知覚とメディアをまたぐ創造性「デイヴィッド・ホックニーと共感覚」三木学評

知覚とメディアをまたぐ創造性「デヴィッド・ホックニーと共感覚」

戦後現代アート史において、もっとも重要なアーティストの一人、デヴィッド・ホックニーの過去最大規模の回顧展が、2017年にテートブリテンで開催されるという。

デイヴィッド・ホックニーは、イギリスのポップ・アート運動に参加し、渡米後はウォーホルとも出会い、よく知られている西海岸の鮮やかなプールサイドの絵画でポップ・アートのシーンを牽引した。

また、写真においても独自のフォトコラージュで時間と空間を一つの画面に定着する方法で編み出し、キュビスムを写真的アプローチで刷新した。さらには、カメラの原型である素描の補助器具カメラ・ルシーダなどを使った経験を元に、今日では定説となっている、カメラ発明以前の画家たちが光学装置をいかに駆使したか解明する著作を発表したことでも知られている。

20世紀における現代アートの巨匠であることはもちろん、存命中であることを考えれば、最重要人物の一人であることは間違いない。しかし、ホックニーの業績には新たな光が当てられる可能性は高く、21世紀においても最重要なアーティストになるだろう。

ホックニーは、オペラやバレエなどの舞台芸術も手掛けている。マルセイユバレエ団やグラインドボーン音楽祭劇場、メトロポリタン歌劇場などにおいて、衣装や舞台装置のデザインを行っているのだ。その際、彼は音楽に合わせてデザインを着想している。

「音楽に対応する視覚的要素が自然にあらわれる。ラヴェルの音楽では、ある部分がすべて青と緑のっように思えて、一定の形がひとりでに浮かびはじめる。私を引きつけ、舞台装置のデザインに向かわせるのは、筋書きではなく音楽なのだ。」★

このコメントを呼んだ共感覚研究の第一人者、神経内科医、リチャード・E・サイトウィックはホックニーが共感覚者であることを疑った。共感覚とは、目や耳など、五感を感知する器官と、それらを認識する脳の部位が交差して起こる感覚(クロストーク)で、例えば、文字や音楽に色を感じるといった知覚現象が起こる。

サイトウィックは、ホックニーに手紙を送り、1981年ロサンゼルスにおいて検査や実験、インタビューを行い、ホックニーが真性の共感覚者であることが確認されている。真性、と書いたのは、共感覚的な比喩を使う人もいるからだ。共感覚者の知覚現象は文学表現でも比喩でもなく、不随意に(意識せず)、知覚されるものである。

共感覚は、19世紀末から20世紀初頭にかけて、アートにおいても科学においても、大きなテーマの一つであったが、20世紀半ばには忘れ去られた。20世紀末に、サイトウィックらの功績もあり、再び神経科学のテーマとして浮かび上がった。1990年以降は、MRIなどの登場で、脳の活動を図像的に把握することが可能になって、それがメタファーではなく、はっきりとした知覚現象として確認されるようになった。

現時点では、幾つか共感覚の現象が起こる仮説が唱えられているが、まだ確定はしていない。ただ、初期に推定されている以上にはるかに共感覚者が多いこと、創作活動に従事する人を対象にした場合、8割以上確率が上がることなどが知られている。つまり、創作活動と極めて結びつきの高い知覚現象であり、アーティストには非常に多いということである。

過去のアーティストにおいても、今日の共感覚研究の知見から確実視されている人々はたくさんいる。特にはっきりと共感覚者であるのは作曲家のオリヴィエ・メシアンである。メシアンは音と色の共感者で、作曲方法に色が駆使されている。

音楽に色が見える現象(色聴)があり、それを絵画にしたとされるカンディンスキーなどはよく知られている。ただし、確度は高いがあくまで言説からの推測の域を出ない。実際に、神経科学者から臨床され、確定された共感覚者で、存命中の視覚芸術のアーティストとしては、ホックニーがもっとも有名だといってよいだろう。

共感覚には幾つも種類があり、複数の共感覚がある人もいるが、ホックニーもそうである。音から色、形、動きが不随意に知覚される。

ホックニーが共感覚を全面的に使ったのは、音楽がある舞台芸術の分野においてだが、舞台芸術以前の作品においても当然共感覚は働いており、まったくの無関係であったとはいえないだろう。ホックニーの創造の源泉に共感覚があった可能性もある。ホックニー自身はサイトウィックに会うまで、その事実を知らなかったが…。

絵画や写真、デザイン、衣装などを分野をやすやすとまたぐおことができたのは、知覚が交差しているからかもしれない。共感覚は、メタファーの起源であるとも推測されており、今日の認知科学においても、知覚や言語、創造性の働きを解明する大きなテーマになってきている。

その意味でも、ホックニーの創作の遍歴を回顧することは、人間の創造性や知覚を再考する重要な契機になるだろう。

★リチャード・E・サイトウィック、デイヴィッド・M・イーグルマン 『脳のなかの万華鏡 「共感覚」のめくるめく世界』山下篤子訳、河出書房新社、2010年、p.237.

初出『shadowtimesβ』2016年2月24日

三木 学
評者: (MIKI Manabu)

文筆家、編集者、色彩研究者、ソフトウェアプランナーほか。
独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行なっている。
共編著に『大大阪モダン建築』(2007)『フランスの色景』(2014)、『新・大阪モダン建築』(2019、すべて青幻舎)、『キュラトリアル・ターン』(昭和堂、2020)など。展示・キュレーションに「アーティストの虹─色景」『あいちトリエンナーレ2016』(愛知県美術館、2016)、「ニュー・ファンタスマゴリア」(京都芸術センター、2017)など。ソフトウェア企画に、『Feelimage Analyzer』(ビバコンピュータ株式会社、マイクロソフト・イノベーションアワード2008、IPAソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー2009受賞)、『PhotoMusic』(クラウド・テン株式会社)、『mupic』(株式会社ディーバ)など。
美術評論家連盟会員、日本色彩学会会員。

Manabu Miki is a writer, editor, researcher, and software planner. Through his unique research into image and colour, he has worked in writing and editing within and across genres such as contemporary art, architecture, photography and music, while creating exhibitions and developing software.
His co-edited books include ”Dai-Osaka Modern Architecture ”(2007, Seigensha), ”Colorscape de France”(2014, Seigensha), ”Modern Architecture in Osaka 1945-1973” (2019, Seigensha) and ”Reimaging Curation” (2020, Showado). His recent exhibitions and curatorial projects include “A Rainbow of Artists: The Aichi Triennale Colorscape”, Aichi Triennale 2016 (Aichi Prefectural Museum of Art, 2016) and “New Phantasmagoria” (Kyoto Art Center, 2017). His software projects include ”Feelimage Analyzer ”(VIVA Computer Inc., Microsoft Innovation Award 2008, IPA Software Product of the Year 2009), ”PhotoMusic ”(Cloud10 Corporation), and ”mupic” (DIVA Co., Ltd.).
http://geishikiken.info/

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