクトにて展覧会やイベントを企画。2015年より雑誌やweb媒体にて美術記事を連載・執筆。
特に、若手アーティストのネームバリューや作品の価値を上げるような記事の執筆に力を入れている。

主な執筆に小学館『和樂web』(2021~)、『月刊美術』「東京ワンデイアートトリップ」連載(2019~2021)、『国際商業』「アート×ビジネスの交差点」連載(2019~)、美術出版社のアートサイト 「bitecho」(2016)、『男子専科web』(2016~)、など。

主なキュレーションにパークホテル東京の「冬の祝祭-川上和歌子展」(2015~2016)、「TELEPORT PAINTINGS-門田光雅展」(2018~2019)、耀画廊『ホッとする!一緒に居たいアートたち』展(2016)など。」

https://patronproject.jimdofree.com/

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