色彩戦争の時代
先日、NHKのドキュメンタリー番組で、衣料品チェーンのユニクロ(ファーストリティリング)がH&M、ZARA、GAPなどのグローバル展開しているライバルと苛烈な競争をしている現状が描かれていた。
世界第4位、ついに売上高1兆円を超える巨大企業になったユニクロだが、1位のZARAは2兆円を超えている。そこで、まだライバルが手をつけていない、ベースオブピラミッド(BOP)と言われる最貧国の市場に積極的に出店することを決めた。
その先駆けとしてマイクロクレジットの活動でノーベル賞を受賞したグラミン銀行と組んでバングラディッシュで市場開拓する様子が番組のモチーフになっていた。バンディッシュは中国に代わり、世界の縫製工場として名だたる有名ブランドの衣服を製造しているが、まだまだ所得は低い。
バングラディッシュでユニクロは、主力であるカジュアル服を現地のレートに合わせた最安値で展開するものの、外出には民族衣装しか着ない現地の女性に受け入れられなかった。そして、当座は既存の民族衣装を仕入れてしのぎ、民族衣装の開発も手掛けることを示唆して番組は終了した。
個人的にこの番組が非常に興味深かったのは、色の文化性や政治性が浮上していたからだ。色のポリティクスが一番現れる場は、古今東西、衣服である。配色理論や高貴な色やタブーとされる色も衣服にまつわるものが多い。
日本でも聖徳太子が定めた冠位12階は階級別に色が決められている。近代色彩学の中で、色彩対比の理論を提唱した先駆者であるシュブルールもゴブラン織の研究所の所長だった。隣合う糸の組み合わせによる効果の研究が配色理論の原形である。
特に気になったのは、色鮮やかなバングラディッシュの配色を、はたしてユニクロが作れるかどうかということだった。ユニクロの色を少し分析したことがあるが、基本的には欧米の影響を受けた日本の色彩分布を大きくはみ出たものではなかった。西洋ならまだ受け入れられるだろうが、もっと極彩色を使う東南アジアやイスラム圏では難しいという印象があった。
また、ユニクロは、複雑な配色を使わず単色が多く、フリースやヒートテックのような機能性や素材の良さを武器にしているところがある。しかし、BOPの国で求められているのは素材の良さよりもまだまだ安さだ。
今後、ヨーロッパよりもさらに高度で複雑な配色文化や文様文化を持つバングラディッシュのようなイスラム圏や東南アジア、アフリカ諸国ではたしてユニクロは新商品を上手く開発できるだろうか?実はもっとも苦手なところに手を出し始めたのではないかと思ったのだ。
前置きが長くなったが、今回、紹介する本『色の知識』は、色彩文化研究の大家である城一夫が、20年以上にわたる色名や色材を蒐集して整理した色彩文化研究の集大成となっている。
先史時代から現代に至るまでの西洋の美術・デザイン様式、西洋の代表的な絵画、世界30カ国で使われている特徴的な色名とその由来が網羅されている。
さらに、西洋と日本の色材の歴史や色彩科学と文化の歴史の年表までついており、実務家が『色の知識』を得るのに充分な内容になっている。今後、世界に進出する企業にとっても大いに参考になるだろう。
それぞれの地域や国で育まれてきた色彩文化が反映されているもっとも顕著なのが衣服であることは間違いない。車や家電など、配色が限られ、機能性が重視されるものから、配色や紋様などが重視されるアパレルやファッション、デザインが世界企業の戦場になってきている。まさに、色彩戦争の時代の幕開けだと言えるだろう。
そのような色彩戦争の時代においてもっとも重要な地域や歴史における色彩文化の多様性の概観をこの本で掴めるだろう。そして、その戦争はそのままそれらを撮影し、表現する写真にもつながっていくのだ。
初出『shadowtimesβ』2015年7月9日掲載