展評「岡田修二 未知への迂回路(前編)」成安造形大学(滋賀県・大津市) 秋丸知貴評

 

岡田修二 未知への迂回路

会 期| 2025年5月30日[金]—6月21日[土]11:00—17:00
時 間| 11:00〜17:00
休 館| 日・月休館
会 場| 成安造形大学「キャンパスが美術館」(ギャラリーアートサイト・ギャラリーウィンドウ・ライトギャラリー・I棟 エントランス)

 

現在、成安造形大学キャンパス内の回遊式美術館「キャンパスが美術館」で、画家・岡田修二(1959‐)の個展「未知への迂回路」展が開催されている。同美術館の開館15周年記念展であり、同大学で長年教鞭を執ってきた岡田の定年退職記念展の位置付けである。

関西の現代画壇で、岡田修二の名前を知らない者はいないだろう。岡田は、1994年に成安造形短期大学の専任講師に着任して以来、滋賀県を拠点に持続的かつ精力的に活動してきた。2002年からは成安造形大学の助教授、2006年からは教授を務め、2009年には学長補佐、2015年から2021年までは学長として勤務している。その間、一貫して学生教育に携わると共に旺盛な創作活動を展開し、長らく成安造形大学の「顔」として関西のアートシーンを牽引してきた。なお、成安造形大学は滋賀県内唯一の4年制芸術大学である。

岡田は、学部生だった1985年に第2回上野の森美術館大賞展で特別優秀賞を受賞し、1998年にVOCA奨励賞を受賞するなど早くから頭角を現している。その展覧会活動は、関西・東京を中心としつつ全国から海外へと及び、2003年の「岡田修二 絵画――見ることへの問い」展(滋賀県立近代美術館)や、2007年の「岡田修二――モネ・水の記憶」展(大原美術館)を始め、個展を多数開催すると共に国内外のグループ展に数多く参加している。

 

参考 「岡田修二――モネ・水の記憶」展(大原美術館)紹介動画

 

岡田の代表作としては、高階秀爾の『ニッポン現代アート』(講談社・2013年)で紹介された、縦150㎝・横225㎝の巨大な油彩画《水辺14》(2001年)が全国のアートファンには馴染み深いかも知れない。この1999年から2017年にかけて展開した、一見写真と見間違うスーパーリアリズムの油彩技法で描かれた大画面の「水辺」シリーズは、画家としての岡田の名声を不動のものにした。岡田と言えば、真っ先にこの「水辺」シリーズを想起する人も多いだろう。

世界的な美術史上は、この「水辺」シリーズは、1970年代までの還元主義的なミニマル・アートやコンセプチュアル・アートに対し、巨大な具象的油彩画を復権する1980年代以降の「ニュー・ペインティング」の潮流に位置付けられる。特に、生と死のシリアスなテーマを感じさせる点で、ジョナサン・ボロフスキー(1942‐)、アンゼルム・キーファー(1945年‐)、ジュリアン・シュナーベル(1951‐)等の系譜に連なっている。少なくとも、日本における「ニュー・ペインティング」の動向が記述される時には、岡田の画作が重要な位置を占めることは確かである。

 

参考 岡田修二《水辺14》2001年

 

ただ、客観的に見て、岡田の美術史上の立ち位置は非常に「特異」である。

まず、国際動向としての「ニュー・ペインティング」は商業主義的性格が強かったのに対し、岡田の画作はむしろ反商業主義的である。実際に、合計85点も制作された岡田の「水辺」シリーズは、「枯れ枝」を大画面で一点一点緻密に描く点で既に商業ベースから外れている。

また、関西という「地方」に根差す岡田は、東京中心の日本のアートシーンでは異端の存在である。2012年から翌年にかけて東京藝術大学で非常勤講師を務めているが、岡田の画風は東京の同世代の奈良美智(1959‐)や村上隆(1962‐)が主導するサブカル傾向とは全く異質である。

さらに、関西においても、1987年に愛知県立芸術大学の修士課程を修了した岡田は独特の存在である。2007年に京都市立芸術大学で博士号を取得しているが、岡田の画風は同世代の京都市立芸大出身者の山部泰司(1958‐)、杉山知子(1958‐)、松井智恵(1960‐)等による原色を多用する「関西ニューウェーヴ」とも一線を画している。

そもそも、岡田は修士課程修了後は株式会社電通に就職し、7年間広告業界の最前線で働いた異色の経歴を持っている。そして、広告の分野でも、1994年には第41回カンヌ国際広告祭でファイナリストとして入賞するなど華々しい成果を上げている。

特筆すべきは、2012年にプロジェクト・リーダーの立場で、成安造形大学とロンドン大学ゴールドスミスカレッジの国際学術交流プロジェクト「自然学――来るべき美学のために」を組織していることである。つまり、岡田の絵画は決して感性だけで描かれている訳ではなく、その背後には極めて知的な営為が働いている。実際に、2007年に岡田が京都市立芸大に提出した博士論文は哲学者梅原猛の名を冠した「梅原賞」を受賞している。

つまり、一般通念のようにただ単に感性だけで絵を描く人を「画家」というならば、岡田にはそこから零れ落ちる要素があまりにも多い。その上で、岡田は紛れもなく「画家」として誰もが賞賛する社会的業績を積み上げてきた。何よりもまず、「水辺」シリーズを見て岡田を画家と認めない人などこの世に一人もいないだろう。その点で、岡田は、アートシーンにおいては常に特異な立ち位置にありながら人一倍画家としての本道を歩む極めて稀有な存在であることは間違いない。

 

左 岡田修二《自然学概論10――月読命》2024年
右 岡田修二《自然学概論9――ショチケツァル》2024年

 

そうした岡田の絵画は、情報量が並外れて多いことが特徴である。それは、どのように描くかという技法上の入念さのみならず、何を描くかという思想上の入念さにも由来している。そして、技法上も思想上も突き詰めるだけ突き詰めた上で、おそらく作家自身の意図さえ超える一つのブレイクスルーとしての芸術的発想が顕現している。

そのため、鑑賞者は理屈抜きで納得させられ豊かな情緒に包まれるが、その内容を説明したり解説したりしようとすると途端に困難を覚えざるをえない。例えば、岡田の制作の核心について、レイチェル・カーソンが言った意味での「世界に対するセンス・オブ・ワンダー」と一言でいえば言えるだろう。しかし、そう言った瞬間に、そうした簡単な要約では何も説明できていないことに気付かされるはずである。

 

右1 岡田修二《自然学概論3》2021年
右2 岡田修二《自然学概論8》2024年
右3 岡田修二《自然学概論4》2021年
右4 岡田修二《自然学概論5》2023年
右5 岡田修二《自然学概論7》2023年
右6 岡田修二《自然学概論6》2023年

 

しかし、筆者は現代日本における最も重要な画家の一人が岡田であることを信じて疑わない。それは、岡田の絵画は、日本古来の画材や技法は用いていないにもかかわらず、生み出される表現が日本人として最も自然で本質的なものと感じられるからである。そして、その特殊性は普遍性に通じている。従って、それは最良の現代日本文化の一つとして世界に情報発信する価値があると確信している。

そうした筆者の観点からは、既に稲賀繁美を始めとするいくつかの先駆的な先行研究はあるものの、国内外における岡田の評論はあまりにも少な過ぎるように思われる。特に、東京のメディアにおける岡田の取り上げ方はあまりにも寂しい。しかし、居住する場所によって作家の取り上げられ方や評価が左右されるようなことがあっては絶対にならないはずである。むしろ、筆者自身は、岡田を現代日本を代表する画家として広く国内外に紹介できなければ、日本の美術界の多大な損失であり敗北であるとさえ考えている。

 

右1 岡田修二《立花19》2019年
右2 岡田修二《立花20》2019年
右3 岡田修二《立花18》2019年
右4 岡田修二《立花21》2019年

 

それでも、岡田の絵画は筆者にはあまりにも深淵である。説明など要らず、この見たままの深く静かな情緒に身を委ねるだけで良いのではないかと、つい逃げを打ちたくなる。

しかし、筆者は岡田の絵画と出会ってから、手をこまねいたまま10年以上馬齢を重ねてしまった。それは、現代画壇の重鎮として日々真摯に制作と教育に取り組む岡田に気遅れし、その重厚な作品群に恐れをなしていたからである。しかし、今取り組まなければいつ取り組むのだと、分不相応に囁く心の声がある。本稿は、その蛮勇の最初の試みである。

 

制作資料展示

 

岡田の作品は、画業の初期から今日まで終始一貫している。表面だけ見ればヴァラエティに富みすぐには脈絡が分からないが、注視するならば常に一つの核があり様々な角度から光を当てようとしていることが感受される。言い換えれば、その画業には一つの基調低音がずっと鳴り響いていると言っても良い。

ただ、時が経つにつれてその思索は深化している。そのため、岡田芸術を読み解くための最も順当なアプローチは、より内容が複雑多様になっている最新作の前にまず最も典型的な作品から分析することだろう。それは、やはり「水辺」シリーズに他ならない。

本展は、岡田が近年精力的に取り組んでいる「水辺」「立花」「自然学」の各シリーズを中心に構成し、併せて画業の初期の制作資料も展示している。その点で、岡田芸術の基調低音としての美意識と問題意識を聴き取る絶好の機会である。

さらに特筆すべきは、四方の壁面を8点の「水辺」シリーズで取り囲むライトギャラリーの展示である。後編で「水辺」シリーズの読解に挑むに当たり、まず実際にこの鑑賞空間を体験されておくことを強くお勧めしておきたい。

 

右1 岡田修二《水辺68―観月―》2013年
右2 岡田修二《水辺65―自然学―》2012年
右3 岡田修二《水辺72》2015年
右4 岡田修二《水辺70》2014年
右5 岡田修二《水辺76》2016年
右6 岡田修二《水辺75》2016年

 

 

 

 

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美術評論家・美術史家・美学者・キュレーター。 1997年多摩美術大学美術学部芸術学科卒業、1998年インターメディウム研究所アートセオリー専攻修了、2001年大阪大学大学院文学研究科文化表現論専攻美学文芸学専修修士課程修了、2009年京都芸術大学大学院芸術研究科美術史専攻博士課程単位取得満期退学、2012年京都芸術大学より博士学位(学術)授与。 2013年に博士論文『ポール・セザンヌと蒸気鉄道――近代技術による視覚の変容』(晃洋書房)を出版し、2014年に同書で比較文明学会研究奨励賞(伊東俊太郎賞)受賞。2010年4月から2012年3月まで京都大学こころの未来研究センターで連携研究員として連携研究プロジェクト「近代技術的環境における心性の変容の図像解釈学的研究」の研究代表を務める。2023年に高木慶子・秋丸知貴『グリーフケア・スピリチュアルケアに携わる人達へ』(クリエイツかもがわ・2023年)出版。 主なキュレーションに、現代京都藝苑2015「悲とアニマ——モノ学・感覚価値研究会」展(会場:北野天満宮、会期:2015年3月7日-2015年3月14日)、現代京都藝苑2015「素材と知覚——『もの派』の根源を求めて」展(第1会場:遊狐草舎、第2会場:Impact Hub Kyoto〔虚白院 内〕、会期:2015年3月7日-2015年3月22日)、現代京都藝苑2021「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨~」展(第1会場:両足院〔建仁寺塔頭〕、第2会場:The Terminal KYOTO、会期:2021年11月19日-2021年11月28日)、「藤井湧泉——龍花春早 猫虎懶眠」展(第1会場:高台寺、第2会場:圓徳院、第3会場:高台寺掌美術館、会期:2022年3月3日-2022年5月6日)、「水津達大展 蹤跡」(会場:圓徳院〔高台寺塔頭〕、会期:2025年3月14日-2025年5月6日)等。 2010年4月-2012年3月: 京都大学こころの未来研究センター連携研究員 2011年4月-2013年3月: 京都大学地域研究統合情報センター共同研究員 2011年4月-2016年3月: 京都大学こころの未来研究センター共同研究員 2016年4月-: 滋賀医科大学非常勤講師 2017年4月-2024年3月: 上智大学グリーフケア研究所非常勤講師 2020年4月-2023年3月: 上智大学グリーフケア研究所特別研究員 2021年4月-2024年3月: 京都ノートルダム女子大学非常勤講師 2022年4月-: 京都芸術大学非常勤講師