スードウ・マテリアリズム

Photo : Aya Kawachi

「Material Differentiation」
会期:2022年3月5日 (土) ~3月17日 (木)
会場:N&A アートサイト

 マテリアル・ディファレンシエーションはグループ展として成立する最も少ないアーティストの数で構成された展覧会である。本展がグループ展として企画された理由は、アーティストという単位が複数になった時にしか起こり得ない効果に焦点を当てるためである。つまりあるアーティストのある作品が、同一のアーティストの他の作品とではなく、他のアーティストのある作品と関係を持つことで誘発される、多様な次元での現象を抽出することが、本展が構想された際の目的の一つであった。

 次いで、本展では物質と知覚の対照、非人間領域を含む存在論と、芸術が保持し続ける認識論の対照を仮定し、知覚ではなく物質に焦点が当てられている。参加アーティストである保良雄とアンヌ=シャルロット・イヴェールの二人はいずれも物質を重視した作品を制作している。

 人間の認識によって汲み尽くせない対象の存在について記述する点において、本展のマテリアリズムと部分的に関心が重なるオブジェクト指向存在論から影響を受けたある建築家は、対象の認識可能な表面の奥底に隠された現実をほのめかす、奇妙で不気味な表象を作り出すことで、認識不可能な存在について観者に興味を抱かせ、認識を拡張させるように促す。そこで用いられる表象とは、例えば極端にハイブリッドで過剰なデコレーションであるが、このように提示される奇妙さや不気味さは、単一の主体の認識から想像されうる領域の内に止まってしまう。

 対象のさらなる深部をほのめかし、退隠する実在的オブジェクトを思弁するために本展で試みられたのは、複数の観者の間にある、ある種の情報的なヒエラルキーを顕在化させることによって、複数の主体がそれぞれ捉える対象の感覚的性質の差異によって認識を多層化し、その飛躍を想像させ、擬似的にオブジェクトのアクセス不可能な領域を表現することである。展覧会における情報の開示の仕方で、観者の間の情報のヒエラルキーは生まれる。このようなヒエラルキーを考慮しない場合でも、個々人のパーセプションの差異によって対象へのアクセスは変化する。自分の認識とある他者の認識の差異、あるいはある他者の認識とまた別のある他者の認識の差異によって、人間の認識が届かないオブジェクトのアクセス不可能な領域についての思弁を誘発させることが本展では意図されている。このような多層的な認識の差異は、会期終了後に様々な媒体で掲載される可能性のある、本展についての複数の批評によって露わになり、擬似的なマテリアリズムの輪郭が立ち上がってくる可能性がある

 さらにグループ展特有の性質が本展のマテリアリズムと反応する。二人のアーティストの作品は空間を分節することなしに同じ場所で設置されており、テキストによる作品の物質の開示と、両者の作品の特徴の相違点と類似点によって、各々の個体化とその脱臼の契機を同時に設ける本展の構成は、作品の一義的な個体化を横滑りさせ多義化させることによって、作品の照準を揺さぶる。作品とその外部との明確な境界を除去し、尚且つ同時に全てが連続した一つの個体と認識されることも回避する。対象の実体は何か、そもそも対象はどれなのか、縦軸と横軸の認識をともに揺さぶるように設計されている。

 個人の認識における感覚的性質の間の飛躍による奇妙さではなく、複数の主体の認識における感覚的性質の間の飛躍による奇妙さへの着目が本展の明確な成果である。しかし認識の主体を複数化させたところで、依然として人間の認識の内に閉じられたままであることに変わりはない。実在的オブジェクトそのものを直接認識することはできないので、結局のところ感覚的性質の与えられ方を操作することしかできていないという諦念がある。現時点ではこの点が芸術におけるマテリアリズムについての私の思考の限界である。

評者: (MIYASAKA Naoki)

アーティスト。メディウムをパーセプチュアル・サポートとして解釈し、パーセプションによって様々に現れる空間の概念を考察する。また、パノプティコンやモデュロールなどの機能主義の理論を、他者のパーセプションを演繹する理論へと再解釈する。主な個展に「Standard applying Hand Modulor, a French man」(FINCH ARTS、京都、2020)、「Shared table applying Modulor, a French man and a Japanese woman」(La Cité internationale des arts、パリ、2019)、「三つ空間」(トーキョーアーツアンドスペース本郷、東京、2019)、「空間越え」(遊工房アートスペース、東京、2012)、主なグループ展に「Objects in mirror are closer than they appear」(Atelier in.plano、リル=サン=ドニ、2021)、「陰影のリビジョン」(TALION GALLERY、東京、2021)、「沈黙のカテゴリー」(クリエイティブセンター大阪、大阪、2021)、「Shift-Shoft」(神戸アートビレッジセンター、兵庫 + Midnight Museum、京都、2018)、「Tips」(京都芸術センター、京都、2018)、「Exercise for Death」(ARTZONE、京都、2017)などがある。

http://www.naokimiyasaka.com/

この評者を支援する

Amazon プライム対象