サバイバルのためのアート(技法)と学び『飛び立つスキマの設計学』三木学評

サバイバルのためのアート(技法)と学び

椿昇は、常に破天荒な作品を創り続ける現代美術家として知られている。椿昇がデビューした80年代後半、日本の現代美術は一世風靡をした「もの派」のストイックなまでの抑制の効いた表現から一気に解き放たれる。その先鞭をつけた1人が椿である。全米を巡回した「アゲインスト・ネイチャー」展に出品された《フレッシュ・ガソリン》は、発色性の高い人工的な色で塗られた、巨大な臓器のような造形物であり、四半世紀を経た今でも未だにインパクトがある。

一方で雄弁な語り手でもあり、同時に教育者としての顔も持つ。常に新しいことを追い続け、興味の対象も膨らみ続けている。教育者であると同時に、学び手として他分野への関心を隠さない。その直観力と野生は並外れたものである。

本書は現代の日本社会でサバイブする(生き抜いていく)ヒントを、椿自身の経験による「知恵」と創造者たちとの対話によって提示しようとしている。もちろん、通り一遍の教育書ではない。非常にユニークなのは、教育や創造性の問題も、椿が専門とする、空間(広義の意味での環境)から解決方法を探ろうとしていることである。それは自分の部屋でもあり、教室でもあり、都市や農村、自然でもある。

そして、それらの空間が創造的になるためには、閉じられたシェルターではなく、能動的に操縦可能なコックピットになっていく必要がある。本書はアーティスト、椿昇による創造的な教育は可能か?創造的人間はどのような教育を受けてきたか?をテーマにした、創造的教育論である。

それは近年加速化するグローバル社会と、AI(Artificial Intelligence:人工知能)社会とも無関係ではない。インターネットによって急速にグローバル化する社会は地域差をなくすとともに、貧富の格差を押し広げ、AIは人間から仕事を惜しみなく奪っていく。そこで人間が尊厳を保って生きるたには、創造的であるしかない。これは未来予測などでもたびたび指摘されていることである。

グローバル社会とAI社会が網目のように世界を完全に覆ったときそこから抜け出すスキマはあるのか?それが本書のもう一つの切実な問いでもあるだろう。本書では具体例を出しながら網目のほつれやスキマを提示している。そのスキマを発見する能力もまた創造性といえるかもしれない。

スキマを見出した創造者たちとの対話もバラエティに富んでおり興味深い。遠藤秀紀(遺体科学者)、小川さやか(文化人類学者)、荻巣樹徳(自然植物研究者)、船越桂(彫刻家)、古川周賢(住職)、長嶋りかこ(デザイナー)、和多利浩一(ワタリウム美術館代表)、そして伊藤穰一(MITメディアラボ所長)、林千晶(ロフトワーク代表)など年齢も職種も幅広い。

対話の中でも度々話題になっているが、創造性にとって、完全に管理され、整理された空間よりも多少煩雑な方がよいことは、近年、世界的なイノベーターの部屋や机が総じて汚いことや、まっさらな部屋と多少物が溢れている部屋が生む創造性の比較実験によってわかってきている。この事実は、均一な都市や画一的な教育で、創造性を失っている行政や企業、学校への警鐘にもなっているだろう。

そして、本書のもう一つの魅力は、あまり語れてこなかった椿自身の制作や活動のエピソードが書かれていることである。「アゲインスト・ネイチャー」展、ヴェネチア・ビエンナーレ、「ジャパン・トゥデイ」展、サードミレニュム国際会議、MITメディアラボでのアーティストインレジデンス、「緑色的平凡」展、横浜トリエンナーレ、「国連少年」展、バングラデシュ・ビエンナーレ、世界アーティストサミットなど、その経験の中から、また新たな創造性を引き出していく様子はとてもスリリングで、著者と並走している気分になれる。

椿の教育現場での様々な改革も痛快である。硬直した教育システムを破壊し、新たな再生のシステムを創った結果、着実に育っていく学生や若者の様子は悲観に満ちた国、そして悲観が好きな国においても希望を覚える。近年、話題にことかかない京都造形芸術大学の様々なプロジェクトを設計したのも椿である。ヤノベケンジや名和晃平、やなぎみわなどの活躍の裏に椿の教育改革があることに驚く人もいるだろう。その試みは現在も継続中であり、社会への影響力を増してきている。

ただ、20年前の一生徒として印象に残ったのは、いつもアクティブな反骨の人であり、アジテーターでもあると思っていた椿が、大学4年の時に酷い自律神経失調症に陥り、転地療法で休耕田を開墾する過程で心身を取り戻すエピソードだった。椿の創造性のモチベーションとなっている、社会への怒りと弱者(ときに従順な若者)への慈しみの原点の一つかもしれない。そして、椿の周りに心身に痛みを抱えた人々が集い、元気になっていく秘密を垣間見た気がした。

それは手や体を使って初めて得られる叡智だろう。そして、日本の愛は「自然(手)を介して積もる時間のあつまり」というニュアンスがしっくりくる、という椿の実感ともつながっている。椿は、野性味あふれていながら膨大な知識の持ち主でもあるが、その関心の軸は人々が当たり前の人間性や創造性を取り戻すことで貫かれている。照れ屋である本人は決して言わないと思うが、理不尽な社会システムから抜け出す(飛び立つ)「スキマの設計学」を提示し、そこに飲み込まれている子供たちを救いたいという椿なりの「愛」が詰まっている本であるといえる。

初出『shadowtimesβ』2015年4月24日掲載

三木 学
評者: (MIKI Manabu)

文筆家、編集者、色彩研究者、ソフトウェアプランナーほか。
独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行なっている。
共編著に『大大阪モダン建築』(2007)『フランスの色景』(2014)、『新・大阪モダン建築』(2019、すべて青幻舎)、『キュラトリアル・ターン』(昭和堂、2020)など。展示・キュレーションに「アーティストの虹─色景」『あいちトリエンナーレ2016』(愛知県美術館、2016)、「ニュー・ファンタスマゴリア」(京都芸術センター、2017)など。ソフトウェア企画に、『Feelimage Analyzer』(ビバコンピュータ株式会社、マイクロソフト・イノベーションアワード2008、IPAソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー2009受賞)、『PhotoMusic』(クラウド・テン株式会社)、『mupic』(株式会社ディーバ)など。
美術評論家連盟会員、日本色彩学会会員。

Manabu Miki is a writer, editor, researcher, and software planner. Through his unique research into image and colour, he has worked in writing and editing within and across genres such as contemporary art, architecture, photography and music, while creating exhibitions and developing software.
His co-edited books include ”Dai-Osaka Modern Architecture ”(2007, Seigensha), ”Colorscape de France”(2014, Seigensha), ”Modern Architecture in Osaka 1945-1973” (2019, Seigensha) and ”Reimaging Curation” (2020, Showado). His recent exhibitions and curatorial projects include “A Rainbow of Artists: The Aichi Triennale Colorscape”, Aichi Triennale 2016 (Aichi Prefectural Museum of Art, 2016) and “New Phantasmagoria” (Kyoto Art Center, 2017). His software projects include ”Feelimage Analyzer ”(VIVA Computer Inc., Microsoft Innovation Award 2008, IPA Software Product of the Year 2009), ”PhotoMusic ”(Cloud10 Corporation), and ”mupic” (DIVA Co., Ltd.).
http://geishikiken.info/

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