アーカイヴ「展評『日本絵画のひみつ展』」秋丸知貴評

 

神戸市立博物館 2011年12月10日~2012年1月22日

 

日本近世の画家達がどのように絵画を作り上げていたかを「ひみつ」と捉え、形態・技法・素材の多角的な観点からその特質と魅力に迫る、「日本絵画のひみつ」展が神戸市立博物館で開かれた。

本展は、同館の開館30年プレ企画特別展であり、所蔵する異国趣味美術を収集した「池長孟コレクション」を中心に、関連作品105点が展覧された。

本展の核心は、16世紀の南蛮貿易時代以来、日本がいかに西洋美術の影響を受容してきたかを辿ることにある。特に、明治以後に西洋の「アート」概念を摂取し、展覧会や美術学校等の美術制度が確立される中で、「(西)洋画」に対する新ジャンルとして「日本画」が成立し、それ以後の近代的な「日本画」がどのように西洋化されたか、またそれ以前の伝統的な「日本画」様式がどのように忘失されたかを再考するものであったと言って良い。

形態面では、日本の伝統絵画は住環境に合わせて、掛軸、巻子、屏風、衝立など様々な形式を持ち、時には対幅・一双等の複数で一作品と数えられ、画中の賛や落款もまた重要な構成要素であることが、河村若芝《寒山拾得図》や狩野内膳《南蛮屏風》等で示されていた。また作品は、絵自体だけではなく表具と併せて初めて完成するものであり、表装が作品鑑賞に大きく反映することが《泰西王侯騎馬図》等で紹介されていた。

技法面では、日本近世の画家達は、全くの独創ではなく先行する本画や粉本の模写から制作を始めるのが一般的であることが、雪村周継や狩野探幽等の実例で表されていた。また、その手本は中国や西洋にも大いに求められており、本展の中心画家ともいえる江戸時代の秋田蘭画の佐竹曙山・小田野直武や、洋風画家の石川大浪・谷文晁等が、鎖国という情報の限定された時代にいかに精力的に西洋的写実画法を消化し新たな作品へと昇華したかが、実際に参照した原本と数多く比較されていた。

素材面では、伝統的な日本画では、鮮やかな立体表現を行う際には裏彩色が行われていたが、西洋美術の感化でより明るく華やかな最新の色材が追求されたことが、曙山《椿に文鳥図》や直武《不忍池図》のプルシアンブルー及び、狩野芳崖《仁王捉鬼図》の合成顔料等に指摘されていた。また、明治30年代以降の近代的な日本画では、人造や天然の新しい岩絵具も開発され、展覧会用や洋風建築の壁画用に額装の大画面が志向されるにつれて、絵絹に替わり巨大和紙が普及したことも説明されていた。

本展が多様な作品を通じて示す重要な意義は、西洋美術の輸入は非常に長い歴史を持ち、明治以後に限ってもそれ自体が既に新たな日本絵画の伝統を形成しているという事実である。その意味で、当然明治以後の近代的な「日本画」は正統な日本の伝統絵画として評価されるべきである。しかし同時に、明治以前の伝統的な「日本画」が持つ豊潤な奥行きもまた決して忘却されるべきではないだろう。そこにこそ、新たな伝統の土壌となる「日本絵画のひみつ」が隠されているのではないだろうか。

 

※秋丸知貴「展覧会評 日本絵画のひみつ展」『日本美術新聞』2012年3・4月号、2012年2月、日本美術新聞社、21頁より転載。

 

 

 

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美術評論家・美学者・美術史家・キュレーター。1997年多摩美術大学美術学部芸術学科卒業、1998年インターメディウム研究所アートセオリー専攻修了、2001年大阪大学大学院文学研究科文化表現論専攻美学文芸学専修修士課程修了、2009年京都芸術大学大学院芸術研究科美術史専攻博士課程単位取得満期退学、2012年京都芸術大学より博士学位(学術)授与。2013年に博士論文『ポール・セザンヌと蒸気鉄道――近代技術による視覚の変容』(晃洋書房)を出版し、2014年に同書で比較文明学会研究奨励賞(伊東俊太郎賞)受賞。2010年4月から2012年3月まで京都大学こころの未来研究センターで連携研究員として連携研究プロジェクト「近代技術的環境における心性の変容の図像解釈学的研究」の研究代表を務める。主なキュレーションに、現代京都藝苑2015「悲とアニマ——モノ学・感覚価値研究会」展(会場:北野天満宮、会期:2015年3月7日〜2015年3月14日)、現代京都藝苑2015「素材と知覚——『もの派』の根源を求めて」展(第1会場:遊狐草舎、第2会場:Impact Hub Kyoto〔虚白院 内〕、会期:2015年3月7日〜2015年3月22日)、現代京都藝苑2021「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨~」展(第1会場:両足院〔建仁寺塔頭〕、第2会場:The Terminal KYOTO、会期:2021年11月19日~2021年11月28日)、「藤井湧泉——龍花春早 猫虎懶眠」展(第1会場:高台寺、第2会場:圓徳院、第3会場:掌美術館、会期:2022年3月3日~2022年5月6日)等。2023年に高木慶子・秋丸知貴『グリーフケア・スピリチュアルケアに携わる人達へ』(クリエイツかもがわ・2023年)出版。 2010年4月-2012年3月: 京都大学こころの未来研究センター連携研究員 2011年4月-2013年3月: 京都大学地域研究統合情報センター共同研究員 2011年4月-2016年3月: 京都大学こころの未来研究センター共同研究員 2016年4月-: 滋賀医科大学非常勤講師 2017年4月-2024年3月: 上智大学グリーフケア研究所非常勤講師 2020年4月-2023年3月: 上智大学グリーフケア研究所特別研究員 2021年4月-2024年3月: 京都ノートルダム女子大学非常勤講師 2022年4月-: 京都芸術大学非常勤講師

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