Shinwa Auction株式会社(代表取締役 倉田陽一郎)が2023年5月27日に東京・丸の内にて開催した特別オークションの落札総額は、約10億8000万円でした。ここ5~6年のShinwaAuctionの落札総額と比較しても、かなり高い出来高です。内訳を詳しく見てみると、落札額1000万円を超えた作品が15点で、そのうち2点が1億円を超えました。15点中、海外の作家による作品は、約3300万円で落札されたベルナール・ビュッフェの作品のみ。この結果からは、日本美術の勢いが上がっていることを感じました。今回のオークションに関する考察を、実物の出品作品を鑑賞した下見会のレポートも交えてお伝えします。
オークション当日は、スクリーンの投影でしか出品作品を見ることができないので、実物を見ておきたい場合は、本番の数日前から開催される下見会へ行くのがおすすめです。今回なんとしても実物を見たかったのは、目玉作品として話題となっていた藤堂伯爵家伝来の名宝《金茶道具一式》です。1929に上野の東京府美術館て開催された「日本名寶展覽會」に出品された当時は、伯爵藤堂高紹(とうどうたかつぐ)の所蔵品であったという由緒正しい逸品。この作品には、藤堂高虎(たかとら)が朝鮮に出征した際の功績を称えて、褒美の一つとして豊臣秀吉が授けたものかもしれないという逸話があります。秀吉が「黄金の茶室」で愛用した茶道具かもしれないという説もあり、エスティメイト(予想される落札価格の範囲)は1億5000万円から3億円でした。
《金茶道具一式》の嫁ぎ先は?
「真贋は保証しない」と明記してあるものの、「もしかしてそうかもしれない」というロマンを喚起するのがこのような歴史的美術品の魅力です。間近で見た《金茶道具一式》の様子はこのような感じでした。
茶碗、天目台、茶入、釜と付属する釜鐶(かまかん)、風炉、蓋置、建水、杓立、火箸からなる《金茶道具一式》です。金ぴかではなく、抑制の効いた光沢を放っているところが上品で、由緒正しい歴史的重みを感じました。戦時中に行われた調査によれば、金と銀の合金製で、金の含有率は80~88%だそうです。
ネット上の画像だけではよくわからなかったのですが、実物を見ると、釜には全体に吉祥文様である麻の葉文様、蜀江文様、工字繋ぎ文様、雷文様が精緻に施してあることが分かり、とても優美です。
茶碗は、安土桃山時代の茶人たちに好まれた天目茶碗でした。
さてどのような方が落札したのでしょうか?
オークション当日は、二者が白熱の競りを繰り広げた末に、「廣澤美術館」が3億4500万円で落札しました!
ところで、廣澤美術館とはどのような美術館なのでしょうか。2021年1月2日に茨城県筑西市に開館したそうですのでまだ新しいです。
茨城新聞によると、同館を運営する広沢グループの広沢清会長は、「町おこしの目玉にしようと思っている。美術館の中に専用の建物を作る計画で、名前は「宝物館」にしようと思っている。(黄金の茶道具は)現在作っても大変な技術が必要。金も9キロくらいある。テーマパークのオープンに伴って公開する。来年には見てもらおうと思う」と話したとのこと。
歴史的価値が高い日本の芸術作品が、海外に流出することもなく、美術館に所蔵されて町おこしに活用されるとは、想像しうる中でも理想的な形で落札されたと言えるのではないでしょうか。
加山又造に見る日本近代美術の飛躍
また同オークションでは、加山又造(かやままたぞう)の作品史上最高額の1億9550万円での落札が実現したことも画期的でした。エスティメイト(予想される落札価格の範囲)の7000万円~1億円を大きく上回るという快挙。落札された作品は水墨画で、四曲一隻(4面屏風1組)の《黄山雲海》です。
加山又造は昭和初期である1927年、京都府生まれの日本画家です。祖父は四条・円山派の絵師、父は京都・西陣の衣装図案師で、幼少期から絵を描くことに親しみました。
60年代以降の装飾性の高い作風は「現代の琳派」とも称されましたが、51歳になった1978年から本格的に水墨画の連作に着手。今回出品された《黄山雲海》は、加山が68歳の時の作品です。
中国の景勝地黄山を実際に訪れて描いたこの作品の前に立つと、自分が今壮大な景色を目の前にして山頂に立っているような感覚になります。無限に続く雲海の中にそびえ立つ山々の表現も見事で、ひんやりとした空気が伝わってくるようです。
さらに近づいて見ると、ザラザラとした質感や、硬質な輪郭線が通常の墨絵とは全然違います。Shinwa Auctionの泉山隆副社長によると、「精緻な線やぼかし、たらし込みといった水墨の伝統的な技法を駆使しているだけでなく、エアブラシなどの革新的な技法を併用しています」とのこと。道理で、研ぎ澄まされた伝統技術を感じさせつつも、現代的でクールな趣があるのだなと納得しました。
1億9550万円という落札額は、加山の作品が「近代美術」「現代美術」といったカテゴリーを超えて価値を持つ可能性を示唆しているのかもしれません。
日本美術よ草間彌生に続け!
現存の作家で高額落札されたのは、草間彌生。彼女の作品モチーフの中でも人気の「かぼちゃ」をアクリルで描いたもので、15.8×22.7センチメートルと小品ながら、7,590万円で落札されました。やはりエスティメイトの4000万円~6000万円を上回りました。
草間は、2011年から12年にかけて、マドリッド、ソフィア王妃芸術センター、パリ、ポンピドゥー・センター、ロンドン、テート・モダン、ニューヨーク、ホイットニー美術館、などの名だたる美術館にて巡回展を展開したことで、グローバルな認知度を高めています。2023年には、ルイ・ヴィトンとのコラボレーションを世界で展開。新商品のデザインを手掛けると同時に、各店舗も大々的に草間モードで飾るなど、国内外のファンの裾野を広げています。現時点では、2022年にフィリップスのオークションで1090万米ドル(現在のレートで約14億5000万円)で落札された絵画作品《Infinity Nets》が草間作品の最高記録です。
日本の現代作家として、グローバルマーケットをつかんだ成功事例と言えそうです。
まとめ
今回のオークションでは、日本美術の高額落札が強く印象に残りました。
ここで海外のオークションでの日本美術事情に目を向けてみましょう。記憶に新しいのは、2023年3月に米ニューヨークのクリスティーズで競売にかけられた葛飾北斎の《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》の版画が276万ドル(約3億6千万円)で落札されたニュースです。同じくクリスティーズの2021年のオークションでは、それと同じ《神奈川沖浪裏》の別の版画が159万ドル(約1億7000万円)で落札されていますので、世界からの注目と価値が高まっていると言えそうです。2021年の同オークションでは、江戸時代の画家である伊藤若冲の《旭日松鶴図》も、同じく159万ドルで落札されて話題を呼びました。今後もこのように日本美術が出品されるオークションへの参加者が増え、願わくば世界の一流コレクターや美術館が落札することにより資産価値としての名声も高まるという流れを期待していきたいところです。
ただやはり、日本の歴史的・美術史的価値のある作品は日本国内で大切にしていきたいものですので、その辺りの舵取りは今後の課題となりそうです。