未来のオリンピックのために『あったかもしれない日本』三木学評

未来のオリンピックのために

※2015年時の記事です。

ザハ・ハディドの設計した新国立競技場を巡り、未だ迷走が続いている。しかし、オリンピックまでの時間は刻一刻と迫っている。しかも、新国立競技場は、2019年に開催される、ラグビーワールドカップまでに間に合わさなければならない。実質、4年を切ってしまっているのだ。

そもそも、ザハ・ハディドは、「アンビルドの女王」と呼ばれていた過去があり、その斬新なデザインにより設計ができなかったケースが多い。今回もそのアンビルドの歴史を刻んでしまうのか予断を許さない。

とはいえ、建築や都市計画が、案だけで実際に建てられなかったことは多い。それは実際に建てられた建築よりはるかに多いかもしれない。もし、建てられたとしても、大幅に改正されたり、縮小されたりすることは珍しくはない。つまり、我々が現在見ている都市は、建築家や都市計画家が、イメージしたものとはかなり違っていると考えた方がよい。いつの時代もそのような計画の変更や中止の判断がなされており、それによってあったかもしれない現実が、イメージの中に幾つも可能性として残っているのだ。

この本は、まさに日本におけるアンビルドの建築や都市計画を集め、「あったかもしれない」日本の姿を活写している。もっとも規模の大きなものは、東京から大陸へと至る高速鉄道、いわゆる「弾丸列車」の構想だろうか。日本と朝鮮半島を海底トンネルを作るという破格な計画は、今聞いてももし実現していたら、地政学がまるっきりかわってしまうようなものだとわかるだろう。「弾丸列車」は、戦後に新幹線として実現するのだが、「弾丸列車」の構想がなければ、新幹線も存在してないかもしれない。

さらに、国土を変えてしまうくらいの計画は、「琵琶湖大運河」である。大阪から淀川、琵琶湖を通り、敦賀まで運河を掘って、太平洋と日本海の航路を作るという計画である。パナマ運河や、五大湖の運河、リバプール・マンチェスター間の運河のような巨大な運河を作り、沿岸には一大工業地帯を作ろうとしていたというから驚く。もしできていたら、琵琶湖の水は飲み水としては機能しなかったかもしれない。

そして、何と言いっても、1940年(昭和15年)、皇紀2600年に計画された東京オリンピックと日本万国博覧会の同時開催であろう。実は、この時も、メインスタジアムの計画で紆余曲折している。建築家の岸田日出刀は、文部省から派遣され、かのベルリンオリンピックを3ヶ月滞在して調査した(岸田は東大の建築学科の教授で丹下健三らの先生)。

ベルリン大会においては、主競技場として使用されたオリンピック陸上競技場の西側に、25万人規模のセレモニーが可能なオープンスペース、マイフェルト(5月広場)が用意されており、収容人数7万人規模のスタンドが設置されていた。岸田日出刀は、そのような競技場と広場の両方を作る必要性を感じ、予定されていた明治神宮外苑を主会場とすることに限界を感じた。

そのためもっと広い場所で、一大総合競技場を建設するべきだと主張し、代々木練兵場を推した。そこには会場の前に建国広場も併設されている案であった。しかし、陸軍の協力を得られず、最終的に神宮外苑の陸上競技場を、改修する案が計画された。岸田日出刀は、そのことについて非常に失望したコメントを寄せている。

このことだけでも、デジャヴュを感じるような話である。正確には歴史が繰り返されているということになる。問題は1940年と何ら変わっていない。つまり、競技場としての役割と、オープニングセレモニーをする役割を、一つの競技場の中に担わすことの難しさである。磯崎新は、セレモニーは別に皇居前広場に特設会場を設けて、実施すべきと提案している。歴史をよく知る磯崎新らしい提案である。

21世紀のオリンピックは、スタジアムからスタジオに変わりつつある。競技場の設計も映像配信のためのスタジオとしての機能を持つべきだろうし、エンターテインメント化するセレモニーは競技場ではない巨大な広場を必要としているのも確かである。

その後、さらに二転三転し、世田谷の駒沢ゴルフ場跡地に候補地が決定し、岸田日出刀が望んでいた広場は、「紀元二千六百年記念広場」として建設されることになったが、日中戦争が激化し、オリンピックに出せる費用はなくなり、ボイコットする国も現われてついに返上することになる。

戦後のオリンピックは、明治神宮外苑を中心に設計され、戦前の構想が復活する形で実施されることになる。そして、2020年のオリンピックもまた神宮外苑を中心に計画されている。

しかし、岸田日出刀の構想は、結局、実現していない。アンビルトである。我々は1940年のオリンピックの課題をまだ克服できないでいるのが実情であろう。それをザハ・ハディドを初期から評価し、自身もアンビルトの可能性を追求してきた磯崎新が拾いあげようとしているのは必然ともいえる。

実は、我々が見ているのは「あったかもしれない日本」の幻影かもしれない。本書は我々の過去から、我々の未来を知るための手引書にもなっている。今こそ手にすべき本だろう。

初出『shadowtimesβ』2015年6月20日掲載

三木 学
評者: (MIKI Manabu)

文筆家、編集者、色彩研究者、ソフトウェアプランナーほか。
独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行なっている。
共編著に『大大阪モダン建築』(2007)『フランスの色景』(2014)、『新・大阪モダン建築』(2019、すべて青幻舎)、『キュラトリアル・ターン』(昭和堂、2020)など。展示・キュレーションに「アーティストの虹─色景」『あいちトリエンナーレ2016』(愛知県美術館、2016)、「ニュー・ファンタスマゴリア」(京都芸術センター、2017)など。ソフトウェア企画に、『Feelimage Analyzer』(ビバコンピュータ株式会社、マイクロソフト・イノベーションアワード2008、IPAソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー2009受賞)、『PhotoMusic』(クラウド・テン株式会社)、『mupic』(株式会社ディーバ)など。
美術評論家連盟会員、日本色彩学会会員。

Manabu Miki is a writer, editor, researcher, and software planner. Through his unique research into image and colour, he has worked in writing and editing within and across genres such as contemporary art, architecture, photography and music, while creating exhibitions and developing software.
His co-edited books include ”Dai-Osaka Modern Architecture ”(2007, Seigensha), ”Colorscape de France”(2014, Seigensha), ”Modern Architecture in Osaka 1945-1973” (2019, Seigensha) and ”Reimaging Curation” (2020, Showado). His recent exhibitions and curatorial projects include “A Rainbow of Artists: The Aichi Triennale Colorscape”, Aichi Triennale 2016 (Aichi Prefectural Museum of Art, 2016) and “New Phantasmagoria” (Kyoto Art Center, 2017). His software projects include ”Feelimage Analyzer ”(VIVA Computer Inc., Microsoft Innovation Award 2008, IPA Software Product of the Year 2009), ”PhotoMusic ”(Cloud10 Corporation), and ”mupic” (DIVA Co., Ltd.).
http://geishikiken.info/

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