人工知能美学芸術研究会が企画したアイヴズの交響曲第4番を聴いてしまった!

3人の指揮者と合唱を必要とする交響曲――こう聞いただけでも、かなりの大曲であることが想像できるのではないだろうか。加えて独奏ピアノ、オルガン、さらにはオンドマルトノという、メシアンの『トゥーランがリラ交響曲』での使用が有名だが、ほかにはほとんど聞かない鍵盤楽器も。米国の作曲家チャールズ・アイヴズ交響曲第4番(1916年)は、こうしたきわめて特殊で大規模な編成を取っているためか、1世紀ほど前に作曲されたにもかかわらず、演奏機会にはあまり恵まれてこなかったようだ。

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会場に設置されたポスター

12月25日、街ではクリスマスの装飾に目が眩しい時節に、東京・多摩市のパルテノン多摩大ホールでこの曲が2011年改訂批判校訂版の譜面を用いて演奏されるというので、出かけた。この曲の特殊性を何よりも物語っていたのは、イベントの企画者が中ザワヒデキさんと草刈ミカさんという2人の現代美術家をメンバーとする「人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)」という団体だったことだろう。

AI美芸研によると、日本でこの曲が演奏されるのは今回が4回目とのことだ。では、なぜ美術家たちがその演奏を企画したのか? きっかけは、意外と純粋だ。ある時、アトリエで作品の制作中、中ザワさんがこの曲を大音量で流し始めた。それを聴いた草刈さんが曲に強い興味を示し、演奏が通常は不可能に近い条件を持つ極めて珍しい曲であることから、演奏会を交えた「人工知能美学芸術展2022」の企画に至ったというのである。

まず、中ザワさんがこの曲の音源を持っていたのが、すごいことだと思う。少々マニアックなクラシック音楽ファンでも、存在を知らない人が大多数だろう。実際に聴いてみると、通常のクラシック音楽よりもいわゆる現代美術に近い作品と捉えることも可能な曲だった。それもあって美術家2名は、この曲に強いシンパシーを感じたのかもしれない。

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会場の展示より

この曲が作曲された1916年は、ロシア出身の作曲家ストラヴィンスキーがクラシック音楽界に衝撃を与えたバレエ音楽《春の祭典》を作曲したわずか3年後だった。《春の祭典》はそれまでのクラシック音楽に比較的よく見られる美しい旋律や和音とは対極の音楽であり、当時最も前衛的な作品だったはずなのに、アイヴズの交響曲第4番を聴いてみると、《春の祭典》でさえ、秩序を伴う整然とした音楽だと感じられた

ここで、アイヴズの交響曲第4番がどれほど前衛的だったのかについて、さらなる言葉での説明を試みる。指揮者が3人いることを最初に書いたが、うち2人は通常のステージ中央付近におり、メインの指揮者が指揮をする横でもう1人が時折、メインの指揮者とは異なるテンポで棒を振り始めるのだ。奏者によって見る指揮者が異なる時間がある。そこでは異なる音楽が同時に流れる。3人目の指揮者は客席の中ほどの端におり、舞台後方で演奏をするために配置された数人の奏者に向かって、時折指揮をする。多種の音楽が舞台上や客席後方から流れ、音が錯綜する。また、演奏される音楽自体も、不協和音を主としていた。おそらくこんな交響曲は、それ以前には存在しなかったはずだ。

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休憩時間のステージ。アイヴズの交響曲第4番では舞台中央に独奏ピアノが設置された

交響曲は4楽章構成。さらに奇妙に感じられたのは、全曲が前衛的だったわけではなく、第3楽章だけは美しく整えられていたことだ。無秩序の一部に秩序をぶちこむというのも、また前衛的だと思わざるをえなかった。

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AI美芸研による「人工知能美学芸術宣言」(会場より)

AI美芸研は、その名の通り、AI(人工知能)が芸術を創造できるかどうかということに着目し、活動している団体である。このイベントではアイヴズの交響曲のほかに、人間には演奏不能な音列で記述されたコンロン・ナンカロウ作曲の《自動演奏ピアノのための習作》数曲、AI美芸研がこのイベントのために作曲した《人工知能美学芸術交響曲》などが演奏され、片山杜秀氏大屋雄裕氏(ともに慶應義塾大学教授)が参加したシンポジウムや、AI美芸研のアート作品の展示などが行われた。

その中で根本的な疑問として思い浮かんだのは、アイヴズの交響曲はあくまでも人間が作曲した曲であり、それがAIとどう関係するのかということだった。たとえば、秩序を壊す指向で作曲されているからといって、AIの方向性と直接関係があるかといえば、普通はむしろ逆なのではないか。

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会場の展示風景

実は会場に設置されていたオーケストラの絵画(上記写真、イベントのポスターでも使用されている)は、AIが描いたものだという。アイヴズの曲に関する情報などを入力することで生成された模様だが、顔などははっきり描かれておらず、通常のオーケストラのような秩序だった並びにはなっていないものの、どうして、なかなか美しく仕上がっているように見受けられる。絵画としての秩序はあるように見えるのだ。

ここまで考えて、人間が成しうる限界を超えた行為を指向するところに、アイヴズの交響曲第4番とAIの共通点があることに思い至った。アイヴズは今回このように演奏されはしたものの、あえて限界を超えることを指向している気配が濃厚なのである。

そう考えると、AIに近年試行されているような既存の画家風の作品を描かせるよりも、人間ができない創造を実現する可能性を探ることのほうに意義があることにも思い至る。おそらく、創造はAIにはできないという思考が現在の社会のメジャーな方向性だとは思う。そこにはまた、人間は創造という最後の砦を崩されたくないという願望が込められている可能性がある。シンポジウムの中でも話に出ていたが、スタンリー・キューブリック監督の映画《2001年宇宙の旅》(1968年)でコンピューター「HAL9000」は人間を危険な存在として排除しようとした。そういう方向に進むことはおそらく人間は誰も望んでいないはずだ。しかし、AIの進化がそこに到達しないと現時点で言い切れるわけではない。逆にAIの進化を建設的に捉えていくことはできないか。AI美芸研の活動にはそうした方向性もあるように見受けられる。

聴くだけでも衝撃と感じられる演奏会を擁する大掛かりなイベントだったが、AIをめぐるさまざまなことを考えさせてくれたことにも感謝したい。

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「人工知能美学芸術展 演奏家に指が10本しかないのは作曲家の責任なのか」というのがこのイベントのタイトルであることを、会場のこのパネルを見て改めて知った。「演奏家に指が〜」はアイブズの言葉とのこと。なお、シンポジウムに参加した片山杜秀氏は、中学生の時にNHK交響楽団の演奏でこの曲を聴いたことがあるそうだ

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草刈センジン『ロマネスコ《フィボナッチ数列》』展示風景 展示されていたのが野菜のロマネスコそのものだったのか、精巧に模したものだったのかは見ただけではわからなかったが、ロマネスコにはフィボナッチ数列を反映したフラクタルな形態が表れ、このような造形になっているという。自然界には数学で説明できる現象が多数存在する。人工美と自然美の交錯点を探った作品

※この記事は、ラクガキストつあおのアートノートから転載したものです。
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チャールズ・アイヴズ
《交響曲第4番》(2011年改訂批判校訂版による日本初演)
Ⅰ Prelude: Maestoso 約3’50
Ⅱ Comedy: Allegretto 約11’39
Ⅲ Fugue: Andante moderato con moto 約7’34
Ⅳ Finale: Very slowly; Largo maestoso 約10’30
正指揮:夏田昌和
第1副指揮:浦部雪
第2副指揮・合唱指揮:西川竜太
ソロピアノ:秋山友貴
合唱:ヴォクスマーナ、混声合唱団 空、女声合唱団 暁
管弦楽:タクティカートオーケストラ(ゲスト・コンサート・ミストレス:甲斐史子)
オンド・マルトノ:大矢素子、オルガン:井川緋奈

 

★アイヴズ交響曲第4番などのアーカイヴ配信に関する情報(2022年12月31日23:00まで/配信チケットは3000円とのこと)

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評者: (OGAWA Atsuo)

1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩美術大学芸術学科教授。「芸術と経済」「音楽と美術」などの授業を担当。国際美術評論家連盟(aica)会員。一般社団法人Music Dialogue理事。
日本経済新聞本紙、NIKKEI Financial、ONTOMO、論座など多くの媒体に記事を執筆。和樂webでは、アートライターの菊池麻衣子さんと結成したアートトークユニット「浮世離れマスターズ」で対話記事を収録。多摩美術大学で発行しているアート誌「Whooops!」の編集長を務めている。これまでの主な執筆記事は「パウル・クレー 色彩と線の交響楽」(日本経済新聞)、「絵になった音楽」(同)、「ヴァイオリンの神秘」(同)、「神坂雪佳の風流」(同)「画鬼、河鍋暁斎」(同)、「藤田嗣治の技法解明 乳白色の美生んだタルク」(同)など。著書に『美術の経済』(インプレス)。
余技: iPadによる落書き(「ラクガキスト」を名乗っている)、ヴァイオリン演奏(「日曜ヴァイオリニスト」を名乗っている)、太極拳
好きな言葉:神は細部に宿り給う
好きな食べ物:桃と早生みかんとパンケーキ

https://note.com/tsuao/m/m930b2db68962

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