アーカイヴ「書評 山田芳裕著『へうげもの』講談社・2005年~」秋丸知貴評

 

週間漫画誌『モーニング』で、2005年から隔号連載中の『へうげもの』が好評だ。戦国時代から江戸時代初期にかけて活躍した武将茶人であり、織部焼の創始者として知られる、古田左介(織部)を主人公に取り上げた異色の歴史漫画である。

現在、単行本は13巻まで出版され、2011年4月からはNHKでテレビアニメ版も放映されている。2009年には第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を、2010年には第14回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞している。

「へうげる」とは「剽げる(ひょうげる)」の別読みで、タイトルは「ひょうきん者・おどけ者」の意。その名の通り、茶道具等の名器名物への物欲を、時に戦国武将としての武功よりも優先させ、殺伐とした戦乱の時代に、数寄の世界でもう一つの天下取りを目指す男の姿を描く。

著者の代名詞ともいえる、登場人物のオーバーな感情表現やパースの効いた奇抜で大胆な構図が面白い。時代考証も、フィクションを交えつつなかなか本格的で、本能寺の変の背景を大胆に解釈する歴史スペクタクルとしても楽しめる。無駄を極力省きつつ、写実と戯画のバランスの取れた画風は、物語の世界観とよく調和しており、著者自身の確かな美意識も感じさせる。

内容では、左介のドタバタ劇を通じて描かれる、数寄者の宿業と心意気が快い笑いを誘う。左介が弟子入りする千利休の「わび数寄」の解釈はもちろん、関係する織田信長、明智光秀、豊臣秀吉、徳川家康等のそれぞれの美意識とその対立の必然性も鋭く洞察しており、読者を飽きさせない。秀吉の臨終に際して、数寄者として成長した左介が示した友情の描写も秀逸である。

しかし、何よりもこの作品の魅力は、左介が名品を形容するときに発する独特の擬音にある。例えば、「がにっ」「のぺえっ」「はにゃあ」「ミグッ」「ヌシュパァ」「ミュキン」等は、最初は冗談のように思われるのだが、不思議なことに突然その名品の魅力を生き生きと立ち現わせてくれるように感じられる。

もし、自分が古美術品を鑑賞するときに、いつの間にか左介の目で最もふさわしい形容詞を模索していることに気付けば、あなたももはや「へうげもの」である。

 

※秋丸知貴「書評 山田芳裕著『へうげもの』講談社・2005年~」『日本美術新聞』2012年1・2月号、日本美術新聞社、2011年12月、22頁より転載。

 

 

 

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美術評論家・美学者・美術史家・キュレーター。1997年多摩美術大学美術学部芸術学科卒業、1998年インターメディウム研究所アートセオリー専攻修了、2001年大阪大学大学院文学研究科文化表現論専攻美学文芸学専修修士課程修了、2009年京都芸術大学大学院芸術研究科美術史専攻博士課程単位取得満期退学、2012年京都芸術大学より博士学位(学術)授与。2013年に博士論文『ポール・セザンヌと蒸気鉄道――近代技術による視覚の変容』(晃洋書房)を出版し、2014年に同書で比較文明学会研究奨励賞(伊東俊太郎賞)受賞。2010年4月から2012年3月まで京都大学こころの未来研究センターで連携研究員として連携研究プロジェクト「近代技術的環境における心性の変容の図像解釈学的研究」の研究代表を務める。主なキュレーションに、現代京都藝苑2015「悲とアニマ——モノ学・感覚価値研究会」展(会場:北野天満宮、会期:2015年3月7日〜2015年3月14日)、現代京都藝苑2015「素材と知覚——『もの派』の根源を求めて」展(第1会場:遊狐草舎、第2会場:Impact Hub Kyoto〔虚白院 内〕、会期:2015年3月7日〜2015年3月22日)、現代京都藝苑2021「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨~」展(第1会場:両足院〔建仁寺塔頭〕、第2会場:The Terminal KYOTO、会期:2021年11月19日~2021年11月28日)、「藤井湧泉——龍花春早 猫虎懶眠」展(第1会場:高台寺、第2会場:圓徳院、第3会場:掌美術館、会期:2022年3月3日~2022年5月6日)等。2023年に高木慶子・秋丸知貴『グリーフケア・スピリチュアルケアに携わる人達へ』(クリエイツかもがわ・2023年)出版。 2010年4月-2012年3月: 京都大学こころの未来研究センター連携研究員 2011年4月-2013年3月: 京都大学地域研究統合情報センター共同研究員 2011年4月-2016年3月: 京都大学こころの未来研究センター共同研究員 2016年4月-: 滋賀医科大学非常勤講師 2017年4月-2024年3月: 上智大学グリーフケア研究所非常勤講師 2020年4月-2023年3月: 上智大学グリーフケア研究所特別研究員 2021年4月-2024年3月: 京都ノートルダム女子大学非常勤講師 2022年4月-: 京都芸術大学非常勤講師

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