
©Tetsuya Umeda 撮影:渡邉寿岳、写真提供=神戸アートビレッジセンター
Exhibition as media 2011(メディアとしての展覧会)「梅田哲也:大きなことを小さくみせる」
会期:2011年11月12日(土)〜12月4日(日)
会場:旧神戸アートビレッジセンター(新開地アートひろば)
手をかざせば反応する機器や、リモコンで操作する家電、人の気配で点灯したり扉が開いたりするライトやドアが身近にある。そうした “すぐに反応する仕組み” に慣れていると、この展覧会の感覚がいかに異質かが際立つ。鑑賞者の動きに反応しないこともあれば、むしろ鑑賞者の存在をじっと見つめ、タイミングを見計らったかのように反応が起こることもある。そうしたズレが緊張と好奇心を同時に刺激し、目の前の不可解な現象に引き込まれていくのである。
梅田哲也・大阪在住のアーティストは、日用品や家電を改造した装置に自然現象を掛け合わせ、光・音・動きを伴う空間を創出する。展示された神戸アートビレッジセンター(KAVC)は発表と練習のための複合施設であり、その空間特性を活かしたサイトスペシフィックなインスタレーションを展開していた。
一見何の変哲もないホワイトキューブの1階ギャラリーは、格子のシャッターしか見えない無人の空間。通り過ぎようとした瞬間、ガラガラと音がしてシャッターがゆっくり上がる。奥の壁が傾き、四角形だった空間がわずかに歪んだ。呆然としているとまたシャッターが閉まり、静寂が戻る。実はこの空間は三層構造になっていた。

「梅田哲也:大きなことを小さくみせる」展示風景 撮影=松尾宇人、写真提供=神戸アートビレッジセンター
壁の裏側に回ると、細長い空間が現れる。天井の構造や配線が露出し、そこには職人の作業の痕跡、そしてモーターにつながっている扇風機が放置されている。梅田は日常には隠された職人の仕事を敢えて見せたかったのだという。さらにその奥には人一人分の薄暗い路地があり、慎重に進むと“カチッ、カチッ”と小さなクラッチ音がした。音の源を探すと、頭部だけが外れた扇風機が転がるのみ。なぜ音が鳴ったのか分からない─その不可解さは鑑賞体験の深みにさらに拍車をかける。
こうして、一見何もなさそうな場所で、予期せぬ現象を次々に体験するうちに、胸の奥で奇妙な感覚のうねりが巻き起こり始めた。階段を降り、地下へ。シアタールームは一寸先も見えないほどの暗闇に包まれており、その広さが分かっていながらも、一歩を踏み出すのがためらわれるほど何も見えない。壁伝いに進むと、微かな光に照らされ巨大な風船が宙に漂っていた。

「梅田哲也:大きなことを小さくみせる」展示風景 撮影=西光祐輔、写真提供=神戸アートビレッジセンター
暗闇無音の中で、空中にランダムに揺れる風船に意識が奪われた瞬間、“カチッ”と機械音が鳴り響き、遮断幕がモーター音とともに上がる。風船の影がスクリーンに大きく映し出される。「何が始まるのか」と身構えるも、何も起こらないまま幕は閉じる。集中していた意識が解放され、光るポールや飛ぶライトが視界に入り込み、空間の広さを再認識させる。光の点滅、風船の揺れ、遮断幕の開閉─それらが連動し、規則性を帯びると気づいたとき、驚くほどの時間がひそかに流れていた。闇に閉ざされた室内で起こる一つひとつの現象を追いながら、作品が自分の中に物語を紡いでいくようだった。

「梅田哲也:大きなことを小さくみせる」展示風景 撮影=松尾宇人、写真提供=神戸アートビレッジセンター
同じ地下にあるスタジオへ足を踏み入れると、そこは密室のような防音空間で、すでに数人の来場者が居た。近くに感じる他人の息遣い、光りながら蜂のようにブンブン飛び回るライト、その場の緊張と非日常感が、部屋を包みこんでいる。部屋の隅には羽毛が山高く何層にも積まれ、時折コンプレッサーがその山に “プシューッ” と空気を吹きかけ羽毛が舞い上がる。扇風機の部品がタイマー替わりとなり、時間と空間の支配を担う。ふいに隅のドラムが振動し、ブルブルと響く。緊張がさらに高まる。
そのときだった。「あ、ちょうちょが飛んでいる、笑ってるよ!」と、3歳くらいの小さな女の子が無邪気に呟いた。そして、周囲に小さな笑いがこぼれたのだ。
そのひと言が、薄暗い空間の不気味さを、笑顔と楽しさに変えてしまった。無機質なモーター音、スクラッチ音、曲線や光の揺らぎ、時間を刻む装置としての仕掛け―そうした “いつもの梅田節” の不調和音の世界を、子どもの言葉が自由へと導く。それは無垢な魔法の言葉だった。

「梅田哲也:大きなことを小さくみせる」展示風景 撮影=松尾宇人、写真提供=神戸アートビレッジセンター
再び1階へ戻ると、驚くほどの解放感があった。明るさのせいか、あの言葉の魔力のせいか。ホールには、懐かしさを覚えるような古びた大きな時計がオブジェのように佇む。天井から吊られた照明は、ロープを通って電動ポンプとポリタンクへと繋がっている。説明も表示もなく、タイミングさえも作品の一部である。水がポンプで汲み上げられ、タンクが重みで下がると照明が上昇し、連動して時計が転がる。浮遊する照明と転がる時計。時計は刻む時間を忘れ、飛び上がれずに床を転がる。まるで魔法がかけられ、モノが擬人化されたようだった。

「梅田哲也:大きなことを小さくみせる」展示風景 撮影=松尾宇人、写真提供=神戸アートビレッジセンター
梅田は語る「僕の作品は美術の言葉が入ると難しく見えるけど、それを外せば伝わりやすいと思う。少なくとも小さな男の子には直球で届いている気がする」。
作品は大人と子どもの視線ではまったく異なって見えるようだ。子どもの頃は冒険心がいっぱいで、新しい経験や出来事はいつだってワクワクしていたはず。「いつの間に未知を避け、予想外を恐れるようになったのだろうか」─この問いこそが、本展で得た最大の収穫だった。

旧神戸アートビレッジセンター 外観写真 (現:新開地アートひろば)
初出 「現代アートのレビューポータル Kalons」2012年4月2日公開