アーカイヴ「展覧会評 北斎展 ホノルル美術館所蔵 葛飾北斎生誕二五〇周年記念」秋丸知貴評

 

葛飾北斎(宝暦十・一七六〇〜嘉永二・一八四九)の生誕二五〇周年を記念し、ホノルル美術館が所蔵する北斎の優品・稀品を厳選して館外で初めて一堂に紹介する展覧会が、石川、京都、東京、福島を巡回中である。

出陳点数は約一七〇点で、展示内容は二部構成。第一部では、錦絵を中心にデビュー期から最晩年までの様式変遷を年代順にたどり、第二部では、代表作である六種類の揃物『富嶽三十六
景』『諸国名橋奇覧』『諸国瀧廻り』『琉球八景』『詩哥写真鏡』『百人一首姥か絵説』が陳列されている(『富嶽三十六
景』以外は全図)。

二〇歳から八九歳まで約七〇年(!)の長きにわたり、極めて多彩で旺盛な展開を示す、北斎芸術のスケールの大きさを捉える一つの展示方法として有効であろう。

米国ハワイ州にあるホノルル美術館は、一九二七年の開館以来八〇年以上、アジア美術の収集に力を入れ、日本人芸術家の世界文化への貢献を紹介することをその使命の一つとしている。所蔵する浮世絵コレクションの核となったのは、ミュージカル
「南太平洋」の作者ジェームス・A・ミッチェナーと日系人の妻マリの寄贈による約五四〇〇点であり、本展出品作品の大半もミッチェナー・コレクションによる。

かつてミッチェナーは、「北斎が想像で描いた素描が、レオナルド・ダ・ヴィンチの画帳に紛れ込んでいたとしても、きっと見破られないだろう。なぜなら、北斎の想像力は普通の想像の
範囲を超えているからだ。北斎の優れた水墨画は、レンブラントの名作と多くの点で似通っている。北斎の最良の絵画は……余りにも印象深い人間の記録なので、同様の画題をナポリで描いたブリューゲルの傑作をすぐに思い出させる」と語っている。

この賞賛は、北斎芸術がいかに人種・国境・文化を超え、普遍的な人間理解と芸術的創造力を備えているかを示すものであろう。これに関連して、一九九九年に米国『ライフ』誌が発表
した、「この一〇〇〇年で最も重要な一〇〇人の人物」の内、日本人では唯一北斎だけが取り上げられていることも付記しておきたい。

本展で注目すべきは、何よりもまず、そうした北斎の人間への洞察の深さである。例えば、『富嶽三十六景』の内、有名な《神奈川沖浪裏》や、図録の表紙である《御厩川岸より両国橋夕陽見》では、庶民の日々の営みの中でこそ悠然とした美を醸し出す富士山を描いている。また、人間を一人も描いていない《凱風快晴》や《山下白雨》でさえ、実は描き出されているのは、その時々に富士山が見せる表情を美しいと捉える人間のまなざしなのである。

 

石川県立美術館 二〇一一年七月一六日〜二〇一一年八月二一日
京都文化博物館 (前期)二〇一二年二月一日〜二〇一二年二月二六日 (後期)二〇一二年二月二八日〜二〇一二年三月二五日
三井記念美術館 (前期)二〇一二年四月一四日〜二〇一二年五月一三日 (後期)二〇一二年五月一五日〜二〇一二年六月一七日
いわき市立美術館 二〇一二年七月二一日〜二〇一二年八月二六日

 

※秋丸知貴「展覧会評 北斎展――ホノルル美術館所蔵 葛飾北斎生誕二五〇周年記念」『日本美術新聞』2012年5・6月号、日本美術新聞社、2012年4月、11頁より転載。

 

 

 

アバター画像

美術評論家・美術史家・美学者・キュレーター。 1997年多摩美術大学美術学部芸術学科卒業、1998年インターメディウム研究所アートセオリー専攻修了、2001年大阪大学大学院文学研究科文化表現論専攻美学文芸学専修修士課程修了、2009年京都芸術大学大学院芸術研究科美術史専攻博士課程単位取得満期退学、2012年京都芸術大学より博士学位(学術)授与。 2010年4月から2012年3月まで京都大学こころの未来研究センターで連携研究員として連携研究プロジェクト「近代技術的環境における心性の変容の図像解釈学的研究」の研究代表を務める。2013年11月に博士論文『ポール・セザンヌと蒸気鉄道――近代技術による視覚の変容』(晃洋書房)を出版し、2014年に同書で比較文明学会研究奨励賞(伊東俊太郎賞)受賞。 2020年4月から2023年3月まで上智大学グリーフケア研究所で特別研究員として勤務する。2023年3月に高木慶子・秋丸知貴『グリーフケア・スピリチュアルケアに携わる人達へ』(クリエイツかもがわ・2023年)を出版。 主なキュレーションに、現代京都藝苑2015「悲とアニマ——モノ学・感覚価値研究会」展(会場:北野天満宮、会期:2015年3月7日-2015年3月14日)、現代京都藝苑2015「素材と知覚——『もの派』の根源を求めて」展(第1会場:遊狐草舎、第2会場:Impact Hub Kyoto〔虚白院 内〕、会期:2015年3月7日-2015年3月22日)、現代京都藝苑2021「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨~」展(第1会場:両足院〔建仁寺塔頭〕、第2会場:The Terminal KYOTO、会期:2021年11月19日-2021年11月28日)、「藤井湧泉——龍花春早 猫虎懶眠」展(第1会場:高台寺、第2会場:圓徳院、第3会場:高台寺掌美術館、会期:2022年3月3日-2022年5月6日)、「水津達大展 蹤跡」(会場:圓徳院〔高台寺塔頭〕、会期:2025年3月14日-2025年5月6日)等。 2010年4月-2012年3月: 京都大学こころの未来研究センター連携研究員 2011年4月-2013年3月: 京都大学地域研究統合情報センター共同研究員 2011年4月-2016年3月: 京都大学こころの未来研究センター共同研究員 2016年4月-: 滋賀医科大学非常勤講師 2017年4月-2024年3月: 上智大学グリーフケア研究所非常勤講師 2020年4月-2023年3月: 上智大学グリーフケア研究所特別研究員 2021年4月-2024年3月: 京都ノートルダム女子大学非常勤講師 2022年4月-: 京都芸術大学非常勤講師