アウトサイダーとして日本画を学んだマコトフジムラが描く「シン・ジャパニーズ・ペインティング」

箱根のポーラ美術館で開催された「シン・ジャパニーズ・ペインティング 革新の日本画―横山大観、杉山寧から現代の作家まで」(2023年7月15日~12月3日)は、同館の充実した名品のコレクションとともに日本画の誕生から現代美術の作品まで、時代を追いながら、それぞれの作家の模索をも垣間見ることができる貴重な展覧会だった。

現代作家のひとりとして参加していたマコトフジムラ(1960年生まれ)は、現在、ニュージャージー州プリンストンのスタジオで制作を続けている。会期中に行われたトークセッションを聞くことができたので、一部紹介する。

近年は、日本国内で新作が展示されることがほとんどないということもあってか、会場の美術館講堂はほぼ満席。フジムラ氏は、展覧会タイトルにある「シン」の意味をとらえることから話し始めた。

「新約聖書の新、新しいという言葉はギリシャ語でカイノス。翻訳するのが難しいけれど、まったく新しいこと、新しい新しさ。ネオス(ネオ)もギリシャ語で、派手に輝くのだけれどすぐに消えてしまう新しさを意味する。カイノスは神によって、創造される真の新しさを示す。わたしの両親が与えてくれた名前、マコトは真理の真なので、個人的にもこの展覧会に不思議なつながりを感じています」(フジムラ氏)

聖書や神が登場するのは、いかにもキリスト教徒のフジムラ氏らしい。米国のボストンで生まれ、鎌倉の小学校に通った。13歳で米国に戻り、後にペンシルベニア州のバックネル大学で、総合教育のひとつとして芸術を追究していたころ、作品の制作の中に根づいている日本の美意識が強すぎる、自分のルーツを見直すようにと教師から指摘されたという。

「そこで、日本の美術を見るにはどこへ行ったらいいかというと、ボストン。岡倉天心やフェノロサが持ってきた長谷川等伯の作品や尾形光琳の屏風をボストン美術館で見て感銘を受け、日本への国費留学の道を求めたのです」(フジムラ氏)

1986年から1992年、文部省奨学金留学生として東京藝術大学および同大学大学院に在籍し、稗田一穂、加山又造、齋藤典彦らに日本画を学んだ。在学中から画廊や美術館で作品の展示を重ね、「伝統をとりいれながら新しい絵画を創造しようとする若手作家」、あるいは「日本画を越える絵画の在り方を目指している」として注目されていたひとりだ。

フジムラ氏は、「ジャパニーズ・ペインティング」とは、明治時代に来日したアーネスト・フェノロサ(1853-1908)が、アウトサイダーからみた日本の文化のひとつとして表したカテゴリーととらえる。そこからの日本語訳である「日本画」が藝大に日本画科をつくるきっかけになったのだと。

「西洋画」に対して、日本の伝統的な絵画を総称する概念として生まれた「日本画」は、言葉の定義が曖昧なまま時がたち、1980年代末から90年代には、現代美術としての「日本画」について考察する展覧会が行われ、理論的な研究が進められた。しかし、価値観や表現形式、技法、素材なども多様化している今日、「もう一度、日本の絵画を海外にさらす必要があるのではないか」と本展の担当キュレーター内呂博之氏。この展覧会を企画するにあたり、日本で日本画を学び描いていた経験があり、現在日本国外で活動している作家の視点が必要だと思ったとき、真っ先に思い浮かんだのがマコトフジムラだったという。

本展ではフジムラ氏の近作、《波の上を歩む―氷河》と《ブルーベリー》の2点が展示されていた。

内呂氏は、《波の上を歩む―氷河》を借りるため、フジムラのアトリエ(ニュージャージー州)に向かったものの、目当ての作品はそこに置かれておらず、リビング・ルームに掛けられていた《ブルーベリー》に遭遇した。滞在中、幾度かこの作品を見ることになり、最初に見た印象と時間をおいて見た時の印象が全く異なることに気づく。フジムラ氏から、この作品は岩絵の具が何十にも積層されていることを聞き、納得したという。

「顔料と膠で構成される日本画は、樹脂を使ってコーティングされている油彩画と異なり、“空気にさらされている状態”。そこに光が当たると複雑に反射して、光の色温度の違いなどによって見え方も変わるのです。これはすごくたくさんのことが詰め込まれている作品だと思い、その場で貸してほしいと話をして、当初1点のみお借りするつもりだった予定が2点お借りすることになりました」(内呂氏)。

展示風景より Photo: Ken KATO

展示されていたフジムラ氏の2作品は、アメリカ抽象表現主義の作品と深く関連している。トークの中でフジムラ氏は、ジャクソン・ポロック(1912-1956)のアクション・ペインティングとマーク・ロスコ(1903-1970)の静謐な抽象画が隣り合わせに並ぶ展示風景の写真をスライドで映し出した。自身がメトロポリタン美術館を訪れた際に撮ったもので、偶然この2人の作家による作品が並んでいたといい、フジムラ氏にとって、制作の原点でもあると語った。

「ポロックが、『私が自然だ!』と言ったことは有名な話です。3.11のようなことは、(わたしは)自然が叫んでいるように感じます。自然の叫びをとらえた《波の上を歩む―氷河》は、アクション・ペインティングの延長線にあり、ポスト・ポロックと言ってもいいと思う。このシリーズは音楽家スージー・イバラとのコラボレーションでお互いの作品が影響しあいながら続けているもので、スージーは、氷河が溶けていく音をベースに作曲している。自然との響き、津波、それはもしかすると涙が流れる音かもしれません」(フジムラ氏)

「波の上を歩む」シリーズは、東日本大震災による津波、地震によるトラウマのエレジーとしてはじまった。ニューヨークの同時多発テロ(9.11)からのサバイバーとして、自身の体験を通して、グラウンド・ゼロから進みだす新しい道とも重ね合わせているようだ。「この作品はわたしの代表作といっていいと思う」とフジムラ氏。

《波の上を歩む―氷河》 2020年 213.4× 365.8cm

一方、重ね塗りの作業によって描かれた《ブルーベリー》は「ポスト・ロスコと呼んでいる作品」であると語り、抽象画家のロスコが自身の絵画を完全な抽象として描く10年も前に残していたArtist’s Reality(芸術家のリアリティ)と題する文章についても伝えた。2004年にマーク・ロスコの息子、クリストファーによって刊行されたArtist’s Reality: Philosophies of Artは、フジムラ氏の「あとがき」が加わって2023年7月に再出版された。その「あとがき」を執筆していたのは、コロナ禍で、「ブルーベリー」を描いていたのと同時期だったそうだ。ロスコは同書に、空間の哲学的な基礎付けとして、「ある絵画が特殊な空間にかかわっていることを理解し、その空間の中に生きる感性を持つことができれば、その絵画の作者のリアリティに対する姿勢を最も完全なかたちで知り得たことになる」と記している。フジムラ氏は、それを自分にとって空間をつくる作業だといい、ロスコの芸術は、手作業で日本画の顔料を混ぜる制作にもつながることだという。

材料となる岩絵具は、天然の鉱物を細かく砕くことから始まる。粉状の粒子を膠と混ぜて重ね塗りする。何層にも重ね塗りすることで深みを出す。深みは、ただ表面の色としてではなく、哲学的な美学、たとえば、千利休なら茶碗の外に流れる深みとなる。フジムラ氏はそれを探求している。

「《ブルーベリー》という作品は群青を何度も重ねながら200回以上レイヤーをつくっています。ひとつひとつの筆あと、それがわたしにとっては祈りであり、イエスの涙。重ね塗りは土台がしっかりしていないと難しい。重ねて塗ることへの思い、できるだけシンプルに顔料の美しさをみせたかったのです」(フジムラ氏)

幾層にも重なる顔料の粒子が光の加減によって変化する画面に宿る空間は、見る者の視線を作品の奥へ奥へと引き込む。

《ブルーベリー》2022年 162.6×203.2cm

 

参考文献・展覧会カタログ

  • マコトフジムラ『沈黙と美』(篠儀直子訳、晶文社、2017)
  • 北澤憲昭『〈列島〉の絵画―「日本画」のレイト・スタイル』(ブリュッケ、2015)
  • 北澤憲昭『「日本画」の転位』(ブリュッケ、2011 新装版)
  • Mark Rothko,  Artist’s Reality: Philosophies of Art (Yale University Press, 2023)
  • ロスコ 芸術家のリアリティ―美術論集―(みすず書房、2009)
  • シン・ジャパニーズ・ペインティング 革新の日本画 横山大観、杉山寧から現代の作家まで(求龍堂、2023)
  • 『コレクター鈴木常司「美へのまなざし」』(ポーラ美術館、2012)
  • 『No Border 「日本画」から/「日本画」へ』(東京都現代美術館、2006)
  • VOCA展’96: 現代美術の展望 新しい平面の作家たち(「VOCA展」実行委員会、1996)
  • VOCA展’94: 現代美術の展望 新しい平面の作家たち(「VOCA展」実行委員会、1994)
  • 現代絵画の一断面 日本画を越えて(東京都美術館、1993)

展覧会名:シン・ジャパニーズ・ペインティング 革新の日本画―横山大観、杉山寧から現代の作家まで  Shin Japanese Painting: Revolutionary Nihonga

会期:2023年7月15日(土)―12月3日(日)

会場:ポーラ美術館

 

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評者: (SHIGENO Kae)

ライター、編集者、翻訳者。新聞社勤務を経て、現在はフリーランスで活動。美術展の取材記事を雑誌等に寄稿するほか、企業広報誌や事業報告集などの編集や翻訳に携わる。

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